5 「こんにちは、刺客さん」
離宮を囲むように広がる庭師も立ち入らない林の中に、先程の医者らしき男が周囲を警戒しながら分け入ってゆく。
道なき道をしばらく進むと、汚れたローブに身を包んだ人物が見えた。
口まで布で覆っていて、顔もろくに見えない。
医者は先程の出来事を見たままに報告した。
「暗殺は失敗した」
「何だと?昨日の時点でほとんど死にかけだった、という話じゃなかったか?」
「解熱剤と称して毒薬だってちゃんと飲ませましたよ!なのに、半刻もたたずに意識を取り戻したどころか、毒の症状もほとんど回復してしまったんです!」
ローブの男は驚きを隠せない。
そもそも、第三王子の毒による暗殺は三日前に決行され、中々死なないので今日追い打ちをかけさせたつもりだった。
それがどうして回復してしまったのか。
ローブの男の脳裏に、ある噂がよぎる。
「やはり、第三王子が人間ではないというのは本当なのか?」
第三王子は人間の形をした化け物だとか、言葉を解さず見境なく人を殺すらしい、と聞いたことがあった。
さすがに馬鹿馬鹿しい、と聞いた当時は嗤っていたのだが。
何か、得体の知れないものに手を出してしまった、そんな予感がするのは何故なのだろうか。
「異形のソレではなかったですがね。いや、別の意味で人間離れした見た目ではありましたけど」
この国の人間は、黒髪や茶髪など濃い色で生まれてくるものがほとんどだ。
それは平民も、貴族も、あまり違いはない。
瞳の色も同様で、だからこそ、王族のみに受け継がれてきたサファイアのような青い瞳が特別とされてきたわけだが、医者の男がその目で見た第三王子の色は、どちらも殊更異質に映ったのである。
「まあ、普通でなかったのは確か…で、これからどうすんです?もう一度毒を盛るんですか?」
「先の原因が分からないままでは、また失敗に終わる可能性がある。医者なら懐まで近づいても警戒されないのだから、次は直接心臓を狙え」
フードの男は小ぶりのナイフを医者に手渡す。
「そんなことしたらすぐにバレてしまうじゃないですか?!」
これだから外から調達した人間は使えない。
ここで暗殺に失敗となれば、計画に大幅な修正が必要となる、と考えたローブの男は自ら動くことを決める。
ーーーが、
「こんにちは、刺客さん」
気づいたときには視界の隅に、その幼子は立っていた。
話しかけられるまで、その気配すら気づかなかった。第三王子の見目については先ほど医者が言っていたので、目の前の幼子がそうなのだろうが、それでも。
情報では第三王子はまだ三歳だったはずだが、とてもそうとは思えない。
木々の隙間からもれる太陽の光に照らされ輝く白髪に、感情の読めない金色の瞳からは目を離すことができない。
一瞬でも目を離せば自分は死ぬ。
「どこのだれが裏にいるのか、話してくれたら手荒なことはしませんよ」
幼子は淡々と言葉を投げる。
長年後ろ暗い仕事を続け、危ない橋をそれなりに渡ってきたからこそ、ローブの男は自身の直感を大事にしている。
だが、いくら直感が危険を告げていても、何故という疑問が湧き出る。
目の前の三歳の子どもが、こうも濃密な殺気を放てるものなのだろうか。本当に殺気か?自分は何か勘違いしているのではないか。
何を?
そして今、感じているこの感覚は、恐怖だ。
まさかこんな子どもに、やられるとでもいうのか?
「ど、どうしてバレたんだ?!いや、なんでそんなにピンピンしているんだ!毒は!効かないとでもいうのか?!」
焦りでパニックに陥っている様子の医者が、次々と捲し立てる。
「毒…そもそも病気ではなく、あなた方が企てたことでしたか」
「ふっ、ふふはははははそうだ!!さっきも解熱剤と混ぜて飲ませてやったんだ!」
「お前は今そうして動けるはずはないんだ。死んでいたはずだった!そうだ!!死んでいなければならない!!!」
医者は手に持っていたナイフの存在を思い出し、第三王子に向かって駆け出す。
離宮から離れたこの林の中だから、バレないとふんで医者は行動に出たのだろう。
医者の動きは素人だったが、咄嗟のことで固まってその場を動けないでいる子ども一人殺すくらいはやり遂げるだろう。
ほとんど衝動的なものだっただろうが、おかげでローブの男は冷静さを取り戻した。
そうだ、ああやって力で押せば、あんな子どもが大人に敵うわけがないのだ。
何を怖がることがあったのか。
「死ねぇっ!」
第三王子に向かって、勢いのままナイフを大きく振り下ろす。
それと同時、突然どこからともなく吹き荒れた風が、周りの木々を激しく揺らした。
次話投稿は来週水曜日を予定しています。