3 『子どもの無邪気で素直なおねがい』作戦
肩までかかる黒髪を後ろで一つに束ねているのが、第一王子であるエリエス兄上。
動きやすいように短く切り揃えているのが、第二王子であるウリエク兄上。
髪や瞳の色は双子らしく瓜二つだ。
黒髪に青い瞳、この色は王家の色とされ代々受け継がれてきたものらしい。
僕とは大違いだな。
「さあ泣き止んで、アトラエル」
エリエス兄上が優しく頭を撫でてくれる。
そうだ、兄上はよくこうして頭を撫でてくれていた。
とても懐かしい。
「そ、そうだぞ。あまり泣くと強くなれないぞ。だから早く泣き止め」
…ウリエク兄上はあまりに暴論すぎる。
武人として、強さに重きを置くところは昔からだったのか。エリエス兄上とは対照的でずっと顰めっ面だが、声色から不器用な優しさが伝わってくる。これも変わらない。
「そういえばよく僕たちを兄だとわかったね!」
「……」
初めて会うのに、と続けるエリエス兄上はニコニコと何やら嬉しそうだ。
できれば気づいて欲しくなかった。
初対面だったにも関わらず「兄上」と呼んでしまったんだった。
どう切り抜ければよいか。
そもそもこの身(おそらく三歳だろう)本来の理解力や言語能力がどの程度かわからない。
聞き間違いだとしらを切るかそれとも、
「…ふ、ふたりがぼくの兄だったら…いいなって………勝手に呼んで、ごめんなさい」
「「!!」」
兄2人がこれでもかと目を見開いたまま固まってしまった。エリエス兄上はともかく、ウリエク兄上までこんなに表情が変わるのは珍しい。
まさに絶句といった表情だ。僕は間違ってしまっただろうか。
幼子はこれほどペラペラと喋るものではなかったのかもしれない。
よし、言語能力をもう少し下げるか。
違和感が出ないように少しずつだ。
挽回するべくアトラエルが言葉を継ごうとしたその時、
「謝ることないさ!僕たちとっても嬉しかったんだよ、ね!ウリエク」
「ああ!兄と呼んでもらうのがこれほど喜ばしいこととは!!!」
どうやら『子どもの無邪気で素直なおねがい』作戦は上手くいっていたようだ。
二人に気づかれないようにホッと胸を撫で下ろす。
兄二人から視線を外すと、部屋の入り口で医者風の格好をした男性と執事らしき男性が、こちらを見たまま立ち尽くしていた。
執事の方が、こんなことが……殿下が言葉を……と呟いている。
……どうやら作戦は失敗だったらしいな。
僕は今まで一言も喋ったことがなかったのか?
前世だって、幼少期の自分がどうだったかなんてさすがに覚えていないので、これは不可抗力だと思う。
喋ってしまったものは仕方がないし開き直ることにする。
そうだ、今回の高熱で奇跡がおきて話せるようになったことにしよう。
先ほどまで呆然とした様子だった執事と男は、ようやく気を取り戻したようにこちらに近づいてくる。
「アトラエル殿下、医者に状態を確認していただきますがよろしいですか」
「…隣の人が医者ですか」
「そうでございます。この者が殿下の治療にあたっておりました」
軽く会釈をしてみせたその男を僕はじっと見つめる。その男が近づいてきて、思わずびくりと肩を強張らせ身構えてしまった。