27 『彼』
サンスベリ王国王都、城下町には貧民街とよばれる場所がある。この国では現国王が即位する十数年前まで隣国との戦争が絶えず、長い戦争で疲弊し普通の生活も送れなくなった人々が街にあふれ、その者たちが自然と一か所に集まるようにしてできた区域だ。この場所には戦争で親を亡くしたり様々な事情をかかえた子どもも少なくなかった。
そんな貧民街に突如、何かが割れる音が響いた。その音に続くように、貧民街唯一の酒場の裏口から突き飛ばされるようにして少年が地面に投げ出された。
「ゴミなんか漁りやがって、汚いガキがウチの店に近寄るんじゃねえっ!」
「……」
「なんだその目は気色悪い」
出入り口に立っていた髭面で恰幅の良い男性は、少年をきつく睨みつけると扉を勢いよく閉めていった。一人残された少年は、目が隠れるほどの長い黒髪をゆらし小さくため息をつく。いつもなら人に見つかる前にごみ置き場から食べ物を得られたのに、今日に限って店主に見つかってしまった。地面に強く叩きつけられたことで痛む身体をひきずり、少年はその場を後にした。
その少年はごく普通の両親のもとに生まれた。普通の家族として平凡な暮らしが始まるはずだった。そうならなかったのは少年の瞳の色が普通ではなかったからだろう。両親のどちらにも似つかない色の瞳であったことから、まず母親が不貞を疑われたそうだ。そこから夫婦の仲は冷え切り、少年が乳離れしたのと同時期に父親は家を出て行った。残された母親は碌な収入もなく、毎月の家賃が払えなくなったことで借家を追い出され、母子二人で貧民街にたどり着いた。その日食べるものを得るための日銭をなんとか稼ぐ母親は、心身ともに疲弊してゆく中で考えてしまった。あの子なんて生まれなければよかった、と。そして少年に対して手が出るようになった。その暴力は日に日に酷くなり、少年が母親の元を離れ一人で生きるようになるのに時間はそうかからなかった。
少年は貧民街をしばらくさ迷い歩き、寝床にしていた半壊した木造の建物に戻る。そしてわずかに残った天井部分の下で膝を抱えうずくまった。かれこれ三日何も食べていない。口にしたのは溜めていた雨水だけだ。そして今日も食べ物を手に入れることはできなかった。
このあたりは灯りがろくに無いため、陽が傾けば一気に暗くなる。少年はうずくまって小さくなった体をさらに縮こめた。
どれだけ時間が経ったのだろうか、ふいに遠くから足音が聞こえてきた。やけに小さいこその音はだんだんと少年に近づいて来ているようだった。少年は顔を膝に埋め、その足音が通り過ぎるまでじっとやり過ごす。しかし近づいても以前小さいままの足音は、少年の前で止まった。貧民街で他人と関わってもろくなことにはならない。少年もそのことは十分わかっていたのだが、無視することもできずそっと顔を上げた。
目の前に立っていたのは少年とそう変わらない背丈の子どもなのだろうが、全身をすっぽりとローブで覆い隠しており周囲の薄暗さも相まって、表情すら窺い知ることはできない。
目が合ったのかわからないが、ローブの子どもが小さく息を飲む音が聞こえた。
「こんにちは、君はひとり?」
ローブの子どもはそう尋ねながらしゃがみ込み、少年の顔を覗き込むようにして見つめる。同時にローブの中の顔も見えた。それは、母親が気味が悪いと言った少年と同じ金色の瞳をした白髪の子どもだった。
「それとも君の家族もいる?」
「……いないよ、だれも」
「住む場所は?」
「ここにすんでる」
どんな意図で質問してきているのかわからない。それでも同じ色の瞳をした者同士、無碍にしようとは思わなかった。
「じゃあ僕のところで働く気はない?」
白髪の子どもはにっこりと微笑んだ。その日貧民街に現れたローブの子どもは年齢に似合わずはかなげで、とても美しかった。




