26 ぼく子供だから何もわかりません、な顔
「母上体調はいかがですか」
エリエス兄上が不安げにそう問いかけた。侍女長の二度目の暗殺未遂から一夜明け、この場には兄上二人と医師、僕とその付き添いでランス、そして今回の事件の取り調べも務めた第一軍団長がいた。兄上たちとリリエラーデ様との親子仲は良好なようだったから今回の事件は気が気ではなかったことだろう。ウリエク兄上も声をかけこそしないものの、眉間に皺をよせ心配そうにしている。
「ええもうだいぶ良くなったのよ、もう心配しないでちょうだい」
ね?とリリエラーデ様は兄上を安心させるようにやわらかく微笑んだ。素人目にもリリエラーデ様の顔色は良く、快方に向かっているようだった。ひとまずこの笑顔を守れてよかったと思う。
軍団長がこの場にいるのは、どうやら取り調べと捜査の経過報告のようだ。
「そう…彼女が」
リリエラーデ様は寝台に身を預けた状態のまま、侍女長の起こした事の顛末を聞いていた。
「拘束した侍女長の証言で毒の入手先はわかりましたが、黒幕が誰かまではまだ…」
「わかったわ。引き続き捜査はお任せするわね」
「かしこまりました」
それでその…と軍団長が口ごもりチラッと僕の方を見ている。
「アトラエル王子殿下がどうかしたのかしら、軍団長?」
「昨夜の侍女長の凶行は未遂に終わりましたが、その際アトラエル王子殿下に妨害されたと証言しておりまして」
そう報告する軍団長の顔には困惑が滲んでいた。それはそうだろう。三歳児に暗殺を妨害されたなどと誰が信じるだろうか。このまま侍女長の妄言だと流してくれればいいのだけれど、念のためしらばっくれておくことにした。
「ぼく?」
全力で無垢な幼児になりきる。ぼく子供だから何もわかりません、な顔を軍団長に向けた。効果は抜群だった。
「いえ、そうですよね。大方侍女長の企みが失敗に終わって焦って、あること無いこと言っただけでしょう」
僕のことに関しては希望通り侍女長の妄言ということになった。この先捜査を進めて黒幕が判明するのかはわからないが、軍団長に任せるしか無いだろう。
前世でのリリエラーデ様の死の原因は今回侍女長が起こした事件で間違いない。事件は起きてしまったが死ぬことはなかった。つまりリリエラーデ様の死は回避できたということだろうか。いや、今回の事件の黒幕が手段を変え再びリリエラーデ様の命を狙う可能性は大いにある。この先も警戒をするに越したことはない。
お見舞いから離宮に戻ってきた僕は、自室にたどり着いてすぐ寝台に沈んだ。この二日間、犯人が再び仕掛けてくることを警戒して夜な夜なリリエラーデ様の近くを見張っていたために、僕の睡眠時間は削りに削られていたからだ。
極度の疲労で深い眠りに入っていたがゆえに、その日自室に母が入ってきたことも僕にのばされた手がどこに向かったのかも知ることは無かった。




