16 離宮の隠し通路
夕餉まで時間があるということで特にそれまですることもなく、手持ち無沙汰になった僕は離宮内にある隠し通路を確認しておくことにした。
これは前世で僕が見つけたものだ。その通路は地下を通じて王城とも繋がっていて、かつては非常時の脱出のために使われたものだろう。
この通路は王城から離宮、そして城壁外まで伸びているのだ。通路を使って城壁外に出ると城の人間に見つからずに王城を抜け出すことができるし、出口付近には使われていない小さな塔もあった。これから先、誰にも見とがめられずに城下に下りたり、人の目から隠しておきたいものなんかを保管するためにも役に立つ。
離宮の隠し通路はありがたいことに自室にあった。さほど大きくはない離宮の二階に地下へ続く階段があるのはなんとも凝った造りだが、使いやすいのでありがたい。
早速自室にある衣装棚の両開きの扉を開け、人に見られていないことを確認してから中に入る。中と言っても奥行きは無く、せいぜい大人が両手を横に広げられる程度だろうか。衣装棚の底は木板なのだが、これがスライド式の隠し階段の入り口だ。自身の手前から奥へ木板を動かすと、記憶の通り石造りの階段があった。階段の奥は灯りもなく真っ暗だったので、用意していた魔術具を起動させ周囲を明るく照らした。
今使っているのは、両の手のひらに収まる大きさの灯りの魔術具だ。こういった日常で使われる魔術具は、魔術とは何かなどの原理を知らなくとも簡単に操作できる便利な道具だ。
この隠し通路は、前世で何度か使っていたので迷いなく階段を下りて行く。管理されていないからかひどく埃っぽいが、それすらもどこか懐かしさを覚えた。階段を下り切ると左手には前後に通路が伸びている。前が北でそのまま進むと王城に出る。反対側が城壁外への道だ。城壁外への方が近いのでそちらに進んでみることにした。
通路は入り組んでいるなんてこともなく、ほとんど一本道に近い。王城から離宮までの道は追っ手対策のためかもう少し複雑だが、離宮から城壁外までの道は迷う心配もない。幼子の足で歩くこと四半刻足らずで通路の出口に到着した。
入ってきた場所にあるのと同じような階段を登り、天井部分にある取っ手を手前に引けば外に出ることができる。外から見たこの出入口は緑で隠されて見えないようになっていた。その草をかき分けながら僕は外に出た。周りは緑に囲まれていて目印になるようなものはない。隠し扉を緑で覆い直して目的の塔に向かった。
以前来たことがあるといっても、前世のそれも誘拐前でずいぶん昔のことだったのだが、実際に歩いてみると案外簡単に目的の塔へとたどり着いた。石造りの塔は苔に覆われて長いこと放置されていたのがありありとわかる。朽ちかけた木の扉を開けると中も扉同様どこもかしこもボロボロだった。
「これは、片付けるのに時間がかかるな」
ここの存在は隠しておきたいので、人の手を借りるわけにはいかない。時間はかかるだろうが少しずつ直していくしかない。
でもこのままではだめだ。今のこの幼子の身体でできることなんてたかが知れてるし、この先事件を未然に防ごうにも僕一人じゃ到底かなわないだろう。
信頼できる人間が必要だ。
今のところ一番信用できそうなのはランスだったが、彼はあくまで王家に仕える人間だ。仕事に忠実ではあると思うが、僕に忠誠を誓っているわけではないから、全ての命令に従ってくれるわけではないし、こちらの動きが敵に知られる可能性だってある。誰が敵かもはっきりしない段階で、少なくとも王城内の人間に協力は頼めないだろう。
朽ちて修繕もできないような家具を風の刃で切り刻みながら、一人の人間のことを考えていた。僕の替え玉として城にいた『彼』のことを。
今日これから町に下りて捜しに行くのはさすがに時間が足りなさすぎる。これは後日あらためて時間を作ることにしよう。
きっと『彼』は王都内、この先の城下町にいる。根拠など何もないし、先日たてた推測だって僕の想像にすぎないのに。どうして僕はそう思えるのだろう。
前世の朧気で欠けてしまった記憶のどこかであったことでもあるのだろうか。けれど欠けているのは攫われた後の記憶のはずだ。城下町で『彼』と会うなんて状況にはまずならないだろうに。
悶々と考え込んでいて手元が疎かになっていたせいか、家具をいささか細かくしすぎてしまっていた。薪代わりにするつもりだったのに。
「まあ火種にはなるか」
もはや木屑と化してしまったものを部屋の脇にかき集めた。次にここへ来るときは掃除道具がいるなと次回の段取りを立てながら、古びた塔をあとにした。




