12 だいすきな兄上に会えてうれしい
「あれ、アトラエル!もう体調は良いのかい?」
沈黙を破ってくれたのは、エリエス兄上だった。渡り廊下の出入り口から顔をのぞかせ、僕と目が合うと花が咲いたように笑顔になった。手には本が数冊あるから、授業の帰りかなにかかもしれない。エリエス兄上の後ろには従者らしき人が二人、付き添うように並んでいた。
「はい、もうすっかりよくなりました。おみまいに来てくれてありがとうございます」
自然と笑みがこぼれる。こうしてお話ができてうれしい。エリエス兄上もウリエク兄上のことも大好きだ。このまま平穏な時間が続けばいいのに。
「もっと早く行けたら良かったんだけどね。それにしても元気な姿が見られてうれしいよ」
「ぼくも、だいすきな兄上に会えてうれしいです」
僕が言い終えた途端、何やら兄上が胸を押さえて顔をしかめている。苦しんでる?え、どうして?襲撃?
「あ、あにうえ?」
「……っ!ああ、大丈夫」
本当に大丈夫だろうか。兄上は胸から離した手をさまよわせ、そして僕の頭の上にのせると、そのまま優しく撫でてくれた。
「あの、ぼく、兄上のお母上様にお会いしたいって話をしていたんです」
「母上に?」
「はい、一度もお会いしたことがないので。おきれいな方だとききました」
「ふふ、アトラエルはおませさんだね」
兄上は少し考えるそぶりを見せたあと、背後に控えた従者と目線を交わした。従者は僅かに眉間に皺をよせたように見えたが、特に苦言を呈することもなく頷く。
「なら今から会いに行くかい?これから母上とお茶をする予定だったんだ」
「ほんとうですか!いきたいです!」
じゃあ行こう、と言って兄上は僕の手を取ると、中庭をあとにした。
王族の居住空間は城の奥にある。城門から入って最初に見えるのが政務を行う場で、真ん中がぽっかりと開いたような形の建物であり、その真ん中の空間が僕が先ほどまでいた中庭として開放されていた場所だ。そこから渡り廊下を進んだ先が、王族の私的な居住空間となるのだ。当然ながら王族以外は許可のある者しか立入りは許されない。ランスは僕専属の従者というわけではなかったが、彼がいないと僕一人になってしまうので特別に立入りが許可された。立入りの申請は本来もっと厳重で煩雑らしい。
エリエス兄上に手を引かれながら、僕は思わずきょろきょろと周りを見回してしまった。華美な装飾は無く洗練された長い廊下を進んでゆく。
城が攻め落とされたあの日、同じ廊下を歩いたことを思い出す。気を抜くとどうしても、あの悪夢のような光景がよぎるのだ。今はどこにも襲撃の跡は無い。
ふと右手に感じたあたたかくやわらかい感触で、現実に引き戻された。見上げれば兄上と目が合った。兄上はふわりと微笑んでくれて、それだけで僕の胸に温かいものがこみ上げる。
この笑顔を、兄上を守らなければ。絶対に死なせない。
側妃にあてがわれた私室は最上階に位置するのだが、中々階段を上がる気配がなく訝しんでいると、とうとう長い廊下を出てしまい青空の広がる一際明るい場所に着いた。そこは様々な花と緑に囲まれた温室となっていた。
「母上、お待たせいたしました」
エリエス兄上が声をかけた先には、三人掛けのソファーに座る女性が見えた。




