8 これから僕は非情にならねばならない
結局、この場所に居たくないというアトラエルのお願いを叶える形で、王城まで馬車を出してもらった。ちなみに僕が今まで居た離宮から王城までは馬車で四半刻もかからないが、途中鬱蒼とした林をはさむので、王城に着いてしまえば離宮は見えなくなる。
王城は石造りで、重厚感がある。攻め込まれた時に守りのことを考えた造りになっているそうだ。馬車を降りて、懐かしい景色の平穏無事な光景に胸が熱くなる。どこも崩れていない、火の手も上がっていないし誰も倒れてはいない。やっと、帰ってこれた。
だが今世は、離宮に移り住んで以来初めての王城ではないだろうか。王城内で人とすれ違うたびギョッとされるので間違いない。視線が痛いほどに突き刺さる。
「アトラエル殿下、行きたいところはございますか」
「花がみたいです」
城に来て花とは何言ってんだと思われたかもしれないが、目的地は中庭だ。四方を城に囲まれたそこに花が咲いているのだ。
ちなみにもっと規模の大きい庭園も別にある。そちらはガゼボや池があって、来客用ということもあり段違いに美しいのだが、王城から少し離れていて主目的から外れるので今回は断念する。
「花ですか。そうなるとまた馬車にお乗りいただいた方が良いかもしれません」
「王城の中はないですか」
ランスも庭園の方を思い浮かべているようだ。より良いものを見せたいという気遣いは嬉しい。だが今回は違うのだ。僕は中庭の方に行きたい。
「ございますよ。ご案内いたします」
ランスはつくづく良い執事だと思う。すでに十分彼のことを気に入っている。しかしこれから僕は非情にならねばならない。すまない、ランス。
中庭まで案内してくれたランスを庭で撒き、書物保管庫へ忍び込んだ。幸い中庭から近い一階にあったので、誰にも見られることはなかったはずだ。こうして人を撒いたり探索したりするのは前世でもさんざんやったことだった。その城内探索で隠し通路なんかを発見したこともある。懐かしい思い出だ。
保管庫は窓はあるものの直射日光は入らないようになっているのか、全体的に薄暗く静寂に包まれていた。こことは別に閲覧室もあり、よく読まれる書物はそちらにあるので、こちらには人が一人もいなかった。
この部屋は正しく書物を保管するだけの場所なのだろう。読まれないとはいっても保管されている書物の量は多い。
僕はその中から、毎年更新される貴族名簿を見つけ出した。
サンスベリ王国は大国なだけあって貴族階級の家の数は多い。貴族の子息子女の教育は家の名前を覚えることから始まる。名前を覚えるだけでも大変だろうかと思っていたのだが、これが意外にもスルスルと頭に入ってきた。というより一度覚えていたものを思い出す感覚に近い。……前世ですでに覚えていたようだ。
おそらく同じ理由だろうが、どの貴族がどの派閥に属するかも把握できた。




