表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ーーアーカイブ用ーー  作者: まくらももと
第一章『失業保険はあなどれない』
2/4

第2話:職務経歴書とか最初に考えたの誰だよ

補足:作中の『ハロワ』とは…――『ハロー異世界ワーク』の略称です。実在の公共職業安定所「ハローワーク」とは異なる物です。

「えぇとですね…詳細は非常に、煩雑で解説を挟むとなると……六法全書もびっくりな専門用語の羅列だったり恐らく十万文字でも収まり切らない規模の法則だったりと…極めて壮大なお話になってしまうので……

色々ご納得行かない点はあるかと思いますが、何卒!…黙って指示に従って頂けると幸いです」


 ぱん、と乾いた音色が響き渡り一旦話は打ち切り、とばかりに両掌を打ち鳴らして案内役の青年が大変申し訳無さげな苦笑いを浮かべて見せる辺り、説明が面倒と言うより一般的な知識や倫理観では到底理解出来ないレベルの話なのだろうなと、妙に腑に落ちた感覚。

 一郎の諦観や厭世的な思考も有るのだろうが、死後の世界的御都合主義とでも言うべきだろうか……思えば、地獄の閻魔による裁判なんかも、理屈じゃない、そんな所に着地した所為なのかもしれない。

 何より、陽キャに属するであろう案内役青年…?の圧に負けた感も否めない訳だが。


「大分掻い摘んで説明申上げますと…あ、三番窓口は此方です……案内がてらお話しましょうか


 あ!申し遅れました、私…職業相談部門所属の『アダチエル』と申します。

 一応、天使です。」


「お願いします…?(どの辺が天使…)」


 ふわりと、カウンターの高みを軽々飛び越える、アダチエルと名乗った案内役の青年はケサランパサラン状態の一郎と同じく、浮遊状態であるらしく事も無げに一郎を手招きして漆黒に満たされた空間を漂い進み始める。

 一郎の方はと言えば、ふよふよと、遅々とした速度ではあるが吹き飛ばされたり迷う事も無く青年の案内に従い、自由である視線だけを巡らせて状況把握や思考に努める内に記憶と既視感がリンクし始める。

 生前、求職活動の際に何度となく世話になった公共職業安定所……辞め癖と言う悪癖の所為で、最早手順も完全記憶出来ていた、あの場所だ。


「平 一郎さん…あなたは、これから転生する権利に基き「異世界」を選択し、そこへ転生…「就職」する手続きを踏んで頂く事になるんです。」


「転生する、権利……?異世界に、就職?ど…どゆこと…すか?何となーーく、は…理解出来てるんですけれども……」


「流石は地球、特に日本の転生者さん達は「異世界もの」の概念が定着していらっしゃるのか理解が早くて助かります……ではまず…『権利』について……これまた、先程の壮大な話に繋がってしまうので、大分大雑把に申し上げますと……

 天命や寿命、と呼ばれる概念以外で、生命を終える事になってしまった魂限定になりますが、『全世界』の管理者たる幽世から手厚い保護や保証を受けて頂き、転生と言う形で新たな人生を歩む事が出来る……と言うのが『権利』なのです……」


 お解り頂けました?とばかりに身振り手振りを交えつつ、事務的なトークスクリプトを大分自分流にアレンジしたのであろう解釈と最低限の用語の身を用いて説明してくれるアダチエルの様子に、この人も苦労してるんだろうなぁとか、しみじみとした連帯感を覚えてしまうのは、一郎の経験したテレフォンアポインターのアルバイト経験故だろうか。


「完全に失業保険……え、でも…保護とか保証とか、実際の転生って……言うのも変ですけども、アニメとか小説みたいに…ノリと勢いで何とかなっちゃうもん…なんすか?」


「なりません」


「ならんのかい」


 戸惑いと困惑の坩堝に居る筈の状況下で有るにも関わらず、思わず反射的に、絶妙な間で言葉が発せられてしまったのは、一郎の出身地が「大阪」である事に起因するのは言うまでもない。


「しかし!ご安心ください一郎さん……世界法則的な事や概念的な事、手続きや段取りを、その世界の転生者達に最も近しく分かり易い形で反映させて頂いてますので…要するに、一郎さんは転生活動……

 そう、所謂一般的な『転活』に悩む事無く、このハロワ経由とのサポートにより、ワンストップで異世界の神々と面接、からの転生…からの第二の人生頑張るぞ!!が可能になっているんです、よ!」



 話の抑揚が一々何処かの新や通販番組っぽい熱量とテンションで、熱苦しい青年の演説的説明が続く。

 暑苦しいのは苦手なんだけども、等と溜息をもらす余裕も(ケサランパサラン状態の為、溜息(心情)になる訳ではあるが)で始めた一郎は、ふと思い至った疑念を口走る。


「……それはさておき…異世界って、幾つも有るんすか?」


「いい質問です!」


 チャットAIみたいな反応すな、と心の中で密かにツッコミ染みた思案を巡らせつつ、大人しく回答を待つ一郎。

 段々とではあるが、平常心と言う物が息を吹き返している様で。

 次第に暗闇の奥辺り、視界の先でぼんやりと薄く明るい輝きを湛えた、公共職業安定所の相談窓口に似た光景を視認した事で更に現実味を帯びて来て、某テーマパークでアトラクション巡りをしている様な感覚が湧き上がる。


「そう、世界は無数に、それも同時に並行世界、同時間軸、過去、未来、枝分かれした世界…と…文字通りに数え切れない程、存在していますし、何なら一郎さん…

あなたの生活していた「地球」の世界も…『異世界』と呼ばれるケースだってある…

そう言う事でして……『幽世』とは、全ての世界に存在する『死後の世界』や『神の世界』と呼ばれる概念、場所なのです。

 私達も便宜上「天使」を名乗らせて頂いておりますが、実際はあらゆる世界の概念に対応する存在で……と、長話になっちゃいましたね、お待たせしました…ココが「三番窓口」です」


「…………(寝てた)あ、はい」


「この方が、本日「イレギュラー」に地球世界から来られた『平 一郎』さんです、ヤマエルさん、面談の上で手続きの進行をお願いしますね?

 あ、一郎さん、この方は相談間口担当の、ヤマエルさんです、異世界転生先の選定や条件検索等、あらゆる相談に乗ってくれる『転活』のエキスパートなんですよ」


「アダっさん…紹介が大袈裟……ヤマエル、です…はい、どうぞまずはそちらにお掛けになって下さい」


「……ど、どうも…よろ、しゃす……(怖そうな眼鏡女子だよ…苦手なタイプだよ…)」


 長い長い話の末に辿り着いたのは、先程から薄っすらと視認出来ていた、ハローワークの相談窓口に酷似した空間。

 アクリルボードの間仕切りで区切られた先には、とても型落ち感を醸し出す分厚いノートパソコン的な端末と、無機質なデュアルモニターを凡そ天使らしくない厳めし過ぎる面持ちで見詰める女性天使の姿。

 冷徹さを映し出すノンフレームの眼鏡が印象的で、飾り気一切無しのひっつめ髪が、大変気が強そうな風貌に拍車を掛けている。

 しゃれっ気は一切感じられない、が清潔感は際立った事務服を身に纏ういかにも「事務員!」と言った風情だが、対応もまた大変事務的。

 ケサランパサラン状態だから座ると言っても…椅子に乗る感じ?と困惑の一郎。


「ケサランパサラン状態だと、表情も読めないし大変やり難いので。生前の姿でお願いしますねー」


「あ、そうそう、そうですよね!それじゃ一郎さん、生前のお姿に一旦チェンジしましょうかー……行きますよ、すぐ済みますからね?………仏仏仏仏…(ぶつぶつぶつぶつ…)


 便宜上含めて様々な理由から、魂の具現存在である綿毛形状(文字数的にもケサラン…だと長いので)の光球から、ヤマエルの言う「生前の姿」に戻る為の力を行使すべく、背後に控えて経緯を見守っているアダチエルが両手を胸前辺りにて合掌の形に、神妙な面持ちで眉間に薄く皺を刻み、苦悶とも見える唇の歪みを堪えながら何やら、念仏に似た詠唱らしい物を呟く。

 それに伴い、一郎の視界や存在を取り囲み覆いつくす様にリボンを彷彿とさせる淡い桃色に彩られた光の帯が幾重にも重なり、音も無く無数に絡み付く。


「え……何が始まるんです…(天使なのに仏って言ってる)」



「エンジェルチェイインンンジッ!!!」


「掛け声カッコ悪!!」


 裂帛の奇声…基、見開かれたアダチエルの双眸と気合の一閃が空間に迸り…



 次の瞬間


 ぽん 


 と間の抜けた音共に一郎の身体を包み込む光の帯が霧散し、現れたのは……


「改めてようこそ……CV:岩田光男ぽい人」


「さんを付けろよデコ助野郎」


「成功!一郎さんの生前のお姿、ですね!死亡時はお風呂場だったので本来は素っ裸なのですが……倫理的観点から、入浴前のお姿になって頂きました」


 日本アニメの内容に精通しているらしいヤマエルの何気無い一言が真理を穿ったのか反射的に言葉を返す一郎の姿……


 それは正に「CV:岩田光男ぽい人」であり、41歳にしては若干若く見えるが…猫背気味で冴えない三白眼気味の覇気が薄れ切った一重の双眸と低めの典型的な日本人的鼻梁、不平不満を噤んで我慢し続けた結果、常時への字に結ばれた唇。

近所の千円カットで適当に切りそろえられた短い黒髪を揺らす、地味の権化とも呼べる青年……いや、中年の姿が椅子に鎮座している。

 服装はアダチエルの気遣いにより、入浴前に身に纏っていたらしい、草臥れた白のワイシャツに警備員制服の紺色スラックスに黒の靴下、と言う地味極まる佇まい。


「…で、地味さん」


「平です」


「職務経歴書と履歴書、拝見させて頂きますので、少々お待ちを………



 うわぁ……」


「え……何、何です?(今 うわぁ て言った)」


 すん、と状況が落ち着いてしまえば一連の流れが無かった事にされた体で話が進むのは、現世も幽世も大差無しと言った所だろうか。

アダチエルから手渡されたらしいクリアファイルに収まる履歴書と思しき書類と、何時の間に誰がどうやって作成したのか不明である分厚い職務経歴書らしい書類を手慣れた様子でぱららら…と捲りつつきびきびと視線だけで速読していると思しきヤマエルの表情が、露骨に歪む。

 そして露骨に声に出る。


「……運転免許や資格も無く、学歴も特筆する事は無く……生前に善行を重ねた経験も殆ど無く…かと言って犯罪行為や悪行はゼロに近く金銭的滞納等も無し……無宗教で信仰とは無縁、友人関係も希薄……社会貢献も最低限……見事に『まっ平…寄りの若干えぐれ気味』人生……ですね、アナタ」



「人生色々、ですね!」


「アダっさん適当な事言わない」


 思わぬ経緯で曝け出された上に僅か三行にも満たずに総括されてしまった人生に、思わず膝の上で握り固めた拳が軋みを奏でて、ほろりと頬を生温い何かが伝い落ちる感覚で不甲斐なさに歯噛みする。

 それでも口を衝いて出るのは深刻さと無縁の呟きである辺り、まだ若干の余裕が有るのかも知れないが。


「……その、やっぱ…難しいですか、再就職と言うか、転活……」


「難しいと言うか……いや……何て言うか……平さんのご希望、伺っても?こんな異世界に行きたい、とか…こんな職業に就いてみたいとか……」


「え……!あー…そりゃ、出来れば…チート能力でてきぱき無双しちゃう感じの勇者っぽい職業で、可愛い女子に囲まれちゃうイケメン男子系に転生して、適度にファンタジーで、適度に楽で退屈しない、そんな感じの転生、したいなって……!」


「………(チッ)……無理って解ってて言ってるでしょ、アナタ」


「舌打ちされた」


 ふわっとした目論見や根拠の無い展望、計画性のけの字も感じられない苛立ちを感じるのは、天使も人も変わらない物であるらしく、マウスを握るヤマエルの手に青筋が浮かび、みしりと気圧までも揺さ振る様な舌打が漏れ出てしまうのは必然で。

 将来設計のカケラすら見いだせない人生を歩み続けて来たが故に飛び出た一郎の安直極まる発言は、ヤマエルの何とも言えず汚物を蔑む様な藪睨みの視線を誘う。

改めて自己の軽薄さを痛感させられた様で、がくりと項垂れる一郎。


「……現実見るのも大事かもですねー…取り合えず、この端末で異世界検索してみて…気になるトコあったらタップして下さい」



「……あ、はい…(こんなとこでも林檎社のタブレットなんだ)」


 ヤマエルから手渡された『ハロー異世界ワーク』のテープシールが目立つタブレット端末に、若干感心し早速とばかりに『異世界検索』を始める一郎。

 ずらりと並ぶ異世界の検索結果に瞠目し、うわぁ、と珍しく希望に輝く双眸と緩む口許。

 自分の年齢や経歴等、希望条件等をアダチエルの手を借りつつぎこちなく地味に入力し、検索ボタンをタップ。



「………はァ!?」



 程無くして導きだされた検索結果。



 その結果に思わずめっちゃどこかのウサギ風生物っぽい裏声になる一郎なのであった。


 ――そろそろ本題、移ろうぜ。そんな第3話へ続く……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ