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第4話 編集者ペルピーズ

いつもの通り小説を書いていると電話がかかって来た。編集者のキールケからだった。電話に出てもロクに話をしようとせずボーンは困り…。

パコーン、パコーン…。


下の階からゲームの音が響く。クレイとラグドールがスポーツゲームで遊んでいる様だ。かなり白熱している。うるさくて集中できねえよ!なんて事はないが、長らくパソコンと向き合っていたので集中力が切れて来た。下の階に向かっている途中でスマホが鳴った。見ればキールケから電話だ。


応答ボタンを押して何用か尋ねるがキールケは歯切れの悪い言葉で一言二言話そうとしては黙るのを繰り返す。


「大丈夫か?」


『僕は…大丈夫…』


「全然大丈夫に聞こえないぞ。何かあったのか?」


『えと…その…』


よほどの事があったらしく何も話さない。1分近く黙っていたので俺の方から話を切り出した。


「キールケ、C地区に津々の湯ってあるのを知ってるか?」


『知らない…かな』


「一緒にひとっ風呂浴びに行こうぜ。俺も肩が凝っちまってな」


『ええっ!?』


「15時頃に集合だ。待ってるぞ」


『ボーン!??』


俺は一方的に電話を切ると財布を持って2人に出かけると言ってC地区に向かった。もちろん戸締りもした。


駅までは遠くないし下手にバイクを置いておきたくもないので徒歩で向かう事にした。道中では利き石をしている人や、車椅子で公道レースをしている集団がいたり、純愛過激派と書かれた旗を背負うプレートアーマーの活動家が隊列を組んで前進していたり、夕立が来る前のミミズごっこをしてる人などを見かけたりした。D地区は今日も平和だ。


俺は券売機でC地区行きの切符を買った。俺はベンチに座りながら俺のすぐ隣でひたすらおろし器で石鹸を削り続ける人を眺めながら時間を潰した。


「…電動おろし器買ってあげようか?」


そう言うと隣で石鹸を擦りおろしていた人は顔を赤面させ、石鹸とおろし器を置いて逃げ去って行った。俺はそれを持ってその人を追いかける。


「おい、忘れものだぞ!」


「いりません!あげますからそれ!」


引き締まった筋肉から繰り出される美しく洗練されたフォアフット走法で距離を離されていく。うーん、これは追いつけない。


追いかけるのを諦めると俺は駅で石鹸を擦りながら電車の到着を待った。やがてやって来た電車に乗ってC地区に向かった。


C地区に到着するとしばらくそのあたりで寛いで時間を潰そうと思っていたが既にキールケがいた。時間はあると言うのに随分急いで来た様で汗をかいていてた。俺が近付くと彼は両手を突き出した。


「ま、待って!今来たばかりでその、匂うから!」


そう言ってキールケはポーチから取り出した香水を振りかける。やがて落ち着いたキールケがムスッとした表情をする。


「全く、君は強引だな。僕にいきなりC地区に来いだなんて」


「お前はお人好しだからな。呼べば来るって思ったんだ」


そう言って俺はキールケの手首を握ると早速と津々の湯に向かって歩き出す。子供の頃からそうだがキールケの手はいつも少し冷たく湿っている。俺の体温が高いだけなのか彼の体温が低いだけなのか。


「わっ、わっ…ボーン、恥ずかしいよ…」


「子供の頃はいっつも俺に引っ張られてたクセに。じゃあちゃんとついて来いよ」


C地区は人通りが多い。数キロ歩くぐらいなら皆徒歩で向かうし、自動車を所持する人はそれなりにいても使う人は多くない。時間によっては人込みがに入る事になるので子供ははぐれやすい。キールケも俺ももうそんな年ではないが。俺はキールケから手を放して前を歩く。


人込みの中では時々振り返りながらキールケを見失わない様に注意を払うが、気を許すと人込みに流れて迷子になりかける。俺は追いつくまで彼を待った。


「はぁ…はぁ…歩くの早いよボーン」


「まあD地区民だからな。ほら、置いてくぞ」


そう言って歩き出した。キールケは小走りで追いついて来ると俺の手を握る。振り返ると口を堅く結んでそっぽを向いていた。俺は肩をすくめてキールケの手を引っ張り津々の湯へ向かった。何だかあの頃に戻ったみたいで少し懐かしい。


津々の湯に着くと金を払って脱衣所に向かい籠に服を入れる。脱衣所を出て洗い場で身体を洗い始めた。遅れてやって来たキールケが隣に座って身体を洗う。


「ボーン、背中を流すよ」


「おう」


お互いに交代しながら背中を流した。お互いに余計な話題を振らずに黙っていた。俺は急かさずキールケが話す心の準備ができるまで待つつもりでいた。


やがて湯船につかりお互いに窓から見える山を眺めた。


「ごめん、気を遣わせちゃったね」


俺は手で水鉄砲をつくりキールケの顔にお湯を浴びせた。


「ぶっ…もう、何するんだよ!」


顔を拭きながらキールケが怒る。


「肩に力が入り過ぎてるんでな。ちょっとからかっただけだ」


「なんだよ、もう…」


そんなやり取りをしてからお互いに黙ったまま山を眺めていたキールケは何度も何度も何か言おうとしたがその度に口を噤んだ。俺は気にする素振りも見せない様にしながらただただゆったりと寛いだ。


やがて顔をくしゃくしゃにしたキールケが涙をこぼしだした。


「うう、ううう…。ボーン、僕…君の編集者を降ろされる事になったんだ…」


俺はギョッとしてキールケの方を向いた。


「ペルピーズって言う奴が僕の代わりをやるんだ。僕嫌だよ、これまでずっとずっと君と一緒に仕事をして来たのに。こんなのあんまりだよ…」


キールケは昔から気弱で泣き虫だった。大人になるに連れて泣き顔を見る事はなくなった。久しぶりにキールケが隠さず心から泣いている。俺自身もかなりショックだった。イラストレーターがクレイ以外に考えられないとしたら、編集者はキールケしか考えられない。


会社の都合で物語が不当に歪められた事、これに耐えられたのはこれが自分の仕事だからというプロ意識と自身を支えて来てくれたキールケあってこそのものだった。俺の中で抑え込んでいた怒りがふつふつと沸いて来る。


「ふざけやがって…。こうなったら筆を折ってやる!キールケを編集者に戻さない限りは執筆しない!!何が書籍化だ、何がアニメ化だ!」


「待って、それは駄目!」


「何が駄目なものか!双眸の涙はお前の支え無しには生まれなかったものだ!滅茶苦茶な要求された時だって、今まで支えてくれたお前に報いようと思って覚悟を決めて原作改変したんだ!お前がいなくてどうする、俺の編集者はお前だけなのに!」


キールケは項垂れる。俺の勤めてるトモツキ社の週刊一秋はどの作品も人気がイマイチで話題作は欲しかったはずだ。奴らは書籍化やらアニメ化やらを持ち出しては作家に威張り散らしているが、作家がいなければ自らヒット作を作る能力も何もない。執筆を断れば俺だってタダじゃ済まないかもしれないが、作家は出版社に魂までは売っていないと言う事を思い知らせてやるためなら本望だ。


お互いにしばらく無言でいたが、やがてキールケは涙目のまま顔を上げた。


「双眸の涙の著作権はトモツキ社に渡ってしまった。君が筆を折ればもう二度と続きを書く事はできなくなってしまう。原作ファンも、今連載中の双眸の涙のファンも悲しむ」


最近知ったが原作の双眸の涙はネット民が違法アップロードしているので実は読める。だが、今書き直してる方は仮に書いても公開はできない…。


「何より…僕は君の一番のファンだから。続きが読みたい…」


俺はため息を付いた。


「キールケがそう言うんじゃしょうがないな」


ペルピーズとやらがどういう奴かは知らないが、一番のファンからこう頼まれては気持ちを無下にはできない。俺はキールケの肩から手を放した。しばらくはお互いに何も言わずにいたが、キールケは俺の肩に頭を載せて来た。


「…ここのお湯、ちょっと熱いね。のぼせてきちゃった。僕は先にあがるよ」


彼はそう言って俺から離れると立ち上がり出て行った。彼が脱衣所に行ったであろう頃に俺はまたため息を付いて独り言を言った。


「酒が飲みたくなって来たな」





俺はキールケと別れるとD地区に帰って来た。それから勝負を挑んで来た奴の貸してくれたエンジン付きキックボードに乗って自宅に帰って来た。勝負を挑んで来た奴はその辺の穴に車輪を突っ込んで転倒していた。


自宅に戻ると何やらリビングルームが騒がしい。まだゲームをやっていたのか。俺は2階へ向かおうとするとピッグテールの人がこちらに向かって走って来た。


「ボーン!やっと帰って来たか!待ってたぞ~!」


「誰だお前」


「今日からお前の編集者になる者だ!」


「そりゃ良かったな」


俺はそいつの両脇に手を挟んで持ち上げると家の外に出して鍵を閉めた。


「おおい!中に入れろ無礼者!吾輩を誰と心得るか!」


ドアを叩く音を無視して2階に上がろうとするとクレイがやって来た。


「あいつ多分本物だぞ。パァプ・ペルピーズ、多分トモツキ社の社長の息子だ」


ペルピーズ…そう言えばキールケもそんな名前を言ってたな。俺は仕方がないので扉の前でギャアギャアと喚くペルピーズを迎えに行った。扉を開けると目の前で褌一丁のD地区民に連れ去らわれようとしていた。


目の前で大男に担がれたペルピーズがバタバタと暴れている。


「ふむ。社長には不幸な事故だったと伝えておこう」


「助けてーっ!!!」


仕方がないので俺は靴を掴むと褌のD地区民の頭にぶん投げた。見事にヒットして転倒する。その間に俺はペルピーズを引っ張って中に入れた。


「いいか、ここはD地区だ。生首を蹴って遊んでる奴もいるし、ボールペンで100キルを目標に日夜奔走してる奴もいる。左腕を右手でぶん回しながら走り回ってる奴もいるし、各地に髪の毛を植えて毛のなる木が生えると信じてる奴もいる。駅の近くで奇跡的にD地区民に会わなかったのか知らないがここはB地区とは世界が違う」


「どうして君はこんな所に住んでるんだ…」


「俺が知りてえ!!!」


キレても仕方がない。俺は部屋で執筆作業を行う事にした。ペルピーズは俺のベッドにゴロンと寝転がるとスマホで俺の書いてる小説の本文を眺めている。本当にこいつが編集者で大丈夫なんだろうな…。


読んでる最中に何度も何度も欠伸をして、ついには寝てしまった。そのまま眠っててくれればこちらも捗りそうだ。そう思ったがすぐに目を覚まして続きを読み始める。


「うん、ボーン君。面白くないよこれ」


「そりゃどうも」


「主人公がいきなり親の首を刎ね跳ばす所から始まったり、精神的に限界が来てぶっ倒れたり、死刑がエンタメ化したエルフの里とか見ててしんどいよ。もっと明るい路線でいこ?ダークファンタジーじゃなくてもっと明るい奴」


「いや、あのな?原作の双眸の涙がそもそもダークファンタジーで評価を得たの。会社の意向でただでさえキャラの役割変更行ってんの。ジャンル移行とか正気か?」


「どうせ既に原作改変について叩かれてるんでしょ?もういっそ大胆にリメイクしちゃおうよ。本編になかったエピソードとかガンガン追加しちゃってさ。吾輩そういうの好きだよ」


「お前が好きかどうかじゃないんだよ!ファンが求める物に応えなきゃならねえの!」


「ふーん。君がそうならそれでいいし好きに書きなよ。吾輩の眼鏡にかなうものじゃなきゃOKは出さないから、次の話は原稿を落とす事になるだろうけどね」


俺は拳を作って3回ぐらいこいつをぶん殴る想像をしたが諦めて机に戻った。書くよ。書けばいいんだろ。俺はノートを取り出して今後についてどうするか考える。もう本編をただなぞって書くのは…無理だ!!何とかして、この親の七光り馬鹿が納得の行く話を書かなきゃいけない。


最重要な箇所だけは何とか残して後はこいつ好みになる様に書こう。俺は何か呟こうと思ってSNSを開いた。TLにモッチー監督の焼肉の画像が流れて来る。美味そう。…しかし何てつぶやけばいいんだろう。馬鹿正直に今の気持ちを吐露する訳にはいかない。俺はしばらく考えて1階に降り冷蔵庫に入れてた大玉トマトを写真に撮り、写真情報を消去してSNSに無言投稿した。


2階に戻ってる最中にSNSの通知が来た。見ればヒカルからだった。


『読者に投げられたのか?』


俺はサムズダウンを押してスマホを閉じ2階に戻ると小説の執筆に戻った。そこから書いては消して、書いては消してを繰り返した。俺は寝息を立てて寝ているペルピーズを見て頭を抱える。


「明るいファンタジーってどう書くんだ…」


そもそも明るいファンタジーってなんだ…。死者が出なければ明るいファンタジーなのか?鬱要素がないファンタジーってなんだ?皆が仲良く争いがなければ明るいファンタジーなのか?いや、戦いもあれば死者のいる明るいファンタジーだってあるだろ…。



俺は側頭部を殴られたような感覚に襲われながらも何度も何度も書いては書き直す。書き直した文字数が1万文字を越えたあたりから頭の中を大量の虫が蠢く様な感覚に襲われた。


「うがーっ!明るいファンタジーってなんだよ!」


立ち上がりすやすやと眠っているペルピーズを揺さぶって起こす。


「明るいファンタジーってなんだ!どういう作風が明るいファンタジーなんだ!わかんねえ!わかんねえよ!!」


「わっ、わっ…落ち着いて!落ち着いて!」


「明るいファンタジーってなんだよ!何が明るいファンタジーだ!」


「深呼吸しよ?まず深呼吸しよ??」


俺は言われる通りに深呼吸をした。少しずつ落ち着いて来る。


「お勧めの作品を教えてあげるからまずそれを観て」


「…そうだな。知らない物は書きようがないもんな。分かった」


俺達は1階に向かうとゲームで遊び疲れてぐったりしている2人を余所目にテレビを操作してテレビサービスに繋いで彼のアカウントでログインし、ペルピーズがお勧めする明るいファンタジーアニメを視聴する。彼の視聴リストにあるのは俺もラグドールも見ない作風の物ばかりだ。


アニメが始まってしばらく眺めていたが、他3人は盛り上がる一方で俺だけ無言でぼんやりしていた。分かった。自分には物凄く合わない作風だ。何もかもがぐにゃぐにゃと歪んでいく感覚がする。ペルピーズが物語の補足などを熱弁するが殆ど内容が頭に入って来ない。


クオリティは非常に高い。好みが合う人にはすごく面白いんだろう。俺はその価値観の違いからこの作品を悪く言う気にはなれない。というか素晴らしい。情熱がひしひしと伝わって来る。ただ絶望的なまでに俺の好みの作風とは全く合わない。正直に言って観てるだけで発狂しそうなまである。


この作風を…この作風を俺は書かなきゃならないと言うのか。


「分かった。この感じを書けばいいんだな。書くよ」


ギュっ。いつの間にかペルピーズが俺の足元にいて俺のズボンを掴んでいる。チャンネルを握ってテレビ画面のアニメを一時停止している。


「どこへ行くの?」


「執筆作業に戻るんだ」


「ははは。ご冗談を。最後まで観なきゃ」


冗談だよな…。


「仕事があるんだ」


「勉強も仕事だよ。これから面白くなるんだ。座れよ」


「もう明るいファンタジーは分かったから!!」


「座れよ」


座った。ペルピーズは屈託のない笑みでアニメを再生した。そうか…ペルピーズにとって俺の書くダークファンタジーを読む時の気分ってきっとこうなんだろうな。俺がそうであるように彼もまた仕事上読まなければならないんだな。きっと、広い広い砂漠の中で一滴の水を求めてさまようような感覚に陥るんだな。そうなんだ。ははは…。どうして俺の編集者になんかなったんだよ。


終盤でヒロインが死んだ。主要人物が死ぬ事ってあるんだな。そうか。別に殺してもいいのか。そんな風に考えていると数話後に復活した。なるほど。復活できるなら殺してもいいのか。勉強になる。


それからそのアニメを一気見した。最終話を迎える頃には翌日の朝になっていた。クレイは途中で脱落してすやすやと寝ている。俺はずっと解説しているペルピーズとそれを聞いてるラグドールと一緒に観ていた。観ていた。


最終話まで登場人物と視聴者からヘイトを稼いでいたラスボスの悲しい過去が発覚してからは何か新しい敵が現れて、そっちを倒して仲直りしてハッピーエンドになった。それまで主人公が情けをかけて生かしておいた敵の幹部が仲間になる展開は熱かったと思う。


「君に見せたいアニメは沢山ある!また明るいファンタジーが分からなくなったらいつでも吾輩に相談してくれ。さあ、今君の胸中で燃え上がる想いを小説にぶつけて来るんだ!ファイト!」


「ガンバリマス」


俺はキッチンに向かうと1ℓジョッキにインスタントコーヒーをぶち込み、ヤカンで湯を沸かして入れ、ハンドミキサーで混ぜて上に持って上がった。コーヒーがおいしい。コーヒーがおいしいからしょうせつ書ける。あかるい小説を書く。ファンタージしょうせつをかく。かける。


きーぼーどたんたんたん、きーぼーどたんたんたん。


双眸の涙もそうだけど次の話を投稿できるのはいつになるか分かりませぬ。かなし

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