第3話 作者と読者と
ついに書き出した双眸の涙の1話が公開された。あれだけ大胆に原作改変されれば賛否両論である事は想像に難くないが、ボーンは気になってエゴサをする手を止められない。そこである投稿が目に入って…。
小説の執筆に疲れて思い切り身体を伸ばした。眠くなって来たのでまたコーヒーを飲んでから気分転換にSNSを眺める事にした。三郎ランドのニュースを見るに最近暖かくなって来たばかりなのにまた寒くなるとかそんな話が挙がっている。どんな服を着ていいかも分からんな、と思ったがD地区ではそんなに重要な事ではなかったと思い出して苦笑した。
検索欄にカーソルを合わせてクリックし、自分でやめた方がいい事を分かっててもまたエゴサしてしまった。新作に期待してくれる声、双眸の涙が非公開になった事について不満を漏らす声、まだ俺が作家として活動していた事に驚く声など様々あった。
龍星記の熱狂的なファンとしてグッズを大量にアップロードしながら今作の双眸の涙について喜ぶ声もあったが、その間にまだ色んな作品を書いてた事は知らなかった様だ。
「無名って辛いな…」
中には久しく見るアンチの人もいた。発言内容そのものは喜べないが彼らの関心を引く程度には話題が広がっているんだと実感する。双眸の涙が書籍化にあたって内容が変更される事については既に告知されていてそれに不安がる人も少なくない様だ。
大筋の内容は変っていないもののミヘラもディギンスも原作の性格とは大きく異なっている。単純に以前のミヘラの性格をディギンスにあてはめたり、ディギンスの性格をミヘラにあてはめたりするだけなんて雑な仕事はしていない。各々自分の役割に合った活躍ができる様に変更してるのでいっそ別作品として楽しんで欲しい…と言いたい所ではあるが、勝手なアナウンスはできない。何せ彼らは双眸の涙を読みに来てるのであって、似た別作品を読みに来ている訳じゃないからだ。
「ボーン、それぞれの登場人物のラフを描いておいたぞ。どうだ」
クレイが俺に今回のミヘラ達のラフを渡して来た。さりげなくヒューリカやママインの里長の絵も添えられている。
「ありがとう。そうだな、ファイマーはそのままでいいんだけどミヘラとディギンスのデザインはこの方がいいな…」
彼らは特に表紙や挿絵で貼る事になるので理想に近付く様に描き直す点を伝えた。クレイは真剣な顔で頷いて聞いていた。それからどうにもクレイが好きそうなヒューリカについて色や毛の長さなどについて補足すると喜んでいた。
「ところで…ヒューリカは今作でも再登場しないのか?」
原作ではミヘラとディギンスは友達以上恋人未満で終わっている。なので結婚もせず、嘘から出た誠と言う事で彼女を結婚式場に呼ぶなんて事もしない。あのままもう出番がないのだ。せっかく原作改変するならと言う事で頼んでるらしい。
クレイが好きそうだとは思ったが再登場させて欲しいと頼む程とは思わなかった。今の所は再登場させるような機会もないしなぁ。俺はひとまずプロットにメモをしておいた。
「今の所はその予定はないけど、何か良さげな機会があれば再登場させるよ」
「そっか…!」
そう言ってクレイはデスクに戻って行った。俺はパソコンと向き直って文章ファイルを立ち上げた。切れた集中力は中々戻らず徒に時間ばかりが過ぎる。もう少し、もう少し気分をリフレッシュさせてからと思ってネトゲを開いた。
水槽で魚を複数飼い、お世話をしながら人語を覚えさせたりするゲームだ。サービス開始時は最初は不人気でサ終も秒読みなのではないかと噂されていたが絶妙な世界観や他プレイヤーとの付き合いが徐々に話題を呼び、SNSでも飼育記録の画像や動画で盛り上がったりしている。そろそろ新しい餌をやろうとショップを覗いていると俺の水槽に他の水槽からの魚がやって来た。白く半透明な魚だ。ガチャを引いても中々来ないレア種だ。
『ショウセツカケー、ショウセツカケー』
遊びに来た魚がそう言うので驚いた。魚の詳細を開き飼い主を見るとラグと書いてある。振り返るとラグドールがニヤニヤしながらこちらを向いていた。あのヤロー。俺はやって来た魚にプレゼントを持たせて元の水槽に返した。
俺は水槽を洗ったり新しいオブジェクトを買って設置したりしてとゲームを閉じて執筆を再開する。
俺はキーボードをカタカタ、カタカタと叩いて小説を書き続ける。しまった、ママインでの物語が想像以上に長くなった。後半の展開はどう埋めよう。あるいは前半を削るべきか…。少し悩んだが一先ずは書ききろうと話の続きを書く。
何回か続きを書いては消していた頃、ふと俺はファイマーについて思い出した。考えればこれからこいつの存在を物語に自然に参加できる様にしなければならないんだ。こいつに関連するト書きとセリフを完全に消しても話が成立してしまうなんて事態は避けたい。
しばらく眉間を指で押さえて悩んだ。登場してただ喋るだけのエルフじゃ駄目だ。大きな役割を持っていないと。しばらく考えたがこれと言って何も思い浮かばない。気が付くとすっかり夜になっていた。
一度執筆を切り上げて晩御飯を作りにキッチンに向かった。今日の料理は何にしようか。今夜賞味期限や消費期限の近そうな物をピックアップしてその組み合わせで作れそうな料理を本で調べる。中から選んだものを調理して食卓に並べた。俺はラグドールとクレイを呼んだ。
俺はテレビをつけるとかなり古い映画が放送されていた。未来からやって来た主人公がこのままだとこうなると言う悲惨な未来を告げ、それをどうにかしようと思った主人公が過去に飛んで現代より若い自分に未来を告げてどうにか未来を変えさせようとすると言う内容のドタバタギャグコメディだ。何度か最後まで見た事があるが決まって冒頭を見た事がない。
あまり食欲がなかった俺はすぐに食べ終えて食器を洗い、シャワーを浴びた。浴室から出るとまたパソコンとにらめっこする。原作を飛ばし読みしながら何とかできそうな役割はない物かと覗いてみる。
「ああ、そうだ。光莉に小説を送るのを忘れてた」
俺はデータ転送サイトを開いてそこにデータをまとめて載せた。それから光莉にのメールアドレスにリンクとパスワードを載せて送信した。
それからまたパソコン画面とにらめっこする作業に戻った。
「なあボーン、ドラゴンを擬人化したけどどうかな」
イラストのドラゴンは手足や角などでドラゴンっぽさを残しながらも全体的には闇落ちショタみたいな印象を受ける作風になっていた。さすがにイラストほど幼くはないが、確かに今作のボスはドラゴンと言う種族にしてはかなり若い。
「俺は嫌いじゃないが、大陸を火の海にしようという凶暴さがイマイチ感じられないな」
「そうか?でもアレだろ、ドラゴンって仲間を殺した人間達に復讐をするために襲い掛かってるんだよな?だから孤独に耐えかねた感じを出したかったんだが…」
「ドラゴン…もといファビスターが生まれた時には仲間は既に全滅していたから復讐目的とはちょっと違う。あいつは同胞を誰に殺されたかなんて知らないんだ。ちょうど繁殖期に入った際に番いを求めてに人間のいる所に降りて来たんだが、そのまま暴れ回って感じだ」
「そんな内容だったっけ??」
書き損じてしまったかと思い、ファビスターについて書いてある文章ファイルを読み直す。考えてみれば後半で説明臭くなり過ぎたかもしれないし、印象に残らないと言えば印象に残らなかったかもしれない。というより俺でさえ双眸の涙のドラゴンと言えばファビスターしかいないのでドラゴンとしか呼んでいなかった。
クレイがデスクに戻ると俺はSNSで検索してファビスターについて調べる。2人ぐらいちょっと呟いてる人はいたが、殆どは双眸の涙のドラゴンの名前を覚えていない様だ。
「ううん…読者にはあまり印象に残らなかったかな」
それはそれで寂しい。俺はふと思いついた。エルフと言えば長命だ。そうだな、ファイマーには歴史の生き証人になってもらおう。後半で怒涛の説明をやって読者にうんざりさせたり、印象に残らないラスボスにする事態は避けねば。そういう方向性で書こう。
そうと決まれば俺はすぐに文章ファイルを立ち上げて続きを書き出す。時々設定ファイルを見直したり、記憶を掘り起こしたりしながらガンガン書きまくる。
「おし、こんなもんか」
気が付くと夜も更けていた。時間に気付くと疲れもいきなりドッと来て執筆を続ける気力もなくなった。残りは…明日でいいか。明日頑張ろう。
振り返るとラグドールは既にベッドで眠っていた。クレイはタブレットに向き合ったまま寝落ちしている。眠りが深いらしく揺さぶっても起きない。クレイは体重が軽いので持ち上げて1階に降りるのはそう難しくないと思うが、万が一位に階段から足を踏み外したら大変だ。俺は彼を持ち上げると自分のベッドに寝かせて布団をかぶせた。
俺は2階の電気を消すと1階に降りて客室のベッドにドサリと倒れ込んだ。
「ふぎゃっ!」
声がして思わず飛び退いた。布団をめくると中に人がいた。目をやると窓が開いている。どうやら栗饅頭の奴、自宅感覚で窓を開けたままにしていたらしい。
「あんた一体誰なの?出てって、警察を呼ぶわ!ここをどこだと思ってるの!?7時半前の警視庁よ!!令状が出ているわ、現行犯で逮捕する!!」
ただでさえ眠くて仕方がないと言うのに。俺は舌打ちしてそいつの手首を掴むと玄関まで連れて行き、ドアを開けると背中を蹴って追いだした。そして鍵を閉める。今度こそ眠れると思って部屋に戻って電気を消すとクローゼットとから視線を感じた。
重い身体を起こして電気をつけるとクローゼットを開く。中には全裸の人がいて、戸の裏側をしつこく舐めていた。俺は窓を開けるとそいつの首の根っこを掴んで窓まで連れて行く。
「馬鹿野郎、俺は高性能な加湿器だ!それを知っての狼藉か!!」
そしてそいつを窓際に立たせるとドロップキックで窓の外に追い出した。長時間窓が開いていたからな。侵入したのが1人とは限らないのも無理はない。もういないだろう…と思いたいが念入りに客室を調べた。するとベッドの下にもう1人いた。俺は無理矢理引きずり出すとそいつを引きずりながら玄関い運び、抱き抱えて放り投げた。
「全く、油断も隙も無いな」
やっとの事で寝ようと考えていると半泣きのクレイが階段から降りてこちらに駆け寄っていた。
「ボーン、ボーン!2階に来てくれ!変なんだ!変な奴がいるんだ!!」
変な奴が現れるぐらいD地区ではそれほど珍しくはないのだが…。俺は2階に上るとやせ細ったさっきとは別の全裸の人が窓に張り付いていた。奴は何度も何度も窓を叩きながらこう言う。
「開けて!君と同じ空気が吸いたい!開けて!君と同じ空気が吸いたい!」
俺は窓を開けるとプラスチックバットで殴って突き落とした。クレイはすぐに駆け寄る。
「な、何やってるんだ!いくら変質者と言っても、何もプラスチックバットで殴らなくても…」
「クレイはC地区に住んでるから分からないだろうがD地区じゃこれは日常茶飯事の事なんだ。この辺は無法地帯だよ。そう言う事だからこの家に来る前にはちゃんと連絡する様にと言ってるんだ。ここはとても危険だよ」
「この町で一体何が起きてるんだ?」
「また明日ゆっくり説明するよ。今はとにかく眠くて」
1階は危ないからと言って俺は2階の自分のベッドの所でクレイを寝かせて自分は客室で寝た。もう何もないといいが…あまり酷いようなら生活圏へ引っ越すかあそこでホームセキュリティを雇う必要がある。
俺は電気を消すとやっとの事で就寝できるのだった。
翌日になると俺は朝食の場でクレイに栗饅頭と同様の説明をした。クレイは度々自宅に遊びに来る事は多々あったが、何の奇跡が重なってかD地区の現状を知る機会はなかった。
「クレイがもしまだしばらくこっちに滞在するなら生活圏に引っ越すかホームセキュリティでも雇う事になるな」
「君もC地区かB地区にくればいいのに」
クレイが困惑しながら言った。
「金がねえ」
「いいよ、僕がお金出すよ」
「別にいいよ。ちゃんと自分でお金を稼いで引っ越すから」
人間関係はお金が絡むととにかく後が面倒だ。好意だけ受け取ろう。クレイはもうしばらくはここに滞在するつもりらしいが、ホームセキュリティを雇ったり生活圏に引っ越すほど長居はしないと言っていた。当人の気持ち次第なので具体的に一体いつまでいるつもりなのかは分からないが。
俺は食器を片付けて居間でスマホを確認するとキールケからメッセージが届いているのを確認した。どうやら俺の書いてる小説を載せてるマガジン、週刊一秋が販売され1話が公開される事になったようだ。電子書籍として読む事もできるサイトがあるのでそこで感想を確認するのもいいかもしれない。
それはそうとまずは栗饅頭とホッチキスの針だ。俺は光莉に連絡を入れる。
『もしもし?』
「ごめん、今時間がいいかな?」
『大丈夫だョ』
「昨日預けた栗饅頭なんだけど…」
『ああ、あの2人ね。生活圏に住むらしいよ』
「D地区に馴染んでしまったか。まあそれが当人の判断なら別に無理に出て行けとは言わんが…」
『こっちとしては人手は欲しいから大歓迎!そう言えば昨日はデータダウンロードしたよ!後でじっくり読ませてもらうね~』
「ああ。感想楽しみにしてる。光莉はしばらく新作を投稿してないみたいだが書かないのか?」
『今は気分じゃないかなぁ。ネタは断片的にあるんだけどかき集めても1本の小説になる感じがしないというか。こ、これだ!!みたいな閃きがないのね』
彼女は作品を書き終えると多くの場合は次作まで長い期間が空く。短くて半年、何年も更新がない事も珍しくない。SNSは時々更新しているので続編の執筆をコメントするファンも少なくないが、彼女は「一目惚れの様な衝撃が走ったネタじゃなきゃ書かない!」と明言している。待ちかねてインスピレーションが湧きそうなエピソードやパワースポットを紹介するファンも少なくない。
「そうか。残念だ」
『まあ何かアイデアが浮かんだら相談なり報告なりするよ。それまで首を長くして待っててね』
「分かった。楽しみにしてる」
話す事もなくなったので一言、二言話すと電話を切った。どんな気の変わりで栗饅頭がこんな所にいたいと思うようになったのかは知らないが、まあ当人らがそれで満足なのならそれでいいい。
それからまたSNSのTLを更新しながらニュースや投稿を確認する。そこである投稿が目に入った。相互フォローしているヒカルが新作を発表していた。俺はリンク先を確認してサンプルを数枚見たが、すぐに閉じてTLをスクロールする。
またヒカルの投稿が流れて来た。どうやらネットで有料公開されている週刊一秋の小説を読んでくれた様だ。
『あそこまで大幅な変更やるならifストーリーとか、スピンオフとかって事にすれば良くなかった?前の冒険が公式でなかった事にされるってどうなの』
…相互フォローの関係にはあるが正直に言ってヒカルとの関係はかなり険悪だ。元々はお互いに親友と呼べる仲だったが、俺が龍星記で売れた頃から何となくお互いの関係が悪化していった。それからは意見の食い違いも段々と大きくなり、数年前に大喧嘩をしてからは仲直りをしていない。
それからヒカルはことある毎にネットで俺の作品をダメ出しする様になった。作品だけで俺の悪口も言うようになった。アンチには散々叩かれたので相手にせずスルーしているが、今回言ってる事に関しては刺さる所もあった。
「俺だって大きな設定変更は悩んだよ…!でも、俺にとってはこれが仕事で、仕事である以上は生活費を稼がなきゃいけなくて、それにキールケにだってこれ以上負担をかけたくないんだ……!」
自分に言い聞かせる様に呟いた。
「こうなってしまったのは大人の都合だ。読者は悪くない。だからせめて『書籍版は書籍版はアリだな』って思ってもらえるように構想を練り直したり、どうしたら原作版のファンにも楽しんでもらえるか必死に考えてるんだ…!」
俺もキールケから話を聞いた時、最初は非常に嫌な思いをした。でも、またリスタートして1話1話書くごとに新作のミヘラ達にも愛着が湧いているのも事実。読者には大人の事情を忘れてしまえるほどに面白い作品にしたい!!
心の内から火が燃え上がる。この辛さと悔しさをバネにもっともっと面白くしてやる。
現在公開されているのはまだ1話だけだ。しばらくは原作ファンからの批判は多くなるだろう。否定派はきっとかなりの数になる。今しばらくはSNSを見ない方がいいかもしれない。けど、話数を追うごとに否定派と肯定派の割合を逆転させてみせる!
俺は自身の両頬を叩いて気合いを込める。
「面白い作品を作るぞ…!」
俺は情熱を筆に乗せるために急ぎ足で2階に向かった。それからパソコンを立ち上げた。待ってる間ついついスマホを弄りたくなるが、引き出しに入れて鍵をかけた。この熱が冷めないうちに文章ファイルに文字を叩きつけねば。
パソコンのデスクトップ画面が表示されると俺はすぐに文章ファイルを開いて小説の続きを書き殴る。
「毒にもならないが薬にもならない、そんな作品が一番駄目だ。徹底的に刺抜きをしたら本当に当たり障りのない、無味無臭のつまらない作品になってしまう。本当に程度を過ぎた所だけ後で修正するなりすればいいんだ。書け、書け俺…」
キーボードを叩く指がまるで個々意志を持った生き物の様に蠢く。静かな一室にはカタカタと言うキーを叩き続ける音が響く。
「うぐぐ、駄目だ駄目だ!」
これで本当にいいんだろうか。この表現は大丈夫なんだろうか。そんな不安が邪魔してキーボードを叩く指の動きを鈍らせる。俺は最終兵器を使う事にした。引き出しの一番下に大量に並べられた小さな酒瓶の1つを取り出した。キャップを乱暴に取り、一気飲みした。
一気に飲み干すと俺は酒瓶をクッションのある所に投げ捨ててパソコンに向き合う。その頃にラグドールとクレイが2階に上がって来た。
話の終盤でミヘラとディギンスの会話のやり取りの内容で迷いだした。現状としてはこっちの方がいいかもしれないし、でも文章としてはこっちの方が好みだ。そんな葛藤がまたキーボードを叩く指の勢いを鈍らせる。
「クソォ、より良い展開はどっちだ!!」
俺はもう机の一番下の引き出しを開いて酒瓶を取り出す。やはりキャップを乱暴に開けて一気に飲み干した。その様子を見ていたクレイが慌てて駆け寄って来た。
「バカバカ、何やってるんだよ!その飲み方はヤバいって!」
「うるせえ!止めてくれるな!今の俺には勢いが必要なんだ!正気を留めない突き抜ける様な狂気が!」
クレイは見かねてオロオロしているとラグドールが彼の両肩に手を置いた。
「クレイ、君は知らないと思うけどボーンは創作に行き詰まるとたまにああなるんだ。最初は僕もヤバいと思ったけどじきに慣れる。本当に体に限界が来ると勝手にぶっ倒れるから安心していいよ」
「ラグドール、今の発言から何も心配できる要素がないよ…」
酒の酔いが回って来た。よしよし、執筆速度が上がって来た。まずは書きあげるんだ。俺は半笑いでどんどん小説を書き進める。そうだ。小説を書く時って言うのはいつだって正気に戻ってはならない。どこまで狂えるかが勝負だ。正気に戻っていいのは修正と校正をする時だけなんだ。その時までは何としても狂いきらなければならない。
そうだ、そうだいいぞ!これで行こう、素晴らしい!白いページがどんどんと黒い文字で覆われて行く。そして勢いで最後まで書ききった。
「はあ…はあ…。よおし」
今度は書いた文章を読み返す。誤字脱字はないか、文章ない様に矛盾はないか、他に修正すべき点はないか確認していく。途中で何度も強い眠気に襲われたが俺は何とか推敲や校正を終え、キールケに文書を送って次の話を書き出す…夢を見た。
どうやら推敲や校正の途中で眠ってしまったらしい。俺はラグドールとクレイにベッドに運ばれてしばらく眠った。昼前に酔いを引きずったまま起き上がると2人にお礼を言って作業の続きに戻った。
作業に没頭しているとやがてスマホが鳴っている事に気付いた。会社関係だとまずいので引き出しの鍵を開けて画面を確認するとキールケからだった。2話についての感想や意見と添削点の説明などだった。俺は彼の校正案で通して大丈夫と伝え、感想と意見には別個に返事をした。
俺はあんぐりと口を開けて欠伸をすると今度こそ夢ではなく現実で3話の文章をコピペしてキールケに送った。それから4話の文章ファイルを作成して続きを書く。
途中でラグドールがお盆に乗せ得た冷水ピッチャーとコップを運んで来た。
「朝からちゃんとした水分補給はあまりしてなかったみたいだからさ。飲んでおきなよ」
「ありがとう」
俺は口に含むように冷水を軽く飲んでまた画面に向き合った。
特に事前に調べて買った訳でもないのにクソゲーを発掘した時って何か感動するよね。でも実際にプレイしてみるとクソ要素が小粒だったらちょっと落ち込むよね。