第2話 D地区
D地区は愉快な所だ。毎日そこかしこで奇声が聞こえるし、他国と戦争してる訳でもないのに時々そこらで爆発が起こる。住民同士が一言二言以上の会話をするのも珍しくないし、チェーンソーや園芸バリカンをバトン代わりにリレーをしたりする事もあるし、玄関の鍵を開けてると前世の恋人やら未来から来た孫の友達の親友が侵入したりする。移り住んだ動画投稿者が面白おかしく紹介して仲間を増やそうとしているようだ。おそらくD地区から引っ越すための金を稼いでいるのだろう。
「はぁ…」
もう何回目か分からないため息を付いて校正を行う。小説の本文ではない。イラストレーターのクレイに送るメッセージの内容だ。彼は俺がアマチュア時代から俺の小説のファンアートを書いてくれていた。龍星記で成功したのだって彼のイラストやキャラデザの魅力による所も非常に大きい。
スランプに陥ってからも何だかんだ小説を書き続ける事ができるのもキールケやクレイのおかげだ。どんな出来であれ俺の小説を読んでくれる読者の1人で、俺の大ファンと言えば大ファンだ。
…なのだが、クレイは非常に気難しい。事ある毎に俺とキャラや物語を巡って喧嘩をしている。俺がクレイの推しキャラを毎回殺してしまうからだ。別に俺は嫌がらせのために狙ってクレイの推しキャラを殺している訳ではない。物語の展開上必要で死ぬキャラが何故かクレイの推しである事が多いのだ。書き直しを要求される事もあるが殆ど断っている。
そんな俺が黙って裏名義で小説を書いていた上に、会社の都合でと言う理由で書き直した内容を送らなくてはならない。もし原作の双眸の涙を読んでいたとしたら…どんな文章を書けば機嫌を損ねずに済むと言うのだろう。
「はぁ…」
悩んでいても仕方がない。俺は半ば祈るような思いでクレイにメールを送った。
喧嘩をするとクレイは「もうお前の小説の絵は描いてやらないからな!!」と言う事がある。結局の所は仲直りするなり妥協するなりで何だかんだ描いてくれる。、しかし、こんな態度をとるばかりにいつか本気で俺や俺の作品が嫌いになったら一体どうすればいいんだろう。今となっては俺の作品は彼の絵以外は考えられない。
俺は2階をぐるぐると歩いたり1階に降りてテレビをつけてみたり、階段を上に上がったり下に降ったりとにかく落ち着きのない行動をして返信を待った。しばらくすると返信が来た。
『一読者として原作改変はどうかと思うが、これはこれでいいな。改めてキャラデザをして送ろう』
事前に告知はしていたが書籍化が決まってからは双眸の涙の非公開化は早かった。どうやったかはさておき原作の双眸の涙は既に読破している様だ。
不満に思う気持ちはあれど、思ったほど反応は悪くなかったのでひとまずは安心した。俺はひとまず文章ファイルを立ち上げると執筆を再開した。次の話では本来放火魔で絞首刑にされるはずのエルフのファイマーを助けて仲間入りさせなきゃいけない…とかなんだったか。
「原作のファイマーは犯罪行為を心から楽しむ様なエルフだった。改心なんてさせようがないんだが…。様な悲しい過去の回想でもねじ込めばいいんだろうか。あるいは愛を知らずに育ったとかそんな…」
とにかく読者の同情を誘わなければならない。ファイマーの悲しい過去…悲しい過去…。そうだな、ファイマーは別の森に棲むエルフだったがエルフ同士の争いに巻き込まれ故郷を焼かれた事にしよう。そしてその一族が住む森に移り復讐しようとした。彼は心に深い傷を負った被害者だった…みたいな流れに持って行こう。
それで、まあ何かいい感じで改心したファイマーは争いと争いの種を生むドラゴンを恨むようになりドラゴン討伐の旅に出る…とかそんな感じで。
「うーん。説教シーンとか書くにしたってミヘラは1話でミヘラがドラゴス教団の住処に火を放ってるしなぁ。まあいいか。相手は奴隷商なんだし…」
そう言う方向性で続きを書いた。しかし書けども書けどもイマイチ「だから許される」みたいな雰囲気に持って行けないので行き詰まった。
「あーなんかもうだるい」
気分転換でもしようと飲み物を取りに1階に行く事にした。
「俺、お前の事…ずっと前から好きだったんだ」
気が付くと家に侵入者がいた。えーとこいつは何だったか。確か前世の恋人とかそんな事を言ってた気がする。
「お前は覚えてないかもしれないが…」
俺はそいつを抱き抱えると窓から放り投げた。やれやれ、D地区では玄関に鍵がかかっていないと自由にお入りくださいみたいに受け取られるので用がなければちゃんと戸締りしていないと危険だ。
1階に降りる途中でチャイムが鳴った。俺は返事だけして1階に降りると階段側にある壁に掛けた絵画の裏から散弾銃を取り出して弾を込めた。鍵がかかってない家にわざわざチャイムを鳴らすのはD地区新参か変な趣味の殺人鬼ぐらいなものだ。
「鍵はかかってません。どうぞお入りください」
「し、失礼します」
そう言って入って来たのはいかにも普通の風貌の人だ。見かけない顔だし新参かもしれない。
「ひっ!ほ、本物…ですか?どっきりとかじゃなくて?」
「明日、ピザ屋に出かけた俺が注文したラーメンの種類を当ててみろ」
「おっしゃる意味が分かりません…」
どうやら正気の様だ。俺は銃を下ろした。話を聞いてみるとどうやらさっき会ったホッチキスの針の知り合いらしい。やはり遊び半分でここに来てしまったその友人を連れ戻しに来たらしいが、自身も危険な目に遭ってどうしていいかわからなくなってまともな人を探し回っていたらしい。
俺はやや呆れて首を横に振った。
「あのなぁ。普通ならここが危険なのを分かった時点でここを離れるぞ。友達の事は諦めて帰れ。運が良ければ帰って来るだろ」
「僕…2人でコンビ組んでるんです。あいつがいないと帰れません」
D地区は決して狭くない。はぐれてしまった相方を探すのは危険極まりない。大通りにいればまだ見つけやすいかもしれないが入り組んだ狭い住宅街に入り込んでいた場合は手遅れだ。あそこは俺が入り込んでも生きて出られるか分からない。D地区での世渡りの仕方は頑張って学んできたがあそこはもう小さな魔界だ。
「お前の言う人物は見かけたかもしれない。駅の近くにいたはずだ。今行けば会えるかもな」
「ありがとうございます!」
「それからいくつか忠告がある。狭い道には入るな。視界が開けた広い道を行け。話しかけて来る奴は鬱陶しいが基本的に危険じゃない。無視するか適当に返事して立ち去れ。無言で近付く奴がいたら全力で逃げろ。見た目がまともで外をうろついてる奴はほぼ危険だと思っていい。決して関わるな。まともな奴は基本的に家から外に出ない」
「…あの、良かったら探すの手伝ってくれませんか…」
「断る。俺だってできれば外を歩きたくない。まぁ困った時はこの家を頼って来い。匿うぐらいはやってやる」
「はい…」
元気がないまま回れ右して客人が帰った。俺は玄関の鍵をかけてお茶でも飲もうと思ってキッチンへ向かう。玄関から数mも離れないうちに物凄い衝撃音が聞こえた。俺は来た道を戻って玄関の扉を開くと近くで先程の人が軽トラックに撥ねられていた。軽トラックは一度バックしてもう一度轢こうとしている。俺は魔法弾をタイヤに撃ち込んで走行軌道を逸らした。軽トラは軌道が逸れたままどこかへ走り去った。
俺は撥ねられた人の所まで寄ると回復魔法をかけてあげた。
「来るんじゃなかった…」
ついに泣き出してしまった。駅から俺の家まで無事に来たのだから放っておいて大丈夫かと負ったが、そうも行かない様だ。仕方がないのでしばらくの間一緒にホッチキスの針を探してあげる事になった。どの道アイデアに行き詰まっていたのだ。この辺を歩いていれば多少の気分転換ぐらいにはなるだろう。
道中で今朝俺がナイフをプレゼントした人が車に撥ねられて死んでいた。適当な事を言っているのかと思えば本気で俺を殺しに来る予定でいたらしい。ナイフを回収してポケットの中にしまった。
道中で前世の義父とか、来世から来た原始人とか、宇宙意志とか色んな奴に話しかけられたが適当に受け流した。ホッチキスの針を探している…栗饅頭とか言ったか。こいつは終始ビクビクしていた。
「ボーンさんはどうしてD地区に住んでるんです?」
「俺も知りてえ……」
「もう住んで長いんですか?」
「在住年数を数えると発狂しそうだから数えない事にした」
「D地区って前々からこうなんですか??」
「いんや、以前はまともだったよ。ペインって言う子がここに移り住んでから何もかもおかしくなった」
「ペイン…?」
「やや濃い赤紫色の髪に羽、赤い前髪クリップ、2つのカプセル錠のアクセサリーをしている男の子だ。話し方はフレンドリーだしまともに見えるが、多分この地区で最も危険人物だから絶対に関わるな」
「き、肝に銘じます」
しばらく歩いていると急にポンッと若干間の抜けた異音が聞こえた。俺は急いで栗饅頭を突き飛ばし自身も一緒に倒れる。「頭を庇え!」と言うと素直にその言葉に従った。すると近くの建物で爆発が起きた。一定間隔で色んな箇所が爆発していく。色んな破片が飛散して体に降り注ぐ。しばらくしてから何も音がしなくなったのを確認すると俺はため息を付いて立ち上がり体に付いた埃やら何やらを払った。
栗饅頭は青ざめているが怪我はない様だ。まずはこの場を離れよう。俺は彼を連れて他の道を通った。
「今のもペインって人の仕業なんですか?」
「今のは光莉灯って女の子の仕業だな。神出鬼没で何かと建造物を爆発させたがるヤバい人だ。遭遇しても機嫌を損ねたり変な真似をしなければストレートに危害を加えて来る事はないが…。うん。その、なんだ。実際に話してみると案外まともでいい人だよ」
栗饅頭が引きつった笑顔を浮かべた。まあ普通はそんなリアクションになるだろう。まともなでいい人が人がいるかもしれない住宅地に爆弾を仕掛けて爆発させたりするはずがない。普通はそう思う。しかし実際に話してみるととても爆弾魔には見えない。
それからしばらくD地区を探し回ったが結局ホッチキスの針を見つける事はできなかった。今日の所は引き上げる事にして、まだD地区に残るか出るか尋ねると栗饅頭はまだ残って探すつもりだと答えた。こんないい友達を放ってなんで1人でこんな所に来てしまったんだろう、ホッチキスの針とか言う奴は。今更だが芸名はバタピーらしい。俺は意地でもホッチキスの針と呼んでやるが。
自宅に戻るとクレイがチャイムを鳴らそうとしていた。
「クレイじゃないか!来る時は連絡をくれって言ってるだろ?」
「おお、悪いなボーン。チャットやら電話やらしながら相談するのがまどろっこしく感じてね。いっそ君の家で描こうと思ったんだ。家に入れてくれ」
クレイはC地区の住人だ。その気になればB地区に住めそうだが喧噪が体に合わないからという理由でC地区に住んでいる。雰囲気はクレマチス町の中では俺も好きな方なのだが、あまり人気がある地区じゃないので過疎化が進んでいる。長く住み続ける都合で彼も色んな役員をする事になっている。
キールケを呼ばなかった理由もそうだが彼らはあまりここへ呼びたくない。万が一の事があったらと思うと肝を冷やす。とにかく中に入れて帰りはちゃんと駅まで送ろう。クレイはたまにこうして電話もせずに来るから怖い。
栗饅頭にはクレイを仕事仲間と紹介し、クレイにはお客人だと伝えた。俺はクレイを中に入れると飲み物を用意する。クレイは2階に上がると俺のベッドの上に寝転がりタブレットを取り出して操作を始める。栗饅頭は客室に戻った。
ラグドールは気を利かせて自分のスペースを片付けてクレイも座って絵描き作業ができる様にスペースを確保した。
俺はもう何個目か分からない新しい文章ファイルにカット&ペーストして壮大なため息を付いた。
「随分とため息をつくじゃないか。一体どうしたんだ、何に詰まってるんだ」
「言ったらネタバレになるぞ」
「ははは。ネタバレも何も僕は原作を読んでるだぞ?それで一体何に困ってるんだ、なあ」
クレイはそう言いながらグイグイ来る。
「しかしよく俺の小説を見つけられたな。裏名義で活動してたのに」
「お前がしばらく休載するって聞いた時、暇で小説サイトを漁ってたんだ。仕事絵からプライベート絵を描いて過ごしてたら、どうもお前の文体に酷似した小説がランキングに上がってるじゃないか。別に隠す気すらなかったろ、すぐにわかったぞ」
作家によって書き方に特徴が出るのは分かっているが世の中これだけ作家がいればそう簡単には特定されないものだと思っていた。作風のよく似た他人じゃなくてクレイはほぼ間違いなく俺だと思ってファンアートを描いていたらしい。クレイのSNSは俺もフォローしてるのでTLに流れて来るが一銭にもならないと言うのに仕事絵と遜色ないクオリティで投稿されていた。
俺はドヤ顔するクレイを抱きしめた。キールケと言い自分勝手な事をしても許してくれるその懐の深さにこんなにも救われている…!
「クレイ、お前がいてくれて本当に良かった…!こんなに読み込んでくれる読者が俺の小説のイラストレーターだなんて、俺は幸せだ…!」
「ふ、ふん。当然だ。しかし勘違いするなよ。僕は飽くまで僕の性癖に刺さるキャラが登場するお前の作品とキャラが好きなんであって別にお前が好きなんじゃないんだからな」
クレイは俺に出会う前は中々自身の性癖を満たせるキャラがいなくて困っていたらしい。だが俺の書くキャラは何か彼の求めていた所にちょうど飛んで来るらしい。まあ、その推しキャラに限って俺が殺してしまうのだが…。これからは彼の推しキャラはできる範囲で生存させるように努めよう。
俺はクレイを放すとパソコン画面に顔を戻した。それから今行き詰っているファイマーと言う原作と違って仲間入りする予定のエルフについてどうすべきか悩んでいる旨をクレイに相談した。彼は少し考えてから1つ提案した。
「物語そのものは大体据え置きにして、ファイマーは何か悪霊とか悪魔に憑りつかれてた事にすればいいんじゃないか?ベタっちゃベタだが」
「なるほど、その手があったか」
俺はクレイからもらったアドバイスを元に早速と続きを書き出した。クレイはファイマーのイラストを描きにベッドに向かった。作業の途中で振り向いたラグドールがクレイに話しかける。
「クレイ、こっちの席は空けておいたおいたから使いたかったら好きに使っていいよ」
「おお、助かる。それじゃ厚意に甘えよう」
クレイはそう言うとベッドに置いてたタブレットを持ち出しそこに座るとタブレットスタンドを立てて早速と絵を描き始める。俺も俺で机に向き合って小説を書き始める。ううん、原作ではすぐに死ぬ予定だったから設定とか大して考えていなかったがレギュラー入りするならもうちょっと個性を出すべきかもしれない。
あれこれと考えながら書き進めていると下の階から栗饅頭が上って来た。
「あの、買い物に出かけたいんですがここからならどこが一番近いですかね?」
「ああ、それならちょっと待ってくれ」
そう言って俺は立ち上がり下の階に降りた。冷蔵の中や野菜室を確認するがやはり残り少ない。そう言えば食器洗剤と洗濯洗剤も残り少なかった。俺はホワイトボードに足りない物を書き足してた。それを写真を撮る。
「俺もこれから買い物に行く用事があるんだ。案内しよう」
「ありがとうございます!」
俺はラグドールとクレイに何か買って来て欲しい物はないか確認する。ラグドールは特になく、クレイはてふてふのバニラアイスが欲しいと言った。間違っても三郎食品のバニラアイスは買って来ないで欲しいと強調した。ううん…良く分からないが三郎食品の食べ物を嫌う人はぼちぼちいる。味が良くないらしい。俺には良く分からないが。
俺は財布を持って栗饅頭と一緒に外に出かけた。
「…D地区って金さえあればちゃんとまともに買い物できる所あるんですね」
「生活圏って呼ばれてるまともな人間が集まって暮らしを守ってる所があるんだ。そこでなら安心だ。光莉もそこはあらゆる脅威から守るために手を打ってるし、住人を不安がらせないためにもそこで犯罪行為はしない」
「妙な所まともなんですね。爆弾魔なのに」
「会って話す分には大して変に見えないのが余計に怖いんだ。光莉もペインも」
「…でも生活圏なんて場所があるならどうして今日のホッチキスの針を探すのに真っ先にその場所を教えてくれなかったんです?」
「駅に向かう方とは真逆の方角だし、生きてそこに辿り着いてるならお前に連絡の1つや2つぐらいするだろ」
「まあ…そうですけど」
栗饅頭はスマホを確認するがやはり着信通知はない。やはり何かあったのではないかとそわそわしだしたので、スマホの充電が切れただけかもしれないとか、変な奴に遭遇した時に落としてしまっただけかもしれないとかそんな言葉をかけて落ち着けた。
あれこれと考えごとで頭がいっぱいなためか栗饅頭は道路の陥没してる所に片足を突っ込んで転びかけた。足元には気を付ける様に注意してまた歩き出す。D地区は道路の修理もされないので足元は注意だ。三郎は時間と予算に余裕が出来たら着手すると言っていたが…。
いよいよ生活圏に到着すると検問所を抜けた先で目立つ赤と黒のドレスを着た金髪の子が目に入った。目に光の入らない血の様な真っ赤な瞳がこちらを向くと俺に手を振った。
「お知り合いですか?」
「ああ、彼女が光莉灯って人だ」
栗饅頭が怯えて俺の後ろに隠れた。光莉はこちらに駆け寄って来る。
「やっほー!珍しいね、こんな時間にこの辺をほっつき歩いてるなんてさ!」
「まぁ買い物と用事があってね」
俺は栗饅頭の探しているホッチキスの針について話した。
「ああ、その子なら知ってるよ。この町にいる」
「本当!?」
栗饅頭が俺より前に出て尋ねる。光莉はうなずいた。
「でも彼、もうこの生活圏から出たくないって」
「何があったんだ?」
「さあ」
とぼけてるのかもしれないし本当に知らないのかもしれない。相手が相手なので仕草や口調から真偽のほどは全く分からなかった。栗饅頭は深々と頭を下げてホッチキスの針に会わせて欲しいと頼み込んだ。
光莉は口元に人差し指を当ててうーんと考える仕草をした。
「私は構わないけど…会わない方がいいかもよ?」
「一言二言話せば満足するんです。お願いします」
「オッケー。それじゃついて来て」
俺は買い物があるので一度ここで栗饅頭と別れる事にした。用事が済んだら三郎モールに来る様に言った。光莉は危険人物だが当人も生活のために生活圏を保護しており、住人の信頼を損ねる様な真似もしていない。多分大丈夫だろう。
それから三郎モールで頼まれた物を買っていたが栗饅頭が来る事はなかった。アイスも買っているので長々とは待てず電話をしても繋がらない。仕方がないので光莉に電話した。
『あはは、ごめんごめん。やっぱり一言二言じゃ済まなかったみたいでさ。今日はこっちで預かるよ』
「迷惑かけるな」
『気にしない気にしない。私とあなたの仲じゃない。そうだ、双眸の涙が書籍化するんだってね。おめでとう。お祝いにちょっとした物を用意したから検問所のカブって奴に「タケルンルン」を伝えて受け取って』
「ありがとう。執筆頑張るよ。双眸の涙、書籍化にするに当たって内容が若干変わるんだけど原作の方のデータいる?」
『え、そうなの?原作はまだ途中までしか読んでなかったんだ。後で送っておいて!よろしく~』
そう言って電話が切れた。光莉はレモンカレーと言うハンドルネームで活動してる有名なネット小説家でもある。正体が正体なので身分は決して明かさないし、出版社からの書籍化のお誘いが来ても断っている。内容は全て純愛もの。登場人物の殆どが遵法精神があり、展開上必要なければ無暗に犯罪を犯すなどと言った倫理道徳に反する様な行いもしない。
シリアスとギャグに緩急があって、終盤はシリアスシーンが長めになるが思わぬ所からハッピーエンドを持って来る。最近はシリアスでバッドエンドな作品が流行しているので作品が不穏な雰囲気になると不安がる読者も多いが光莉はちゃんと物語をハッピーエンドまで描ききるので流行の作風を良く思ってない人からも評価が高い。
ネタ出しに詰まって温泉に行き、マッサージチェアの上で揺れながら次の一文を考えている時に落としたスマホを拾ってくれたのが光莉だった。その時に俺が龍星記の作者のボーンである事がバレ、光莉がレモンカレーだと知った。更に恐ろしい正体を知る事になったのは後日の事だが…。
俺は検問所に向かってカブと言う人を探し、そこで合言葉「タケルンルン」を伝えると近くに被せてあったロープとブルーシートを取って中の物を俺に譲った。標準より一回り小さいが2人乗りできるバイクだ。キーを受け取ると俺は早速と自宅へ向かって運転した。
帰ったらさっさと双眸の涙の続きを書かないと…。
小説の執筆が遅れてるのは太陽フレアって奴の仕業なんだ