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18話

 スライム迷宮ギルド内会議室で柊、茜、安口の3人が顔を突き合わせていた。ちょうど柊が持ち帰ったオークロードとの戦闘映像を見終えたところだ。


「オークロードが喋った……」


 安口がこめかみをほぐしている。


あいつ(カーズ)が来たってことでも頭が痛いのに」


 安口が大きなため息をついた。

 血塗れの柊と茜がオークロードを倒して帰還したときはまた騒ぎになった。柊が謎のフロアボスを倒しているのは公表されているが血塗れの姿はインパクトが強すぎた。また負けたのではという勝手な憶測も流れた。当人はぴんぴんしているのだが。 


「あの、安口さん、カーズが来たってのは……」


 柊としてはこっちのほうが気になっている。柊を追いかけている暴露系配信者だ。ストーカのようで、柊は好きになれない。


「いま迷宮省内で罠を仕掛けてて、迷宮であったことの情報を横流ししてる馬鹿を血祭りにあげてるとこでね。情報源が絶たれて困ったあいつがここに来たって感じなんだ」


 葉巻を口にくわえた安口が答える。ちなみに、葉巻に火はついていない。


「ここにきたって情報なんて出すわけないんですけど、それでも来たってことは()()があったんですか」


 柊は疑問だった。本人である自分がいるが、あとは茜と里奈だけだ。安口は来たばかりなのと臨時だし、なによりギルドの幹部だ。

 いったい誰が流すというのか。


「里奈狙いだろう」

「里奈さん、ですか?」


 安口の回答に柊は不思議そうに首を傾げた。


「師匠、それは柊の前で話すことじゃねえ」

「……すまん、今のことは忘れてくれ」


 茜に咎められ、安口は柊に視線を合わせた。これに関しては聞くな、という意味合いが強かった。


「あいつの名前を聞くだけで胸糞悪くなる」


 不機嫌そうに顔を歪める茜が吐き捨てた。柊と一緒にギルドに戻ってきたときは、それはそれは上機嫌だったが、あっさりとひっくり返っている。

 これに関してはここまでという空気に柊も逆らえない。


「これから迷宮省とweb会議をする。ふたりは席を外してくれ」


 安口に宣言され、柊と茜はギルド1階に降りた。カウンターでは里奈が新人探索者を相手に説明をしていた。


「スライムだからってなめてると転ぶし。だから気を張ること。いいね少年たち!」


 新人探索者たちに指をさして言い含める姿はいつもと変わりがない。インターネットの掲示板でも有名な里奈なので新人探索者はみな彼女を知ってきているので不平は出ない。逆に、実物のほうが可愛いと評判だ。


「あ、イーターだ」

「……なんかオーラが見える」


 階段を降りていく柊に気が付いた少年らの視線が一斉に向く。ただそこに嘲りの感情はこめられていない。割とキラキラした瞳が向けられている。

 柊も隠れることはせず堂々とギルド内をうろつくことが増えたことも関係しているようだ。

 隠されると疑い暴きたくなる。ならば堂々と白日の下に晒せばいい。

 茜のアドバイスがきっかけではあるが。柊は茜に対しては忠犬のように素直だった。


「お、柊っち。打ち合わせは終わった?」

「終わったというかエリア長(安口さん)に追い出された」

「師匠は迷宮省と会議だそうだ」

「へー、それってオークロードを倒しちゃって5階ができちゃった件?」

「まーそんなとこかなー」


 柊は曖昧に答えた。オークロードがしゃべったことは里奈にも伝えていない。柊がオークロードを倒したことで地下5階が追加されたのは確かだがそんなことはもう些細な問題だった。


「じゃあ茜パイセンと柊っちはテーブルに座るし。あーしが珈琲でもだすし」


 里奈に追い払われるように、ふたりはカウンターを出た。

 そのころ会議室では統括長の武儀山と迷宮省の事務官ふたりと安口によるweb会議が始まっていた。


「…………オークロードが言葉を話すなど、聞いたこともない」

「世界中の迷宮でそのような報告はありません」

「この動画が世に出たら、今までの騒ぎどころではありませんね」


 モニターの向こうの武儀山が天を仰ぎ、事務官ふたりは眉間にしわを寄せ厳しい顔をしている。


「いっそ知らなかったほうがよかった、という事態になりそうだから申し訳ないと思ったが緊急で招集させてもらった」


 安口は里奈が入れてくれた珈琲を口に含んだ。苦みがどうにもならない問題の頭痛を多少紛らわせてくれる。


「溜息しか出ないが、とりあえず秘匿するしかあるまい。大臣には報告するか?」


 武儀山が事務官にふる。


「……今の迷宮大臣は口が軽いので、総理にお知らせしようと思っております」

「草野大臣か。探索者からの評判は悪いしなぁ」

「申し訳ありません」

「あんたらは何も悪くない。人格だからどうしようもないことだ」


 4人全員がため息をついた。迷宮省大臣である草野義武(よしたけ)という衆議院議員がいるのだが古き悪しき昭和の政治家で当選回数だけで大臣の椅子にいるような人物だった。自らの能力で危険な迷宮を探索している者にとって、唾棄すべき対象になっていた。


「国防にも絡みそうだから判断は政治家にお任せだ」


 武儀山が放り投げてしまった。言葉を操るということは組織化が可能だということにつながる。

 モンスターが組織化され、もしも迷宮外に出てくるのならばそれは防衛省ないし警察組織の管轄になる。迷宮外において探索者は一般人と同じなのだ。


「で、安口。これだけで俺らを呼びつけたわけじゃねーんだろ?」


 武儀山が腕を組んだ。彼の視線は真っすぐカメラを見ているのだろうが、安口は自分に注がれていると感じている。

 やはり老獪だなおっさんは、と心で賛辞を贈る。

 事務官も姿勢を正している。早く言えと。


「面倒な事態はもうひとつ。カーズがここに来た」

「なんだと?」


 武儀山がデスクに肘をつき、顔を寄せてきた。


「柊君と茜がオークロードに対処しているときに来たらしい。悪いことに佐々木が対応した」

「里奈ちゃんが? 待て、以前熊野が話をつけたはずだよな?」


 安口の報告に武儀山のみならず事務官も苦い顔になる。


「熊野があいつにケジメをつけさせて終わったはずだった」

「迷宮省内の情報源から抜けなくなったから元情報源を使おうって腹か」

「我々の取り締まりが功を奏しているといえなくもありませんが、そのせいでご迷惑が行ってしまったようで」


 事務官が頭を下げた。

 迷宮省内の情報漏洩対策でカーズに情報がいかなくなっていたのだ。


「いや、気にしないでくれ。省内での動きには感謝してる。それよりもあいつが動いたってことは、反社も動いたってことだ」

「ロシアか朝鮮あたりから資金が流れているかもしれません」

「あいつらとっちゃ、柊君がこれ以上強大になる前に社会的に潰したいだろうしな」

「根拠のない情報もネットだからと信用する人が増えましたからね」

「嘆かわしいことですが人間がもつ社会性の特徴でもあります」


 武儀山と事務官が会話を交わす。


「やはり問題のある配信者には何らかのペナルティがあってしかるべきだとは思う」


 安口が葉巻に()()()()()。その様子に武儀山が目を剥く。


「安口が葉巻に火をつけるのは迷宮に入ってた頃以来だな。安口よ、そこまでか」

「えぇ、これ以上の犠牲は許容できない」


 安口は大きく息すうと、大量の煙を吐きだした。安口は機嫌がいいと葉巻に火をつける癖があった。カーズが来たことで機嫌が悪いはずだったが、その逆だ。許容できなくなった咎を与える決断がついた表れだった。


「確かに、歴史は繰り返すことを考えれば近い未来にはもっと暴走するだろうな」

「ですが、法的に規制が難しい問題ではあります」


 武儀山の意見に事務官が反論する。


「暴露ネタを元に強請(ゆす)(たか)りをしているが被害者が泣き寝入りで控訴できねえんだったけっか。里奈の時もそうだったな」

「だからと言って野放しで犠牲者が増えることは許さない。相手が武を持ち出すなら武で応えるだけだ。協力はしてもらう」


 安口は葉巻をテーブルに擦り付け火を消した。魔女の怒りを隠しきれない表情に、武儀山らののどが動く。


「安口、事前に計画は聞かせろよ? 先足るなよ?」

「公安に連絡を取っておきます」

「念のため、この通信の録画は削除します」


 武儀山と事務官の言葉に、安口は頷くだけだった。

 会議が終わり安口がギルド1階に降りてきたのは、もう夕刻が過ぎていた。新人探査者は迷宮から帰還しておりギルド内で談笑をしている数人だけだった。

 安口はカウンター内で書類整理をしている茜に近づき「やっと終わった」と肩をたたく。


「師匠、ずいぶん長かったな」

「柊君が活躍してるからな。どうバックアップするかの案をだしてただけだ」


 安口はそう言いつつ里奈に視線を移した。里奈は皿を洗っているが表情は固い。何かを思いつめている顔だ。安口は茜に近寄り耳打ちする。


「あいつの息の根を止める」

「ちょ、師匠?」

「おーい佐々木ー」


 安口は驚嘆の顔をする茜を無視し、里奈に声をかけた。


「里奈、今日はママと食事に行こう。ギルドは熊野と柊君に任せておけばいい」

「ん、え、ママと食事?」


 里奈の顔がぱっと変わる。


「駅前にうまい焼き肉屋を見つけた」

「やったゴージャスじゃん! 行く行く!」


 里奈が二パッと笑顔になる。


「柊には佐々木とあいつの関係をそれとなく伝えてくれ」

「師匠、待てって!」

「よし、じゃあ行こう!」


 安口は掴もうとする茜の手を避け、里奈に笑いかけた。

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