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落陽の遣い

作者: 凡煩チョコ

 学校から帰宅するなり3つ離れた妹が息を弾ませて家に飛び込んできた。

 「お兄ちゃん!ミケのお家のお庭にね!ちいっちゃいねこちゃんがいるの!」

 ミケはミゲルの愛称で、隣のパン屋の息子の事だ。歳が近い妹は僕が学校へ通っている間彼と毎日そこの庭で遊んでいる。話を聞くと、猫は2日程前に親とはぐれて迷い込んだ白い子猫だと言う。野良猫はそこかしこに居るものの、子猫は物珍しさもあり妹と見に行く事にした。


 家主に声も掛けずにパン屋の裏口である家の玄関をくぐり、そのまま庭へと直行する。夕方前のこの時間はミゲルの両親も表のパン屋で仕事をしているのでいつもの事だ。

 ミゲルも庭に居り、子猫を眺めていた。

「あ、サリ兄も来たの」

こちらに気付いて振り返る。

「うち、パン屋でしょ、父さんと母さんは早く追い出したいみたいなの」

眉尻を下げて寝ている子猫の背を撫でながら、ミゲルはどうしようと呟いた。


 確かに食べ物を商売にしている家には頼れない。そうだ、学校の近くにある貸本屋のペペおじさんはどうだろう。眼鏡を掛けてて髪の毛もボサボサだけど、下級生にはとても優しいらしい。そう提案すると一緒にしゃがんでいた妹が飼いたいと言い出した。

 「マヤがぜったい毎日おせわするから!ね?ダメ?」

懇願しても我が家では飼えない。母は居らず父も外で遅くまで働いている。妹のマヤも日中の寂しさを猫で埋めたいのは理解できるが、飼えない。

「ペペおじちゃんって人、ぜったいねこ好きだもん。見せに行ったらとられちゃうもん」

 何とかマヤにはぺぺおじさんも一緒にお世話させる?方向で宥めすかし、二人と猫を連れて日が傾きかけた町中、貸本屋を目指して歩く。日が落ちたら店は閉まる。幼児連れは思ったよりも時間がかかってしまった。


 店の扉を開けるともわりと煙が掠める。害のない無臭の煙は虫除けだといつか聞いた。その煙は入り口脇のカウンターの中でぺぺおじさんが持つ使い込んだパイプから立ち昇っている。夕日が射して煙の影が壁で揺れていた。

 「サリ、どうしたのこんな時間に。可愛いお客さんまで連れて」

ぺぺおじさんは僕らが入るなり読んでいた本から視線を上げて声を掛けてくれる。

 二人を紹介し、相談があることを告げようとすると

「僕ァまだおじさんって言われるような歳じゃないっていつも言ってるんだけど」

眼鏡の位置を直し乍ら交換条件だと言わんばかりに胡乱な視線で見つめてきた。

 直ちに僕らは謝罪しぺぺおじさんはぺぺ兄と呼ぶことで、彼は満足そうに頷く。来週には忘れてまたおじさんと呼ぶ未来が見えなくはない。

「それで?」

店仕舞いだと言うようにドアに薄いカーテンを引き、近くのランプだけ灯してから言う。

 待っていたのようなタイミングで柔らかい布で包まれて眠っていた子猫が、ミゲルの腕から飛び出して、か細くみぃ、と鳴いた。


 カウンターの上に布ごと子猫を乗せると、子猫はもぞもぞと這い出してぺぺ兄の方を興味深く見つめている。

「なるほど、眼は開いているようだが少し弱っているね」

ぺぺ兄はその布ごと胸に抱き優しげに呟いた。

 子猫は胸に下がる乳白色の石のペンダントが気になるのか両手で抱えようと必死になっている。

「これが気に入ったの?良い審美眼じゃないか。これね、太陽の女神様のご加護があるって譲ってもらったものでね、」

などと石の星彩をちらちら光らせ話しかけていた。ぺぺ兄の崩れた顔に僕らは視界の外でぽかんとする他ない。

 意を決したのか妹がカウンターにずいと乗り上げ、

「ぺぺおじ兄ちゃん、マヤがお手伝いするからこの子をここに置いてくれる?」

と不安げに尋ねた。

 「構わないよ、前の子が出て行って暫く経つし」

どうやら僕が貸本屋に来る前には別の猫が居たらしい。即答で快諾してぺぺおじ兄は外に視線を投げると、

「あぁ、もう暗くなってきたね。君らは家まで送って行こうか」

まるでもう用はないとばかりにそわそわと外套を羽織る。店を出ると紺と朱で西の空に線を引いていた。幼児二人は大人に手を引かれ、行きより大分早い帰路となった。


 それから妹はミゲルを連れて毎日のように貸本屋を手伝い、僕は学校を出た後に競争率が高い花形の仕事に就いた。ぺぺ兄は正真正銘おじさんと呼ばれるような歳になり、ソルと名付けられた子猫は、お気に入りの石を首輪にされて鍵しっぽのふてぶてしい看板猫になった。青年ミゲルは領主の屋敷でパンを作っている。

 幸運は女神様の加護のおかげとの笑い話も今は昔、首輪をマヤに譲ってソルは15年の看板猫生活の後姿を消した。


ご覧下さりありがとうございました。

少し不思議な感じにしたかったのが爆散した結果怪しい店が爆誕。

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