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9、幼女のお屋敷掌握

 知識を得ると同時にイリーナには平行して行っていた計画がある。屋敷の掌握だ。


 まずはタバサの協力を得て身の回りの世話をしてくれるメイドたちと親しくなった。家族にはよそよそしいが、幼いイリーナが笑顔で声を掛ければ彼らも悪い気はしないだろう。こう見えて中身は大人の気遣いの出来るイリーナだ。仕事に励む姿を認め、褒め、ねぎらいの心を持って接すれば仲良くなるのは容易かった。

 年頃のメイドには化粧の仕方を教えたり、服装のアドバイスをする。美味しいお菓子の話に花を咲かせ、小さなことから積み重ねていけばイリーナはメイドたちの間で人気を博していった。


 メイドたちとの交流を深めたイリーナはまるで道場破りの勢いで厨房を訪ねた。かつてのカンを取り戻すためにも料理がしたかったのである。

 無論、料理長には危ないからと反対されたが、正確無比な手つきで目にもとまらぬみじん切りを披露すればみな大人しくなった。

 高速で材料を刻み、手早く炒める。タバサに入手してもらったスパイスを調合し、じっくりと鍋で煮込んでいく。繊細な作業を完璧にこなしたイリーナは見事カレーを作り上げた。

 異世界初のカレーはみなで美味しくいただき、またしてもイリーナはひっそりと屋敷での地位を確立していく。

 仕事と社交のため家をあけてばかりの両親、王子の学友として城にまで通う兄。かたや引きこもり一日中家にいるイリーナ。どちらが彼らとの仲を深められるかは火を見るより明らかだ。


 順調に屋敷を掌握したイリーナは、無邪気な笑顔と肩叩きによって懐柔した執事からの正確な情報提供により両親の留守を狙って行動を開始した。この計画は家主には極秘に行われることが望ましい。


(子どもの遊びだと思われたくないもの)


 メイドたちの協力により、物置とされていた部屋を掃除してもらう。

 侯爵令嬢としてためたおこづかいをはたいて研究機材を調達し、倉庫に運び込んでは部屋を改造して立派な研究室を作り上げた。機材はタバサが調達してくれたものと、搬入が難しい大きなものは門番に頼んで運び込んでもらう。幼いイリーナに代わって倉庫まで彼らを誘導してくれたのは執事だ。

 ちなみに門番は差し入れのお菓子で懐柔した。初日以来料理長の信頼を得たイリーナは厨房にも頻繁に出入りしている。おかげて侯爵邸の食事は密かにレパートリーを増やしていた。

 真心こもった差し入れの虜となった門番はイリーナ宛の荷物をこっそり届けてくれる。持つべきものはゲームには登場しなかった人たちだ。イリーナが理想を語れば積極的に協力してくれた。


(お肌に良い薬を作りたいと言ったり、疲れを軽減させる魔法薬を開発したいと言ったらみんな協力的だったのよね)


 前世での薬は望めば手に入る身近なものだった。けれどこの世界では軟膏も、痛み止め一つとっても簡単には手に入らない。効果を望める薬は値が張るため一般人には購入が難しく、みんながそれを当たり前として受け入れている。だからこそイリーナはみんなの役にも立ちたいと願うようになった。


(みんなのためにもいつか本当に開発してみせるわ!)


 それがこの研究室を一緒に作り上げ、秘密を共有してくれた人たちへの一番の恩返しとなるだろう。

 研究室の準備が整えば、残すは材料の調達だ。薬の生成に薬草は欠かせない。

 イリーナはどこか植物の栽培に適した場所はないかと屋敷の周りを歩いて回った。中庭も温室も、それを育てるには目立ち過ぎる。

 ほどなくして辿り着いた裏庭は十分な広さがあり、日当たりも良好だ。


「ここ、良い感じ!」


 裏庭までは両親の目も届かないだろう。ここでなら魔法薬の生成に必要な植物を育てられる。


「あれ、イリーナお嬢様?」


 背後から現れたのはジークだった。


「今日はお加減が良いんですね。このところあまりお部屋から出られないと聞いて、心配していたんですよ」


「え、えええそうなの、今日は気分が良くて! ジークはどうしてここに!?」


 庭師の息子なのだから庭にいても不思議はないだろう。焦ったイリーナは失言に取り乱す。


「ここは僕が父さんから手入れを任されているんです。まだ父さんほどの仕事は出来ないんですけどね」


(ここで植物の栽培をしたいならジークの許可がいるってこと!?)


 じりじりとイリーナは目の前の攻略対象を見つめた。彼が手入れをしているのなら無断で鉢植えを増やすこともできない。こんなところまで庭師の手が行き届いていたことに感動するが、もっといい加減でもいいとも思うイリーナであった。

 イリーナは勇気を出して相談を持ちかける。


「あの、ジーク。お願いがあるんだけど」


「なんですか?」


「私ね、植物を育てたいんだけど、少しだけこの場所をかしてくれないかしら。少しでいいの! 一角とかでもいいから」


「何言ってるんですか、お嬢様」


 手入れをしている庭を勝手にいじられたら誰だって嫌だろう。なのにジークの声は明るい。


「ここはお嬢様のお屋敷なんですから、僕に遠慮する必要なんてないですよ。植物、何を育てるんですか? 僕にも手伝わせて下さい」


「ジーク!」


 なんて純粋で優しい子なのだろう。おかげで毒草を育てたいとは言い出しにくくなったけれど、植物に詳しいジークがいれば心強い。たとえゲームのイリーナには優しくなくても植物には優しい人だ。

 ジークの参戦により、課題となっていた研究資金の調達にも光明が差す。タバサを通じて町の商業組合に所属したイリーナは薬草栽培の内職を始めた。練習のためにと魔法薬作りの内職も引き受け、順調に研究資金を稼いでいった。

 こうして侯爵邸は幼女の手に落ちたのである。


 多くの人々から協力を得たイリーナはいよいよ薬の生成にとり掛かる。まずは簡単な調合からと、肌荒れに効果のある薬や疲労回復の栄養ドリンクから試作を始めていった。やはりここでも材料をみじん切りにする正確な包丁さばき、何度不味い失敗作を食べても諦めない根性、調味料の配合で培った繊細な調合は大いに役立った。


 そんな生活が数年も続けばイリーナは立派な引きこもり令嬢だ。毎年恒例の誕生日パーティーも六歳を境に開催されることはなくなった。パーティーで倒れたこともあり世間では身体が弱いと信じられ、いつしか幻の姫とまで言われるようになる。


(実際はただの引きこもりなのにね)


 そしてイリーナは見事若返りの薬を完成させた。くしくもその日は学園入学の前日。しかし天はイリーナに味方したのである。


(勝った!)


 イリーナは勝利を確信する。ただ一つの誤算は未だにアレンが侯爵邸を訪ねて来ることだが、それ以外は全てが順調だった。

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