7、呪いの髪飾りとの攻防
次の朝、イリーナは起こしに来たタバサに昨日と同じ台詞を言う羽目になった。
「ねえ……これって、まさか……」
「王子殿下からのお届け物でございます」
「ひいっ!」
うわずった悲鳴を上げてイリーナはベッドの上で後ずさる。
「な、なんで、私、送り返してと言ったでしょう!?」
「はい。ですからわたくしはもう一度、完璧に真心込めての梱包作業を施した後、可及的速やかに発送して参りました。そして即日当家に届けられたのがこちらになります」
「なんなのよ……」
(意地でも私に悪役令嬢やらせるつもり!?)
「タバサ」
返してきてと言う前に先手を取ったのはタバサである。
「お嬢様。差し出がましいことを申しますが、これでは同じことを繰り返すだけではありませんか?」
「うっ……」
確かに。そのたびに心臓に悪い寝起きが待っているのも困る。
「そう、よね。わかったわ。大人しく引き出しの奥にしまっておくことにする」
最初からそうすれば良かったのだ。イリーナはベッド脇の机の引き出しを開けて箱をしまった。
「ではお嬢様、本日のご予定はいかがなさいますか?」
「ひき続き父様たちの目を盗んで本を読むわ」
「かしこまりました。ですが本日は坊ちゃまがご在宅となりますが」
「そう……」
とはいえ広い侯爵家だ。そうそう顔を合わせることはないだろう。
(――なんて、楽観視していた自分を呪いたい!)
廊下の真ん中で鉢合わせしたオニキスは妹を認めるなり声をかけてきた。
「ようやく部屋から出てきたか。身体はもういいのか?」
「少しは……」
「そうか」
お互いに奇妙な間が続く。十七歳のイリーナほど険悪ではないが、仲睦まじいといった記憶もない。
「失礼します」
視線から逃れるようにイリーナは書庫へと向かった。
(ほんの少し顔を合わせただけでも緊張する! 兄様の目って、黙っていても迫力があるのよ。主人公も目つきが怖いって言って……悪役令嬢の家系なんだから納得か)
自分だって人のことを言えない悪役顔だ。
~☆~★~☆~★~☆~
翌朝、タバサによって起こされたイリーナはベッドサイドの机を見て悲鳴を上げた。
「な、なっ! なんで! 私、確かにしまったはずなのに!」
あの箱が机の上に出ていたのだ。
「タバサ、貴女も見たでしょう!? 私、確かにしまったわよね!?」
「はい。この目で見ておりました」
怖ろしくなったイリーナは、今度はそれを衣装部屋のアクセサリー箱に隠した。
「もう出てきませんように!」
ぱんぱんと顔の前で手を打ち合わせて願いを込める。
「本日はみなさまご在宅ですが、どうされますか?」
「決まっているわ。私はここで大人しくしている」
「かしこまりました」
タバサは少し残念そうにしていたが、主の命に従ってくれた。
そして翌日、またしてもイリーナは悲鳴とともに目覚めた。
~☆~★~☆~★~☆~
「な、なっ!」
衣装部屋のアクセサリー箱にあるはずのそれが、またしても机の上でイリーナの目覚めを待っていた。
「何か特別な魔法でもかかっているのでしょうか?」
「呪いの髪飾り……」
タバサの指摘にイリーナは思わず呟いてしまう。
「もう嫌。もう窓から投げ捨てる!」
引っ掴み窓へと向かうイリーナを血相を変えたタバサが止める。
「お待ち下さいお嬢様!」
「止めないでタバサ!」
「ですが! もし呪われているのだとしたら、粗末に扱えばお嬢様に悪い影響があるのではありませんか?」
「はっ!」
いわく付きの品であれば逆に呪われる可能性がある。
(なんて物をプレゼントしてくれたのよあの人は!)
イリーナは気を取り直して今度は箱を鍵付きの引き出しに閉じ込めることにした。
「お嬢様。本日は旦那様がご在宅。奥様は公爵夫人主催の会合に出席。坊ちゃまは王子殿下との勉強会にございます」
「そう、お父様がいるのね。なら私は部屋で大人しく本を読むわ」
「かしこまりました」
代わり映えのない部屋で今日もイリーナは引きこもる。
~☆~★~☆~★~☆~
そして翌朝、またしてもタバサに起こされたイリーナは悲鳴を上げたのである。
「も、もう嫌……」
結果はこれまでと同じだった。引き出しには鍵がかかっているのに箱だけが机の上に鎮座している。
「お嬢様、これもここまで主張しているのですから、いっそ髪に挿してやった方が良いのではありませんか? そうすればこれも本望だと満足するかも知れません」
「満足させて成仏させる作戦か」
押してもだめなら引いてみろ。
しかしイリーナに迷っている時間は残されていなかった。駆け込んできたメイドが衝撃の一言を放つ。
「お嬢様、王子殿下がおみえです」
「もう、報告する相手を間違えているわよ。兄様だったら今日は留守にしているんだから帰ってもらわないと」
オニキスとアレンは同い年。学友であり、お互いに家を訪ね合う仲である。
「はい。ですから王子殿下がお嬢様とお話をされたいと仰っております」
「ななな何を言っているの!?」
「オニキス様を訪ねていらしたようなのですが、生憎外出されておりまして。せっかく来たのでお嬢様にご挨拶をと仰られております」
「お、お断りよ! せっかくって何!? ちっともせっかくじゃない! お断りして。私、今日はとても気分が悪いんだから!」
嘘ではない。呪いの髪飾りの影響で心身共に疲弊しているところだ。
「本当によろしいのですか?」
王子が相手であることからタバサは何度も確認を取る。過去のイリーナの態度を知っているのだから不思議にも思うだろう。しかしイリーナは何度も頷いた。
「お願い!」
必死に頼み続けるとタバサはそのようにとイリーナの望みを叶えてくれた。
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また翌日、慣れとは怖ろしいもので見慣れた光景にもイリーナが悲鳴を上げることはなかった。
「本当にあなた、つけたら成仏してくれるの?」
恨みがましく箱を睨み付けているとタバサが朝の支度にやってくる。
「本日はどうされますか?」
といっても引きこもりがすることなんてある程度決まっている。それでもタバサは毎日呆れずに訊いてくれるのだ。いつかはイリーナが外へ出ると信じているのだろうか。
「今日は父様と母様、兄様もいないのよね?」
「はい。みなさまお帰りは遅いと窺っております」
「ならドレスの用意をして。これに似合うドレスをね」
「お嬢様?」
「タバサが言ったのよ。つけてみれば満足してくれるかもしれないって」
侯爵邸の中でなら悪役令嬢と糾弾されることもないだろう。呪いの執念に根負けしたイリーナは部屋の外へ出ることにした。
「ではとびきり美しく飾らせていただきます。久しぶりなので、腕がなりますね」
表情の変化に乏しいタバサが嬉しそうにしているのを感じる。以前のイリーナは毎日のように着飾り遊び歩いていたのだが、このところは一人で着られるような控えめな服装ばかりだったことを思い出す。
(これからは屋敷の中でももう少しおしゃれするべきかしら)
尽くしてくれる侍女のためにも考えを改めたイリーナである。