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6、幼女による幼女化計画

 その夜、部屋に閉じこもるイリーナの元を訪ねたのは両親ではなく侍女のタバサだった。両親は親戚たちの相手に忙しいのだろう。元々イリーナへの関心は薄く、侍女に任せておけばいいと思っているはずだ。


「お嬢様、ご気分はいかがですか?」


 アレンとの予想外の邂逅もあって良くはないけれど、侍女相手に心配をかけてもいけない。イリーナは弱々しくも微笑んだ。

 タバサはイリーナが生まれた時から侯爵邸で働いている。何よりゲームに登場しないということがイリーナの心を開かせた。


「起き上がれるようでしたら食事をお持ち致しましょうか?」


 部屋を暗くして布団にくるまっていたイリーナは、言われて初めて空腹を思い出した。有り難い提案に頷くと、タバサはカートに乗せて夕食を運んできてくれる。用意されたのは消化に良さそうな品ばかりで、料理人たちがイリーナのために用意してくれたことが伝わった。


「ねえタバサ。私、明日からずっと部屋で食事をしたいの」


「それは、体調が回復されるまでということですか?」


「ううん。ずっと、大きくなってもずっとよ」


「お嬢様?」


「私ね、この世界がとても怖ろしい。外に出るのが怖いの」


 生まれ変わったのが主人公であれば約束された幸せを前に喜ぶことも出来た。けれど悪役令嬢の抱く感想はこれに尽きる。この世界はイリーナに優しくはない。部屋の外にはあらゆる所に危険が待ち構えている。今日が良い例で、その恐怖は部屋から出ることを躊躇わせた。


(外に出たらあの人たちがいる。悪役にされてしまう。私はここでじっとしているから、だから私のことは放っておいて!)


 部屋にこもっていればアレンと会うことはない。アレンに会わなければ誰かに嫉妬することもない。目をつけられることも、不用意にゲームの関係者と会って運命を歪めることもないだろう。


「だから外には出たくない」


「ですが……」


「お願いタバサ!」


 必死に頼み込むが、タバサは困惑したままだ。


「それは、わたくしの一存ではお答え出来かねます。もちろんわたくしはお嬢様が望む限りこの部屋に食事をお届け致しますが、旦那様たちが心配なさるのではありませんか?」


「あの人たちは大丈夫。私への関心は薄いもの。優秀なオニキス兄様がいるのだから、私なんていなくても同じよ」


「そのようなことはありません! それに、お嬢様は王子殿下の婚約者ではありませんか」


「私はただの候補よ。ただの候補が一人消えたって誰も気にしない。むしろ他の令嬢たちからしたら侯爵家の娘が消えて清々すると思うわ」


「お嬢様!」


 侯爵家の令嬢なんて候補の中でも家柄から見れば最有力だ。咎めるように名前を呼ばれてもイリーナはけろりとしていた。


「アレン様は人気者ですもの」


 こうして言い切れるのはアレンに心が傾いていない証拠。それでいいとイリーナは自分を褒めたくなった。


「学園への入学はどうされるのですか? バートリス家の方は皆様学園に入学されるのがしきたりと伺っております。お嬢様には酷な物言いではありますが、いつまでも子どものままというわけにはいかないのですよ?」


「わかっているわ……」


 子ども相手だというのにタバサがここまできつく言うのはイリーナを想ってのことだろう。本当にそれでいいのかと何度も問いかけてくれる。だからイリーナも素直に耳を傾けた。実際、タバサの言葉は何も間違ってはいない。


(タバサの言う通り、いつまでも子どもではいられない。その通りだけど……いっそ、ずっと子どものままでいられたら……ん?)


 何か今、大切なことが頭をよぎった気がする。 


(ずっと子どもでいられたら?)


 確かめるように繰り返す。


 子どもにはアレンの婚約者はつとまらない。

 子どもなら魔法学園には通えない。

 子どもに悪役令嬢が出来るわけがない!


 その時イリーナは閃いた。


(なら子どもになればいいんじゃない?)


 衝撃だった。なんて簡単なことだったんだろう。


「これだ……」


「お嬢様?」


「なんでもないわ。そうだタバサ、もう一つお願いがあるんだけど。この髪飾りをアレン様に返しておいてほしいの」


「かしこまりました」


 タバサに髪飾りを手渡したことでイリーナはようやく肩の力が抜ける。ほっと胸を下ろして食事に手を伸ばすとイリーナのためにと作られた料理はどれも美味しく、少しだけ幸せな気持ちが戻り始めていた。



 ~☆~★~☆~★~☆~



 翌朝、タバサが朝の支度のために部屋を訪れる。


「お嬢様、本当に外にはお出にならないのですか?」


「もちろんよ。父様たちには気分が悪いと伝えておいて」


「かしこまりました」


 タバサの話ではパーティーで派手に倒れたこともあり、イリーナの希望はすんなり受け入れられたという。


「では少しでも気分が晴れますように、優しい香りの茶葉を手配します」


「ありがとう」


「それとお嬢様、お嬢様宛に荷物と手紙が届いております」


 タバサが背後のカートから取り出したのは見覚えのある箱だった。


「これって、まさか……」


「王子殿下からのお届け物にございます」


「ひいっ!」


 悲鳴を上げたイリーナはベッドの上を這って逃げた。


「な、なんで、私、送り返してって言ったでしょう!」


「はい。ですからわたくしは完璧に真心込めての梱包作業を施した後、可及的速やかに発送して参りました。そして即日当家に届けられたのがこちらになります」


「返してきて!」


 見なくてもわかる。その中身が何であるかなど。


「かしこまりました。それともう一点、こちらはご友人方からのお手紙でございます」


「友人?」


 そのどれもがパーティーで倒れたイリーナを気遣うものだった。


(侯爵家の娘ともなればご機嫌取りが凄いわね)


 こんなに手紙をもらうほど親しい相手はいなかったはずだ。この分では返事を書くだけで一日が終わってしまう。時間は無駄に出来ないと、イリーナは潔くベッドから抜け出した。


「タバサ、今日のお父様たちのご予定は?」


「旦那様と奥様でしたらご親戚の方々をともない王都観光のご予定です。坊ちゃまもご一緒されるそうですよ」


「そう。家には誰もいなくなるのね」


 まずは手紙の返事を書く。その後もやることはたくさんあるためのんびりはしていられない。

 ペンを手に机に向かったイリーナは、タバサの補助で黙々と手紙の返事を書き続けた。


 恐るべき集中力で昼を回る頃には全てを片付けたイリーナは書庫に向かう。幸いバートリス家は歴史ある魔女の家系だ。侯爵邸の書庫には学園と同等の書物が揃っている。見た目は幼くとも中身は大人。加えて前世では国語の成績も悪くはないイリーナは、次々と難解な書を読破していった。

 その結果、この世界には若返りの薬は存在しないという事実にたどり着く。人体を変異させるような薬は生成が難しいらしく、成功例がないというのだ。しかしイリーナは諦めなかった。


(ないのなら私が作ればいい!)


 魔法薬の調合は非常に繊細な作業だ。何種もの材料に魔法を掛け、配分を計算し、効果を上乗せしていく作業には根気も必要となるだろう。


(ゲームのイリーナはあまり成績が良くなかったみたいだけど、私には前世の知識があるもの!)


 幸いなことにイリーナは前世で料理学校に通っていた。材料のみじん切りも、寸分違わぬ計量も、繊細な調理(研究)もお手の物。加えて理科の選択は化学、不思議と出来ると信じて疑わなかった。


(けど、皮肉なものね)


 自分はまた一歩悪役令嬢に近づいているのかもしれないと思う。


(ゲームのイリーナも魔法薬の授業を選択していた。怪しげな薬で何度主人公を危機に陥らせたことか……私はそんなことしないけど!)


 とはいえこれは運命を変えるための戦いだ。避けては通れない道に、イリーナは小さな身体で着々と屋敷の本を読破していった。

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