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4、破滅したくない悪役令嬢

 そういえば……。

 イリーナは倒れる寸前の記憶を呼び起こす。


 ファルマンの腕の中。

 ジークからもらったスミレの花束を抱え。

 眠りにつく(失神)


 これではまるであのエンディングの再現だ。


「違う! 私は永遠の眠りにはつかないんだから!」


 かっと瞼を開けるなりイリーナは叫んだ。幸いにも自室で一人きりだったおかげで異様な目で見られることはない。


「ぜえ、はぁ……信じられない。悪役令嬢なのはまだしも、オールスター自宅に勢揃いなんて……」


 荒い息を滲ませるイリーナは、視界のすみに花瓶に生けられたスミレの花を見つける。

 ファルマンに部屋まで運ばれたのだろうか。だとしたら彼は腕の中で眠るイリーナに何を思っただろう。


「きっと欺しやすそうなカモだと思われたんだわ!」


 外を見れば空が茜色に染まろうとしている。倒れてから、随分と時間が経っているらしい。


「ううっ……あまりの情報過多に頭が痛い」


 額を押さえ、イリーナは蹲る。


(私がイリーナ、ここが乙女ゲームの世界? どのルートでも破滅する悪役令嬢なんて、そんなの嫌よ!)


 悪役令嬢イリーナの結末はいつだって破滅と共にある。だとすれば早急に、未来を回避する方法を考えなければ。


(でもどうしたらいいの?)


 解決策も、相談出来る人もとっさには浮かばない。


(そっか、イリーナって私と同じだったのね。ゲームのイリーナにも相談出来る人はいなかった。家族も、友達も、追い詰められたイリーナを止める人はいなかったもの。今の私と同じじゃない)


 兄オニキスのルートで両親は厳しい人だと語られていたが、それはイリーナにとっても同じだろう。イリーナにとって家族は心を許せる人達ではなかったはずだ。期待は重荷となり、優秀な兄には嫉妬していた。

 

(友達は――だめね)


 記憶を探ってみても友達と呼べる人の顔が浮かばない。華やかなパーティーではあるけれど、実際は貴族同士の社交の場だ。心からイリーナの誕生日を祝う人が何人いるかもわからない。侯爵令嬢としての自分を必要としてくれる人は多いが、それを友達と呼べるかは疑問だ。


(落ち着くためにも状況を整理しないと。まずはあの婚約者候補、アレン様よ)


 アレンはこのゲームのメインヒーロー。王子ではあるけれど、上に優秀な兄がいるため王位を継ぐことはない。そのため魔法の腕を磨き、兄の力になることを願って学園での勉強に励んでいる。

 誰にでも人当たりの良いアレンは学園で主人公と出会い友として、いつしか互いに惹かれあうようになる。しかし彼の不運は我が儘でプライド高い婚約者候補が同時期に学園に通っていたことだ。

 当然、イリーナにとって主人公の存在は受け入れられるものではなかった。学園で一番の成績を修めればアレンの婚約者になれるというイリーナの夢は主人公の存在によって危ぶまれてしまう。

 アレンにとって特別な女の子。自分より優れた魔女。いずれにしても後のないイリーナは主人公に辛く当たる。嫌味を言うのは当たり前、授業の妨害に、罠にはめようとさえした。

 自分の成績が一番になれないのは主人公のせい。主人公がいなくなればアレンの関心も取り戻せると考えるようになる。


(最初から向けられていた心なんてなかったのに。本当、哀れだって言いたくなるよね)


 主人公ライラは百年に一人しか現れないと言われる精霊の愛し子。幼い頃、森で迷った主人公はファルマンと出会い祝福を受け、加護を与えられている。精霊の声が聞こえる特別な存在。魔法の力は増し、才能に溢れ、素直で誰からも愛される優しい子。それが主人公だ。


(そんな子、普通に相手にしたって勝てるわけがないのに)


 嫉妬に駆られたイリーナはどのルートでもファルマンの策略にはまり、主人公を排除しようとする。その結果、無茶な魔法に手を染めたイリーナは主人公たちの障害となった。

 国を亡ぼす危険な魔法、呪いと呼ばれる禁術にさえ手を染めたイリーナは、制御出来ずに魔法に呑まれてしまう。そこで力を合わせて暴走する魔法を食い止めるのが主人公と攻略対象というわけだ。


(邪魔者の消えた世界で二人は幸せに暮らすけど、その時イリーナは……)


 力量以上の魔法を使って無事ではいられない。帰らぬ人になることはもちろん、消滅、消失、あるいは心を失う。


『哀れだな。イリーナ』


 アレンの声で再生されるそれは消えゆくイリーナに向けられた最期の言葉だった。


「そんなの嫌! 私は破滅したくない!」


 一刻も早く婚約者候補を辞退させてほしい。あれが婚約者候補と言われても、これからまともに会話出来る自信がない。


「ならアレン様の婚約者を辞退すれば?」


 イリーナが悪役令嬢と化す元凶だ。しかし現状婚約者に内定しているわけでもなく、あくまでも候補であるため辞退もない。


「じゃあ学園に通わなければ!」


 バートリス家は歴史ある魔法使いの名家だ。バートリス家の人間は例外なく魔法学園に通うことが決まっている。伝統に厳しい父親が娘の我儘に掛け合うはずがない。


「主人公と関わりさえしなければ……主人公が性格の悪い転生者だったらどうするの! 何もしていなくたって悪役に仕立て上げられるんだから!」


 向こうは幸せのためにイリーナの破滅を望んでいるはずだ。


「せめて入学時期をずらして……ってファルマンが許すはずないでしょうが!」


 ゲーム開始時のファルマンは自分を楽しませるため新入生に手心を加えている。もちろん入学するためには一定の魔力量が必要になるが、あとは校長の采配次第。自らの選んだ愛し子と、それを取り巻く環境にと集められたのが攻略対象たちとイリーナだ。とりわけイリーナはファルマンの選定した登場人物の中で悪役令嬢という重要な役割を担っている。それはイリーナの主張で覆るものではなく、おそらく予定通り十七歳の年に入学させられるだろう。


「いっそ家を出てみる?」


 前世の知識と魔法があれば一人で生きていくことは可能だと思う。しかし世間が狭いことは今日、嫌というほど学んだ。どこかへ行けたとしても、そこに関係者がいない保証はない。

 考えれば考えるほど絶望だ。考えすぎたせいで頭は熱く、外の空気が恋しくなったイリーナはこっそりと部屋を抜け出すことにした。


(パーティーはもう終わったよね?)


 あとは遠方からイリーナを祝うために駆けつけてくれた親戚たちと両親による大人の時間だ。

 イリーナは人目を忍んで庭園へと足を運ぶ。今日のために手入れされた花を見ずに一日を終えるのは惜しかった。

 先ほどまでアレンといた場所ではあるが、記憶を取り戻す前はアレンのことばかり考えて花など目に入らなかった。記憶を取り戻してからは恐怖で花の存在など忘れていたのだ。


「綺麗!」


 陰りゆく光が照らす花は赤く染まり、見たこともない美しさだ。ヘンリーとジークが心を込めて手入れしてくれた庭は悲嘆に暮れるイリーナの傷を癒してくれた。

 けれど外へ出たのは間違いだったと思い知る。


「イリーナ?」


 もう一度、いるはずのないあの人に名前を呼ばれた。一瞬にして背筋が凍り、錆びついた首で振り返るとやはりそこにはアレンが立っている。

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