30、平和的な解決
「凄い凄い。まさか拳で結界壊されるとは思わなかったよ」
「校長先生? あの、嘘ですよね。先生が私を騙したなんて」
ライラは縋るような眼差しで問いかける。ライラにとってファルマンは、この場で最も信頼出来る相手だった。
「えー、何のこと?」
とぼけた反応にもライラは喜びかけた。けれどファルマンは期待を裏切る。
「あ、その薬の正体が知りたいってことなら彼女の推理は正しいかな」
ライラにさえ口調を取り繕うことを止めたらしい。急激な変化にライラはいっそうショックを受けていた。
「そんな……」
ライラは力なくその場に座り込む。
ファルマンには嘘を貫き通すことも出来た。しかしそうすることなく真実を明かしたのは悲嘆にくれるライラの顔を見るためだ。
「本当に性格が悪いですね。やっぱり貴方なんて攻略するのはごめんです」
その瞬間、項垂れていたライラの顔が上がる。
「待って! 隠しってヴィンス先生じゃないの!?」
「ヴィンス先生?」
教師として登場するサブキャラクターの名だ。苦労性なため疲れた言動が目立つが、真面目で教育熱心な良い先生だ。ファルマンとは違った、正真正銘の教師である。
「違うけど」
「そんなっ!」
ライラは本日二度目の衝撃に打ちひしがれる。
「わ、私、ヴィンス先生が好きで、大好きで。ずっとルートを探して、きっと隠しだって信じてゲームを進めてた。それで今日まで……あの人のルートないの?」
ライラの眼差しがみるみる潤んでいく。
その絶望をイリーナは知っていた。悲嘆にくれるライラには思わず同情してしまう。
「えっと、さすがの俺もちょっと状況呑み込めないんだけど」
「ちょっと黙っていて下さい。大事な話の最中なんです。自分の愛し子が打ちひしがれているのに随分な態度ですね」
イリーナは見ていられず、気付けばライラを庇っていた。しかしファルマンの口から出たのは思いがけない一言だ。
「え? その子、俺の愛し子じゃないよ」
「え? だって、そんなはず……」
主人公が愛し子でなければゲームのシナリオが変わってしまう。イリーナは素早く背後のライラを振り返った。
「ちょ、あ、貴女、六歳の時禁じられた森で精霊と会ってないの!?」
イリーナの問いかけに少し考えてからライラは答える。
「禁じられた森って、家の裏にあったあの森? あの森立ち入り禁止なんだから入るわけないじゃない」
「真面目か!」
つまりここにいるライラは加護を受けていないということになる。
理由は分からないが、イリーナから向けられている眼差しが呆れだという事はライラにも伝わっていた。
「う、うるさい! 真面目で何が悪いのよ! そうよ、私は真面目なんだから。真面目に、真面目に頑張ってるのに……どうしてこんなに成績が悪いのよぉ!」
「は?」
「主人公なのに精霊の声は聞こえない。力は弱くて勉強にもちっともついていけない。攻略対象とはぜんぜん会えなくて、大好きなヴィンス先生にまでもう少し勉強を頑張りましょうねーって呆れられて……全部イリーナのせいなんだから! 引き立て役のイリーナがいないから私はだめだめなんだぁぁぁ……!」
完全に逆恨みである。どうしたものかとイリーナは悩むが、見物しているファルマンのためにも平和的でつまらない解決にしてやろうと思った。
「ライラ、立って下さい」
「うるさい! 貴女に何がわかるのよ。貴女はいいわね。どうやったか知らないけどアレン様に愛されて幸せで! 私なんて成績が悪くて馬鹿みたいに騙されちゃってさ。好きな人にも呆れられて、結ばれる結末もないんだよ……」
「だからどうしたって言うんですか」
「だからどうしたって!」
「貴女の気持ち、全部とは言わないけど少しは分かるつもりです。私だって同じ趣味に人生を費やしたんですよ。けど、ここはもう現実なんです。ゲームじゃない。つまりどういうことか、わかりますよね?」
「え、っと?」
ライラは困惑していた。
「ルートがないと嘆く必要がどこにあるんですか。ここでなら貴女次第でいくらでも先生をものに出来るのに!」
「――え、うそ、確かに!?」
希望を見出したライラにイリーナは畳みかける。
「ライラ、落ち込んでたらあれの思うつぼです。立って笑って下さい。この平和的な和解があの人にはつまらなくて一番効くんです。私に協力して下さい」
イリーナはライラに手を差し伸べ、躊躇いながらもその手は掴まれた。強く握られたそれで彼女を引き上げる。感動的な和解だが、拍手は起こらなかった。
「えー、君たち本気? もっと思うところあるでしょ? それで済ませていいの!?」
ファルマンが見たかったのは二人がいがみ合うシナリオだ。だからこそイリーナはライラと和解することでファルマンのシナリオをつまらないものに変えてやった。これでも同じ趣味を持つ転生者同士、傷つけあうような展開は遠慮したい。
よせばいいのにライラは怯えながらもファルマンに自身の受けた仕打ちを抗議していた。
「よくも騙そうとしたわね!」
「さて、なんのことかな」
「何よこいつ性格悪っ! こんなやつ攻略しないで私正解じゃない」
「さっきから君たちは何を言っているのかな? さすがの俺でも理解に困る」
ファルマンが困るのならいい気味だとイリーナは笑った。
「貴方に理解されたいとは思いません。ただ、私たちは貴方の思い通りにはならないと知って下さい」
「言うねえ。さてと、これからどうしよっか! せっかくだし俺と戦ってみる? その子の敵討ちにさ」
好戦的な台詞を持ち出され、見守っていたアレンはイリーナを背後へと庇った。彼にとってはわけのわからない状況だろうに、頭のいいアレンはファルマンがイリーナの敵であることは理解していた。
「大丈夫ですよ、アレン様。私は挑発にはのりません」
イリーナはファルマンと対峙するためアレンの横から出ていく。
「校長先生。知っていましたけど、貴方は校長に相応しくないと思うんです。とても」
強調すればファルマンは無抵抗を示すため両手を広げた。
「なら俺のこと、力ずくで排除してみる?」
「嫌ですよそんなの。殴ったって手が痛くなるだけです」
イリーナはひらひらと拳で追い払う仕草をする。もう痛いのは嫌だった。
「だったら愛し子ちゃんはどうするのかな?」
目を輝かせて答えを待つファルマンに教えてやろう。
「貴方につまらない生活をあげます。貴方からもらったこの力で、私は貴方をその場所から引きずり下ろします」
「それって、この学園の校長になるってこと?」
「はい。後輩たちのためにも貴方みたいな人を校長でいさせたくないんです」
退屈な生活。これがファルマンにとって最も効果的なダメージの与え方だとイリーナは考えた。もちろん今すぐには無理だけれど、時間をかけてでも叶えてみせる。精霊には莫大な時間があるのだから付き合ってもらおう。
「……それは楽しみだな。愛し子ちゃん」
出来ないとはファルマンは言わなかった。イリーナの力は買ってくれているのか、それとも本当に楽しみにしているのか。それは彼にしかわからないことだし、理解したいとも思わなかった。




