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3、黒幕も来ていた

「こんにちは。イリーナ」


「リオット・ファミール様……」


 イリーナは自分を邪魔する男の名を呼んだ。

 一つ年上の公爵令息リオットは夕暮れのような美しい空の色を宿した髪が似合う人で、黙っていれば文句なしの美人だが、言葉には皮肉が多いため会話は要注意とされている。


「誕生日おめでとー。ところであいつがいないみたいなんだけど。君知らない?」


 話しかけながらもイリーナにはまるで興味がないと言いたげだ。

 リオットがあいつと呼ぶのはアレンのことで、彼は従兄弟であるアレンをライバル視している。そのため婚約者候補であるイリーナにも好意的とは言い難く、友達でもない相手の誕生日パーティーに参加しているのはアレンがいるからだろう。ゲームでもなにかとアレンに張り合い挑発することが多かった。

 人の誕生日パーティーで喧嘩は止めてほしいが、早くアレンは中庭にいると教えて道を譲ってもらおう。


「アレン様なら」


「探したよ。イリーナ」


 アレンが中庭から戻ってきたようだ。


(なんでこのタイミングで戻ってくるかなあ!?)


 リオットがにやりと唇を吊り上げるのがわかった。小競り合いに巻き込まれるのはごめんだ。


「やあアレン。元気そうだね」


「リオットか」


 リオットの登場に、アレンはいかにも面倒くさいという反応を示す。呆れているようでもあった。

 それが癇に障ったのか、リオットは嫌味たっぷりに反論した。間にイリーナを挟んだままで。


「王子殿下は随分と忙しいんですねー。俺からの誘いを断ってまで、わざわざ婚約者候補殿の誕生日パーティーに参加されているんですから」


 候補の部分をやけに強調するのは嫌味のつもりだろう。アレンの返答にはため息が交じっていた。


「大切な人の生まれた日だ。祝いに駆けつけるのは当然だろう」


 これで今日、アレンがここにいることへの説明がつく。リオットは定期的にアレンに挑戦を挑んでは負けるという状態で、今日も勝負を挑んでいたのだろう。イリーナの誕生日は体のいいリオット避けに使われたというわけだ。別にいいけれど。

 ならばあとは二人で存分にと、マークの外れたイリーナはドレスの裾を持ち上げて彼らの間をすり抜ける。


「イリーナ!?」


 背後でアレンが自分を呼ぶけれどもう知らないし止まれない。


(あと少し、あと少しで逃げ切れる!)


 今日のために磨き上げられた屋敷に必死の靴音が響く。視線の先に見え始めた静かな廊下にイリーナは手を伸ばした。

 けれどそこから一人の少年が顔を出したことでイリーナの足はゆるやかに動きを止めてしまう。


(逃げ切れる、はずだったのに……)


「探したぞ。イリーナ」


 この人の存在を忘れていた。私的なエリアにも入ることの出来る兄の存在を。


「オニキス兄様……」


 オニキスは表情を変えることなく階下にいるイリーナを見下ろす。イリーナとは違った深緑の色を宿した黒髪に、眼鏡の下から覗く黄金の瞳は鋭い。


「イリーナ、母さんが探していたぞ。お前は今日の主役なんだ。むやみに姿を消して周囲を困らせるな。侯爵家の娘としての自覚を持て」


 イリーナを咎める言葉には呆れが滲んでいた。眼鏡の奥では冷たい眼差しが同じ感情を宿している。


「兄様……」


 ゲームでも顔を合わせるたびにオニキスはイリーナに呆れていた。横暴な振る舞い、芳しくない成績。オニキスにとってイリーナはどうしようもない妹でしかなかった。

 目の前のオニキスと、ゲームでの場面が重なって見える。


(やめて。私を責めないで、呆れないで!)


「もう、いや……」


 もう前には進めない。この兄の横をすり抜けて部屋まで戻る気力は削がれていた。

 イリーナの足が一歩、後ろへ下がる。


「危ない!」


 アレンの叫びが聞こえた。


(あ……)


 身体が後ろへ傾いていく。

 こちらに向かって手を伸ばす兄の姿がゆるやかに再生され、遠くなる。

 侯爵邸の長く立派な階段。その上から転がり落ちたらどうなるだろう。きっと痛いでは済まされない。

 終わったと、イリーナは思った。

 迫りくる痛みに身体を強張らせる。

 しかしイリーナの身体は何者かによって受け止められていた。


「大丈夫ですか、お嬢様」


 怪我をせずに済んだことに安堵して顔を上げる。けれどイリーナの身体はそれ以上の衝撃に包まれた。


「誕生日だからとはしゃぎすぎてはいけません。怪我がなくて良かったですね」


 丁寧だがはっきりとした物言い。恐るべき美しさを誇るプラチナブロンド。人外めいた妖しさを放つ赤い瞳。


(ファルマン・ダウト!?)


 『魔女と精霊のライラリテ』に登場する魔法学園の校長だ。彼のルートは他の五人を攻略しなければ開かない隠しルートであり、そこで明かされるのは彼が黒幕であるという事実。


「な、なんで、ここに……」


 ゲーム開始前だというのにファルマンの容姿はそのままで間違えようがない。あのゲームの日々から抜け出してきたように、今にもゲームが始まりそうなほどだった。


「お嬢様は私がここにいる理由が知りたいのでしょうか? 光栄なことにお嬢様のお父上に招待していただいたのですよ」


(父様! 娘の天敵招待しないで!)


 物腰柔らかで教育熱心な校長。ファルマンは生徒やその家族からも信頼の厚い立派な人物として描かれているが、それは演じている姿に過ぎない。信頼を得ることで叶う自由は多いと、彼は人の世での立ち回りをよく理解している。三百年を生きた精霊は暇を持て余し、人の世界に上手く溶け込んでいた。


(主人公にとっては加護を与えてくれた恩人。でも悪役令嬢わたしにとっては破滅の道へエスコートしてくれる迷惑極まりない人!)


 今ここで糾弾してやりたいけれど、残念ながらファルマンに罪はない。黒幕と呼ばれていても、実際彼が犯罪に手を染めたことはない。言葉巧みに相手を誘導し、目の前に解決策をちらつかせる。その結果、哀れな侯爵令嬢は見事に騙されたというわけだ。

 あの学園はファルマンが校長に就任したことで彼の退屈を紛らわせるための箱庭となった。味方のふりをしてイリーナに近づき、自分を楽しませるために身を滅ぼすほどの危険な魔法を与える。


(この家には私を破滅させる人しかいないのー!?)


 貴族の世界というのは広いようで実は狭い。身をもって体験したイリーナは押し寄せる攻略対象の圧に屈した。


(もう、だめ……)


 ファルマンの腕の中で意識を失ったイリーナは思う。これ、つんだかも――と。

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