28、主人公が望むこと
乙女ゲームの主人公、ライラの話。
憧れている人がいた。
大好きな人がいた。
――前世から。
その気持ちに後押しされ、彼女は苦手だった魔法を学ぶ学園への入学を決めた。
画面越しにしか会えなかった最愛の人。それが同じ世界に生まれ変われたと知った時、どれほど歓喜したことか。
彼女が生まれ育ったのは都会と呼ばれる王都から遠く離れた村だった。ゲームで繰り返し目にしたファンタジーあふれる町並みも、ここでは遠い幻にすぎない。
(主人公ってこんな田舎に暮らしてたんだ……早く都会に行かせてよー!)
貧しくはない。幸せな家庭だ。魔法が発達しているため豊かさもある。けれど周りにあるのは一面の緑。早く十六歳になって学園に通いたい。そうすれば美味しいものがたくさん食べられる。流行りの洋服でおしゃれをして、放課後は友達と遊び放題。何より都会に行けばあの人に会える!
主人公は偉大な魔女に憧れて入学したけれど、彼女にとってそういったことは二の次だった。ただ彼とお近づきになれたなら――そんな幸せを夢見て生まれ育った町を飛び出した。
(学園に入学さえすればそれで終わりだと思ってた。だって私は主人公だから、勝手に幸せになれるって)
主人公なのだからそれなりに魔法の勉強していれば恋が始まると思った。でも実際は、出会いイベントすらままならない。記念すべき入学初日だというのに攻略対象が誰一人として捕まらなかった。
会場で先輩方から話を聞けばアレンは帰宅し、オニキスはその後を追ったという。アレンが消えたことでリオットも消え、その埋め合わせにジークは手伝いに駆り出され、唯一の友達を失ったマリスは自宅に引きこもったと見るべきだろう。
最悪だ。こんなことでは幸せな結末なんて望めない。
おかしいと感じたことは他にもある。入学早々パーティーで因縁を付けてくるはずの悪役令嬢イリーナがいなかった。それどころかそんな生徒はいないと言われてしまった。
やっとの思いで探り当てた情報は校長から教えられたものだ。
(悪役令嬢が身体が弱くて入学を見送った?)
そんなことあり得ない。傲慢なイリーナのことだ。学園に入学することが億劫になったのかもしれない。そう考えて、どうにか彼女の兄に接触を果たした。
オニキスは毎日のように授業が終わるなり帰宅する。これでは親睦を深めるすきもない。やはり得られた情報に噂以上のものはなかった。
今度はイリーナの婚約者候補に接触した。ゲームでは常にイリーナを嫌悪する描写があったので、彼なら自分の欲している答えをくれると信じていた。
なのに結果は……
壮絶のろけだった。あり得ないがまた起きている。
(悪役令嬢なんだから、人の心を操ってるとか?)
イリーナは魔法薬に精通していた。でなければアレンがイリーナを相手にのろけるはずがない。ゲーム知識があるため真相にたどり着くのは簡単だったと彼女は自分を褒めたくなった。
その足で彼女は魔法を解く方法を探して回った。教師の間を渡り歩き、手がかりを探してバザーにまで顔を出す。そこで見つけたのが呪いを解く薬だ。
(これで全部元通りになる!)
ただし薬の発動には条件があるらしい。特定の条件下でなければ効果は薄いそうだ。
まだ行動を起こす時ではないと言われても燻り続けていた衝動は消えない。彼女は悪役令嬢の素行を見定めようと侯爵邸に向かった。そこで目にしたのは幼女に対する非道な行いだ。
(やっぱりイリーナは悪役令嬢だったんだ! 王子のアレンを要にみんなを惑わしてる。私がこの薬を使えばリナちゃんのことも助けられて、みんながイリーナを糾弾する。そうしたら私はちゃんと主人公になれるんだ。あの人とも……!)
この国の王子を手にかけてただで済むはずがない。次に彼女の兄を元に戻そう。実の妹の行いを知れば仲間になってくれるはずだ。
そうすればこの不遇な生活も終わる。もう一度正しくゲームを始めよう。そうすれば望むものが手に入る。彼女はそう信じていた。
~☆~★~☆~★~☆~
「アレン様! 来てくれたのね!」
ようやく――
胸に広がる期待にライラの声は弾んでいた。
校舎の裏に広がる森に呼び出したアレンは時間ぴったりに現れ、これで邪魔は入らないだろう。儀式には最適な空間だ。
アレンからはどこか煩わしそうな気配を感じた。
「君が言ったんだろう。イリーナについて大切な話があると」
あの日から、アレンは校長と出会った際のイリーナの挙動を気にかけていた。何がそんなに怖ろしかったのか自分なりに探ってはみたが、その理由は未だ掴めずにる。
ところがイリーナは校長ではなくライラという少女に反応を示した。おそらく何らかの関わりがあるのだろう。この呼び出しはイリーナの憂いについて知る絶好の機会だ。それにもし彼女がイリーナを危険にさらす可能性があるのなら、早急に手を打ちたい。アレンはライラを観察するため約束の場所を訪れていた。
「それで? こんな場所に呼び出して、一体何を教えてくれるのかな」
ライラは自分に向けられている眼差しが冷めていることにも気付いていた。けれどこれはイリーナのまやかしだ。
「もう一度教えてほしいの。アレン様、イリーナのことをどう思ってる?」
「愛しているが」
何度も繰り返される質問はじれったい。けれどその想いだけはアレンもはっきりと口にした。
「イリーナがとんでもない悪女でも?」
「なんだって?」
「世間では病弱だとか言われてるけど、実際は屋敷に引きこもって好き勝手してるのよ! 私見たわ。幼い女の子に一人で草むしりをさせて、毒草まで育てさせて!」
「イリーナが?」
「そうよ! 私この目で見たの!」
それはイリーナ本人だったのではとアレンは思った。しかし大切な人の情報を、彼女を傷つけるかもしれない人間に与えるつもりはない。
「彼女を馬鹿にするのは止めてもらおうか」
「こんなに言っても信じてくれないなんて……やっぱりアレン様、あの女に魔法を掛けられているのね」
「何を言っている」
「でも大丈夫。私、魔法を解く薬を見つけたの! これがあればアレン様も元に戻るわ」
「君はイリーナへの気持ちが作られたものだと言うのか」
「だってそうでしょう! ヒーローが悪役令嬢を好きだなんて言うはずがない!」
「……時間の無駄だな。俺は失礼するよ」
アレンは我慢の限界だとその場から立ち去ろうとした。しかし目の前に空間の歪みを感じる。
「気が付いた? 簡単には破れない、強い結界よね。今日この時のためにお願いをして張ってもらったの。さあアレン様、この薬を飲んで!」
ライラが取り出した瓶は封をしていても感じる邪悪さを放っていた。けれど彼女は気付いていないのか、大切そうにそれを抱えている。
「そうだ、イリーナは本当はどうしているの? 学園に通わないのは人前に出られないような見た目だから? もしかして、屋敷から出られないほど肥え太ってる? でもそんなことでゲームからリタイアなんてさせない!」
「俺の大切な人を悪く言うのはやめてもらおうか」
「またそうやってイリーナを庇う! それがおかしいの! どうやったか知らないけど、あの女はアレン様に愛されるようなキャラじゃない。アレン様があの女を愛しているなんて言うはずない!」
ライラは感情的になっていた心を鎮めた。
「でも大丈夫、私が元に戻してあげるの。だから、次に質問した時はちゃんと答えて?」
(私の望む答えを。ゲーム通りのアレンでいてくれるよね? そうすれば私だって――)
望むものに手が届く。ほら、あと少しで……
「待って、ライラ!」
ライラは結界の外に幼女の姿を見つけた。




