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25、突撃お宅訪問~黒幕編

 ライラが不法に侯爵邸を訪問してから数日が経過するも、あれ以降ライラからの音沙汰はない。アレンとオニキスの話では学園でも大人しくしているそうだ。


(このまま何事もなく終わってくれたらいいけど……)


 考えすぎかもしれないが、注意するにこしたことはない。消えない不安を抱えながらも庭から戻ったイリーナは侯爵邸の長い廊下を歩いて部屋へと戻るところだ。普通に体験しても長い廊下だというのに、幼女の身になってからは倍に感じられた。

 しかし部屋に戻ればおやつが待っている。イリーナの足取りは軽く、今日のお菓子に期待を寄せていた。ところがいくら待ってタバサは現れない。


「タバサ、遅いな……」


 いつもならとっくにジュースとお菓子が届けられている頃だ。

 それどころか異様な静けさを感じていた。まるで屋敷から人が消えてしまったような静寂に不安を覚えたイリーナは様子を見に行こうと思い立つ。


 ――コンコン。


「タバサ!」


 待ち望んでいた到着に、イリーナは自ら扉を開けに走った。


「タバサ、よか――」


「こんにちは。愛し子ちゃん」


「え――……」


 喜びに弾んでいた声が不自然に途切れる。

 何が起きた?

 どうして扉を開けてファルマンがいる?

 菓子を乗せたトレーを器用に片手で支えながら、笑顔で手を振っている?

 わからないなりに状況を理解すると、イリーナは潰れた悲鳴を上げて背後に倒れた。


(ここ、私の家だよね!?)


 ファルマンは尻もちをついて見上げるイリーナの前にしゃがんで顔を寄せる。イリーナは条件反射で身を引いたが、本人だと認識させるための行動だろう。


「久しぶり。元気してた? あ、これ君のお菓子だって」


 驚きのあまり声が出ないことと、飛び出しそうな心臓と、倒れて打ち付けた場所以外は元気そのものだが、返事を返せる余裕はなかった。すっと目の前に差し出されたマカロンにも現実味がない。


「……だ、れ、ですか? 不審者二号!」


「ああ、そういうのもういいからさ。俺、わかるんだよね。君イリーナ・バートリスだろ? 俺は人の宿す魔法の色が見える」


 赤い二つの瞳が怯えるイリーナを観察していた。


「君の色は――あの日見たイリーナ・バートリスと同じだ。それにしても面白いね。もしかして君、若返りの薬でも作っちゃった?」


 イリーナはじりじりとファルマンから距離を稼いた。


(どうする? 人を呼ぶ? それとも話を聞くべき!?)


 黒幕が自ら現れたのなら、それなりの理由があるはずだ。


「返事がないけど俺、正解引いたよね? 人類にはあと百年くらい不可能だと思ってたけど、凄い凄い!」


「なんなんですか、勝手に人の家に、部屋に入ってきて! 人を呼びますよ」


「ご自由に? どうせ誰も来れないと思うけど」


 ファルマンの発言に全身から血の気が引いていく。彼が器用に指先でバランスを取るトレーも、皿に乗せられたマカロンも、運んでくるのはタバサだったはずだ。


「何……? 何をしたの?」


 怖ろしい想像に声が震えた。


「せっかくの時間を邪魔されたくないだろ? 屋敷の人間には寝てもらったよ」


 ファルマンは悪びれることなく自身の仕業であることを明かした。


「何が目的ですか」


「その顔で睨まれてもっ、可愛いね」


 笑いを堪えるファルマンを一層きつく睨みつける。可愛いと言われたイリーナからは幼女の仮面が剥がれていた。

 イリーナにとってこの屋敷の人達は大切な存在だ。それを勝手に魔法で眠らされて、黙ってはいられない。それにもう、いくらイリーナが弁解したところでファルマンは確信している。あけすけな物言いに砕けた口調。それこそがファルマンの本性で、本音で話そうと言う合図だった。

 無言で睨み付けるイリーナに、話が進まないと折れたのはファルマンだ。


「退屈でさ、会いに来ちゃった。オニキスに侯爵も、君は体調が悪いの一点張り。どうしたのかなーって思ってたんだけど、こないだ街で元気な姿を見かけたからさ。これでも寂しかったんだよ? 君は寂しくなかった!? 俺の愛し子ちゃん」


「誰が――、なんて?」


 そう呼ばれるのは主人公のはずなのに。どうして自分に向けて愛し子などと言うのだろう。


「あ! もしかして愛し子ちゃんて呼び名、気に入ってくれた? 嬉しいな」


「嬉しくない! わ、私、私が愛し子って、あり得ません!」


 精霊に選ばれた特別な人間。選ばれる人間は百年に一人いるかどうかの確率で、希少な存在と言われている。加護の恩恵により魔力は増え、彼らの声を聞くことが出来るとか。

 しかしそれと同時に選ばれた人間はその精霊の所有物となる。精霊によってその意味合いは変わってくるが、ファルマンが人の子に加護を与えるのは自分を楽しませろという期待からだ。


(だって、ファルマンが加護を与えるのは主人公で。子どもの頃、森に迷い込んだ主人公を見初めて加護を与えて……私が愛し子と呼ばれるはずがないのに!)


「その顔、正しく愛し子について把握しているのかな。何やら否定したがっているようにも見えるけど、こればっかりは俺の言葉でも嘘偽りなく本物さ。君は俺の愛し子で、その気になれば精霊の声だって聞こえるんじゃない?」


「嘘、だって……いつ!?」


 いつ自分を愛し子に選んだというのか。


「祝福を贈ったのは君の六歳の誕生日だったかな」


 考えられるファルマンとの接触なんて彼に助けられた時だけだ。


「まさか、あの時!?」


「そ、あの時。あの日君は騒動の中心にいたよね」


 前世を思い出し、攻略対象に追い詰められた悪夢の誕生日だ。イリーナは青ざめるが、ファルマンはうっとりとした眼差しで語る。


「そこで俺は閃いた。この子を愛し子にしたら俺の人生楽しくなるんじゃないかってね。ほら俺、せっかくの誕生日に手ぶらだったし? プレゼントに丁度良いかなって」 


 ファルマンはイリーナが気を失ったすきに加護を与えたと言うが、最悪の誕生日プレゼントだ。アレンの髪飾り以上に返品してやりたい。


「なのに愛し子ちゃんが学園に来なくて俺、退屈でさ。でもまさか、愛らしい昔の姿に戻っているとは想定外だったよ。君は魔法の天才だね。とりわけその知識と才能が素晴らしい。これは百年の年月も飛び越える。まさに愛し子の所行だ!」


「私が薬を開発出来たのは努力したからです。愛し子は関係ありません」


「本当にそうだって言える?」


「何が言いたいんですか」


「だって誰にも証明出来ないし?」


「それは!」


 ファルマンの言う通りだ。加護を受けたからこそ、開発に成功したのかもしれない。だとしたら破滅回避に成功したのはファルマンのおかげになってしまう。


(そんなの、ファルマンの思い通りみたいで悔しい!)


「おや? 愛し子は百年に一度、あるかないかの稀な存在だよ。嬉しくないの?」


「私はそれを望んだことなんて一度もありません。私はただ、静かに過ごせたらそれでいいの!」


「謙虚だねえ。愛し子を拒まれたのは初めてだ。ははっ……ますます気に入ったな。今からでも学園においで。君なら編入も大歓迎」


「お断りです」


「何故?」


「私は貴方の愛し子。その事実は変えられないとしても、貴方の操り人形じゃありません。たとえ外に、学園に行くことがあるとしても、それは私がいつか自分の意思で決めます」


 しかしイリーナの宣言にもファルマンの笑みが途切れることはなかった。

誤字のお知らせありがとうございました。

たくさんの閲覧、本当に嬉しいです。ありがとうございます。

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