24、悪役令嬢不在の学園は現在
イリーナはこれまで悪役令嬢不在の学園について知ろうとすることはなかった。入学予定のない自分には関係ないことだ。触れることさえ避けていた。
しかし今日、主人公の登場によってイリーナの平穏は脅かされた。おそらくライラはイリーナに対して何か企みを抱いている。イリーナは帰宅した兄にそれとなく学園の様子を訊いてみることにした。
「兄様、学園の様子を教えて下さい」
無邪気に問いかければ、自分が通うはずだった学園に興味があると思われた。
「本来お前も通うはずだったからな。学園の様子が気になるのも当然だろう。なんでも俺に訊くといい」
「学園で困っていることはありますか?」
「なんなんだ? その質問は。学園では多くのことが学べて楽しいぞ。授業にもやりがいがあるし、先生方もみな尊敬出来る。アレンや友人たちと競い合うことで成長もするし、お前も早く通えるようになるといいな」
そう言ってイリーナの頭を撫でてきた。なんて模範的な解答だろう。しかしイリーナが知りたい情報ではなかった。
「ジークにも会ったぞ」
「ジークに!? 元気でしたか?」
「今のお前と同じことを言っていた」
懐かしい名前につい反応してしまったが、知りたいのはそれでもない。
「何か変わったことはありませんか?」
「変わったこと?」
「おかしなこととか、私のこと、誰かに訊かれませんでしたか?」
「そういえば、妙にしつこくお前のことを訊かれたことがある。最初に話しかけられたのは新入生の入学日で、それからもしつこくてな。確か名をライラと言ったか」
存在しないイリーナの手がかりはなんといっても兄オニキスだ。
「お前の友達だったのか?」
「いいえ。知らない子です。兄様は、なんて答えたんですか?」
「心配するな。お前は身体が弱くて学園には通えないと俺がしっかり伝えておいたぞ」
「そのライラという子は納得してくれましたか?」
「納得はしていないようだが、そう答える他ないだろう。俺は騙されていると言われたが、彼女を騙しているのはこちらの方だ。あまり強くは言えなかったよ」
「そうですか……」
「それよりもだ! お前の方こそ何もなかったのか!? 不審者に攫われそうになったと聞いたぞ。お前はその、可愛いからな。敷地内だからといって気を抜くなよ」
イリーナは頷くが、その不審者もライラである。彼女のことが気になって仕方がない。
「兄様、今日はアレン様は来ないですか?」
兄を問い詰めているのなら、婚約者候補であるアレンにも接触しているはずだ。
「アレンなら今日は来ないぞ。さすがに当番を任されまくっていたリオットがキレてな。今日ばかりは逃がさないと包囲網を張っていた」
予定さえなければアレンは授業が終わると毎日のように侯爵邸に足を運んでいる。リオットにとっては張り合う相手が不在で苛立ちは増しているはずだ。ゲームでの二人を知っているだけに憤るリオットが目に浮かぶ。
「必要なら今から呼ぶが? お前が会いたがっていると言えばすぐにでも駆けつけるだろう」
「そんなに急がなくていいですよ!? 明日、アレン様に会えたら伝えてもらえますか?」
「わかった。……なあ、イリーナ。まさか、お前もアレンのことを……?」
「兄様?」
「いや! いい。聞きたくない!」
この話題は止めようとオニキスは自ら会話を切り上げた。
「そうだイリーナ! 俺も魔法薬の授業を専攻したんだ!」
聞いてくれとオニキスはイリーナに詰め寄った。
確かアレンからも授業を選択したと聞いている。
「アレンに負けてはいられないからな。俺だけではなく、アレンに誘発されてリオットまで取り始めた。学園ではちょっとした人気の授業になっているぞ」
「それはいいことですね」
これはゲームとは違った変化なのかもしれない。こう言ってはなんだが魔法薬は学園の中でも人気がないものとして扱われている。きちんと学べば役に立つ授業だが、専門的な知識が多く、将来仕事にするような人しか履修することがない。だがアレンやオニキスが学ぶことで注目を集めているのなら良い変化と言える。
「お前ほど博識になるにはまだ時間がかかりそうだ。アレンはよくお前のことを褒めているが、実際に自分が学んでみると痛感する」
「アレン様が私をですか?」
「このところ空いた時間はお前の研究成果に目を通しているし、俺にまでお前の自慢をしてくるぞ。イリーナは素晴らしい魔女だってな」
「そんなことしてるんですか!?」
「兄だから知っていると言ってやったが、俺の知らない話までぺらぺらと……これではどちらが兄かわからないな。悔しいが、あいつは俺の知らないお前を知っていた」
それはきっと、オニキスが留守の間に培った時間だ。
~☆~★~☆~★~☆~
翌日にはオニキスから話を聞いたアレンが会いに来てくれた。それも授業が終わるなり急いで来てくれたらしい。
「イリーナ、君が俺に会いたがっていると聞いたが!」
「そうなんです。私、アレン様に訊きたいことがあって」
「なんでも答えよう」
「アレン様、学園で誰かに私のことを訊かれましたか?」
同じ質問をアレンにもすると、なんだか拍子抜けしていた。アレンにとってはわけのわからない質問でも、イリーナにとっては重要なことだ。
「学園か……。君も一緒に通えたら楽しかっただろうね。確かに新入生から君のことを教えてほしいと言われたよ」
「もしかしてライラですか?」
「知り合いだったのか?」
「いいえまったく! ただ、兄様もその子に私のことを訊かれたというので」
「オニキスも? なら侯爵家繋がりか……? いや、彼女は貴族ではなかったと思うが」
「アレン様は何を言われましたか?」
「君はどうして入学しないのか。何か知っているのか、どう思っているかってね。質問攻めだったよ」
アレンの顔には大変だったと書いてある。
「それで、アレン様はなんて答えたんですか!?」
「事情があって入学出来ないようだが婚約者のイリーナとは良好な関係を築いている。イリーナはとても素晴らしい女性だと答えておいた」
「まだ候補です!」
「はいはいそうだったね。まあそのライラという子も不満そうだったけど」
当然だ。悪役令嬢を褒める攻略対象なんて普通はいない。
「俺は騙されていると言っていたかな。だが君はこんなにも愛らしい。時間がある時は可能な限りともにいるようにしているし、先日は二人きりで買い物にも出かけた。とても良好な関係だ。少しも嘘偽りはないが、疑われるとは心外だ」
自分が主人公の立場であれば信じろと言われても難しい発言だ。イリーナがアレンに何かしているとしか思えない。本人が聞いても信じられないのだから。
(私が何かしたって思われてそう……)
それをライラは罪として裁きたいのだろうか。だとしてもどうやって?
「……アレン様。上手くは言えないのですが、気を付けて下さいね。たとえ学園でも、危険はありますから」
真剣なイリーナの様子にアレンも態度を改める。
「それは先日の校長との件に関わりがあるのか?」
「それは……」
アレンはイリーナを刺激しないよう、これまでその話題に触れることはなかった。思い出したくないというイリーナの気持ちを汲んでくれたのだろう。
「私にもわからないんです。ただ、心配で……」
ライラがイリーナ以外に危害を加えるとは思えないが、忠告だけは伝えておきたい。引きこもっている自分に出来る事は少ないけれど、心配することくらいは許されるはずだ。
「忠告感謝する。だがそれは君にも言えることだ。侯爵邸とはいえ、気をつけてくれ」
イリーナは不審者の情報を得ていたアレンによって逆に諭されていた。
(ライラ、何を考えているの?)
いずれにしろ、侯爵邸からは出ない方がいいだろう。




