23、突撃お宅訪問~主人公編
ファルマンとの遭遇には取り乱してしまったが、外出事件から戻ったイリーナはいつも通りの生活を送っていた。
あの時ファルマンが何を考えていたかはわからない。けれどここにいる限りは安全だと、イリーナは再び引きこもる決意を強くしていった。
(ファルマンとは六歳の誕生日に顔を合わせている。だから幼女の私にイリーナの面影を見ても不思議はない。親戚の子かと思ったのかもしれないし、考え過ぎ、よね……?)
だから慌てず騒がず。いつも通りに過ごそうと決めた。
「良い天気なんだから、薬草の手入れに行かないと!」
かつてはこの屋敷で働いていたジークも学園に通うため屋敷を離れている。裏庭での薬草栽培は幼くなってもイリーナの仕事だ。一人で世話をしているとジークの有り難さが身に染みる。この身体だと雑草取りも大変だ。
イリーナは小さな手で草をむしり雑草の山を作りあげていく。知識がない人に任せると間違って大切なものまで抜きかねないのでイリーナの孤独な作業となっている。
「水をやろうにもこの身体だと上手く魔法をコントロール出来ないんだよね」
薬草は繊細だ。水は魔法で出せるがコントロールが難しく、強すぎては葉が傷んでしまう。かといって弱いと水量が足りず、複雑な調整をするよりも結局自分で水を運ぶのが一番らくなのだ。
「それにしても今日は本当に良い天気で……ん?」
太陽の眩しさに手をかざしたはずが、イリーナの顔に影が差す。
(雲?)
のんきに構えていると急に辺りが騒がしくなった。
「そこ、どいて!!」
「え……?」
身体を覆う影は瞬く間に大きくなり、イリーナは空を見上げた。
――少女がイリーナめがけて降ってくる。
「うそぉ!?」
間一髪で避けたイリーナは尻もちをついた。降ってきた人物もイリーナを避けようとしたことで着地に失敗し派手に転んでいる。
「い、たたっ……」
身体を起こした少女はイリーナの無事を確認するなりほっとしていた。
「良かった! 可愛い女の子を潰さずにすんだ!」
「あ、なたっ!」
「裏庭だったら誰もいないだろうってその辺の木から飛んでみたけど、コントロール難し過ぎ。しかも女の子がいるなんて聞いてないし!」
あれこれ文句を言う少女もイリーナから見れば可愛い女の子だ。バザーの日に見かけたベージュの髪に、新しさを感じる魔法学園の制服は転んだせいで土に汚れている。イリーナはそんな彼女の名前を知っていた。
(なんでライラがここに!?)
今度こそ目の前にいるのは乙女ゲームの主人公ライラだった。
(お、落ち着いて、私は幼女なんだから!)
同じ確認を先日から何度もしている。
「そうだ、貴女大丈夫!?」
ライラは尻もちをついて固まるイリーナを助けようと近付く。しかし彼女の目には映っていないのか、今にも薬草を踏みつけそうだった。
「危ない!」
イリーナは夢中で叫んだ。声を荒げると驚いたライラの足が止まる。
「な、何!?」
「それ貴重な毒草!」
「毒草!?」
ライラは全身で飛び退いた。
(良かった。大切に育てた毒草は無事ね。それ高いんだから!)
イリーナの研究で役立つ植物の一つで大切に育てたものだ。しかしライラにとってイリーナの行動は毒草から守るためのものとして映ったらしい。
「ありがとう! 私のことを助けてくれたのね! それに小さいのに物知り。偉いねー」
ライラが笑顔で頭を撫でてくる。
(なんで私、主人公に頭撫でられてるんだろう……)
「あれ? 貴女……」
何かに気付いたライラが手を止め、じっくりとイリーナの顔を覗き込んできた。
(まずい、イリーナだってばれた!?)
「な、なあに? お姉ちゃん……」
焦るイリーナは幼女スマイル総動員で対応に当たった。
「近くで見るとやっぱり可愛い!」
ぎゅっと抱きしめられたイリーナはさらなるパニックに陥った。
(そ、そうよ、これが私の薬の実力よ! ぜんぜん、ちっとも悪役令嬢ってばれてないし! やっぱり幼女が悪役令嬢なんて誰も思わないんだわ!)
内心では汗をかいていたが、自分を褒めることで心を強く保とうとした。
「ねえ名前は? 私はライラ。貴女は?」
「いっ、……リナ」
素直に名乗ってどうする。答えてから、あまりに安易だったのではと後悔した。
「リナちゃんかー。このお屋敷の子?」
「庭師の娘なの!」
イリーナはジークの設定を借りてやり過ごすことにした。
「そうなんだ。ねえ、リナちゃんは……ああっ!?」
(さすがにイリーナだってばれた!?)
何か言葉を間違えただろうか。ライラの驚きは凄まじい。かと思えばライラはイリーナの手を掬い上げた。
「こんなに小さな手が土まみれに……リナちゃん、一人で草むしりさせられてるの? 毒草の栽培までさせられるなんて……イリーナね?」
ライラの鋭い眼差しがイリーナを射貫いた。
(ひえっ! やっぱりばれてる!?)
「あの女に命令されてるんでしょ?」
「命令? あの女?」
「私、全部知ってるの。だから隠さなくていいわ。あの女、イリーナよ」
(わ、私?)
「あの女、学園に来ないと思ったらこんなところで幼女に毒草を栽培させて。さすがは悪役令嬢、やることが陰湿で非道よ!」
イリーナを悪役令嬢と言い切るライラはおそらく転生者だ。ただしどういった意図があるのかはまだ読めない。
(登校してこないから心配して訪ねてきた、とか!)
「心配しないで、私が貴女を助けてあげる。私ね、イリーナを引きずり出して罪を償わせるつもりなの。今日はその様子見に来たんだけど、まさかこんな酷いことが行われていたなんて!」
(え――……)
これで確定してしまった。主人公ライラは転生者で悪役令嬢イリーナを敵視している。つまりイリーナの敵だ。
「私もあの女のせいで迷惑してるんだよ〜」
だから私たちは仲間だよとライラはイリーナ(本人)に訴えた。
「そ、そうなの?」
声は裏返っていないだろうか。緊張しながらもイリーナは質問してみることにした。ライラはよほど思うところがあるのか大きく頷く。
「そうなの! 苦労してるんだよ、本当に……。だからリナちゃんも諦めないで! 今に私がこの生活から救ってあげる。どうせイリーナは部屋でふんぞり返って贅沢三昧。使用人をこき使って、いびってるんでしょう? あ! 病弱なんて言われてるけど、本当は人前に出られない姿になってるのかも。リナちゃん、何か知らない?」
(遠からずも当たってる! 悪役令嬢、幼女になってる!)
しかしどこから誤解だと言えばいいのか、すでにツッコミが追いつかない。だがここで名乗りを上げるつもりはない。
「し、知らない、けど……イリーナお姉ちゃんも、そんなに悪い人じゃ……」
「リナちゃん!」
「はいっ!?」
「いくら雇い主の娘だからって無理しなくていいんだよ! リナちゃんだって本当はこんなことしなくていいの。危険な毒草を育てることも、全部しなくていいんだよ!」
(全部自主的にやってるんですけど!?)
思い込みが激しいというか誤解が過ぎる。しかしイリーナの声が届くことはない。
「お嬢様ー、こちらですか? お嬢様ー!」
「タバサ!?」
遠くからタバサの自分を探す声がする。ここで薬草を栽培していることは知られているので、いずれ奥まで足を運ぶだろう。
「やばっ!」
ライラは逃げようと身構えたが、とっさには魔法が使えないらしい。飛び越えて来た侯爵邸の塀をよじ登ろうとしている。
「ごめん、リナちゃん! 今は騒ぎを多くするわけにはいかないの。辛いかもしれないけど、もう少しここで頑張れる?」
辛いも何も、ここはイリーナにとっての楽園だ。それを脅かしに来たのはライラである。
「必ず私が悪役令嬢を断罪して助けてあげるからね!」
救い出すも何も本人だ。塀をよじ登る姿にイリーナは言った。
「私、そんなこと望んでないから――って一番大事なとこ最後まで聞いてって!?」
ライラの姿はタバサが現れる前には消えていた。不格好ではあるけれど、なんて見事な撤収だろう。
「お嬢様、こちらでしたか。お嬢様?」
「タバサ……」
わなわなと震えながらイリーナは叫ぶ。
「不審者ー!」
「なんですって!?」
イリーナが見つめる先と、その間に割り込んだタバサは素早く辺りを警戒する。イリーナを抱き上げると屋敷へ走りながら知らせを告げた。
「誰か、誰か! すぐに伝令を! 不審者が出ました! お嬢様が誘拐されそうに、すぐに屋敷の警備体制を強化する必要があります!」
その日から侯爵邸の警備体制は一新され、厳戒態勢が敷かれることとなる。二度と主人公の侵入を許しはしない。




