21、アレンとショッピング
アレンの片腕に腰を落ち着けたイリーナは彼の首に腕を回す。これでは兄妹というより親子のようだ。
しかし抱き上げられたことで確かに店は覗きやすくなっている。十七歳だった頃よりも高い目線に、これがアレンの見ている景色かと新鮮に映った。
当初は抱き上げられて店を回るなんて絶対に無理だと思っていたが、いつしかイリーナは遠慮なくアレンへ指示を飛ばしている。
「アレン様、あそこ! 次はあの本が並んでいるお店に行きたいです!」
「了解だ」
遠慮していては一日が終わってしまう。あんなに嫌がっていたはずなのに、目の前にある宝の山にイリーナはすっかり夢中になっていた。
傍で聞こえた笑い声に横を見ると、紫水晶の瞳と視線が重なる。
「なんですか? アレン様」
「こんなに傍で君の笑顔を見るのは初めてだと思ってね」
「私がいつも不愛想みたいじゃないですか」
「違ったかな?」
「ちがっ! ……わないですけど」
「君が楽しそうで何よりだ」
反論出来ずに悔しいけれど、アレンの言う通りだ。
(あれほど怖がっていたのに不思議。思ったより怖くないかも)
こんな時間が続くのなら、たまには屋敷の外に出てもいいかもしれない。そんな風に前向きに考えられるようになっていく。
「何か食べたいものはあるか?」
あちこち見て回ったところでアレンが提案する。空腹というわけではないが、ずっと自分を抱えているアレンは疲れているだろう。彼のためにもどこかで休憩したいとイリーナは周囲を見渡した。
(どこかに座る場所はないかな……)
けれどイリーナが視線を向けた先で見つけたのは少女の後ろ姿だった。魔法学園の制服に、明るいベージュの髪が歩くたびに揺れている。
「アレン様隠れて!」
焦った様子のイリーナにアレンは何を言うでもなく建物の影に身を潜めた。
あれが主人公ライラであるという確証はないが、後ろ姿はそっくりだ。学園最寄りの町なのだから、主人公が立ち寄っていてもおかしくはない。
「どうしたんだ?」
いくらか落ち着いたことを確認してからアレンが小さく声を発した。
「知り合いに似た人がいたんです」
イリーナはもう一度彼女がいた方を覗いた。けれどもう一度その姿を見つけることは叶わない。
(やっぱり気のせいだったのかな……それによく考えたら私は幼女なんだから、隠れる必要なかったよね!?)
とっさのことに隠れてしまったが、見られたところで問題はないだろう。むしろ建物の影から様子を窺うこの状況の方が怪しい。
(あ……!)
声を潜めて様子を窺うイリーナは、自分たちが周囲から注目を集めていることに気付く。ライラ(仮)からは捕捉されない位置でも反対側からはただの怪しい二人組だ。
これはいけないとイリーナはアレンに目配せをする。アレンはこくりと頷いた。
「父様! 早く行きましょう。次は飴細工を買って下さいね!」
「任せておけ。好きな物をプレゼントしよう」
「えへへ~」
朗らかに笑う娘。
「ははっーー」
爽快な笑みを見せる父。
(これで完璧な親子だよね!)
少し前に親子みたいと考えていたせいか、とっさに飛び出したのが親子設定だった。しかしアレンは機転を利かせて話を合わせてくれる。周囲からはなんだ親子かという眼差しが向けられ、無事に誤解は解けたようだ。
「今のうちに行きましょう。……アレン様?」
反応がないアレンは何か考え込んでいる。
「どうしたんですか?」
「いや、君との間に子どもがいたらこんな感じなのかと思ってね」
「真面目な顔して何考えてたんですか!?」
「君との子はさぞ可愛いだろうね。将来の良い練習になった」
「話聞いてました!?」
「聞いていたとも。腹が減っただろう? 何か食べたいものはあるかな」
「そうじゃなくて……」
条件反射でお腹は空いていないと言おうとしたが、アレンには休憩が必要だと考えたばかりだ。疲れたかと訊いてもプライドの高いアレンが素直に頷くことはないだろう。ならば自分が幼女を演じることでアレンに休憩を与えなければ。
イリーナはもう一度辺りを見回す。
「アレン様。私、あのリンゴ飴が食べたいです」
飴細工はとっさに口から出た言葉ではあるが、人気の店なのか列が出来ていた。
「私、あそこのベンチで待っていますね」
「いや、やはり一緒にいた方が」
「大丈夫ですよ。お互いの姿は見える位置ですし、疲れたので座っていたいです。ちゃんといい子で待っていられますよ!」
ベンチを指差すとアレンは頷き、急いで屋台へと向かってくれた。王子を使いに走らせるなんてそれだけで贅沢だ。ずっと気を張っているアレンのためにも手を離す時間を作ってあげたい。
(それにしてもアレン様、手馴れてるよね。学園から家まで走ってきたとか言うこともあるし、もしかしてよく町を歩いてる?)
ここまで引きこもりのイリーナより明らかに経験豊富だった。
たくさんの閲覧、お気に入り、評価、感想、ありがとうございます。




