20、幼女のお出かけ
両親に許可を取り、外に出るための支度を手伝ってもらう。母は自信満々にドレスを選び、父はお小遣いをくれた。タバサは留守にしているが、アレンと外出すると言えばみんなが張り切って支度を手伝ってくれた。
「その格好も可愛いね」
先に待っていたアレンはイリーナに気付くなり褒めてくれる。母やメイドたちから褒められるのとはまた違った気分だ。
「イリーナ」
見るとアレンが手を差し伸べている。手を繋ごうという意図に気づくのに時間はかからなかった。
「平気です。私、子どもじゃありません」
「その格好で言われても説得力はないが」
「くっ!」
誰がどう見ても子どもの姿だとまたも思い知らされた。
「迷子になってはいけない」
「なりませんよ!?」
どこまで子どもだと思われているのだろう。
「本当に?」
「本当です!」
イリーナは胸を張って屋敷の外へ飛び出した。いっそアレンを置き去りにしてやる勢いで門までたどり着くが、そこでぴたりと立ち止まる。
「イリーナ?」
追いついたアレンは動こうとしないイリーナを不審がった。
(そういえば私、お屋敷の外に出るの引きこもってから初めてだ……)
この世界のイリーナの記憶は六歳で止まっている。その止まった記憶も馬車の中から眺めたものばかりで、侯爵邸から一歩外へ出れば知らない場所にいるようだった。
アレンには啖呵を切ってしまったが、彼とはぐれて本当に一人で家まで帰れるだろうか。改めて引きこもっていた時間の長さを感じた。
アレンは緊張するイリーナの小さな手を握った。
「アレン様?」
「俺はこの家の大切なお姫様を任されている」
だから手を繋ぐことを譲るつもりはないと言うのか。
「少し町まで行くだけですよ?」
「それでも君に何かあれば黙っていない人が大勢いる。バートリス侯爵に夫人、オニキス、それからタバサに、この家の人間全てが君の身を案じている。今日だって、外に出ると言ったらみな喜んでいただろう?」
「はい……」
娘の自発的な外出希望に両親は手放しで喜んでくれた。アレンが一緒なら心配はないと送り出し、楽しんでくるようにと言われている。タバサはこの場にはいないが、きっと彼女もイリーナの変化を喜んだだろう。
「同行したいと申し出たバートリス侯爵には頼み込んで君と二人での外出許可を頂いた。信頼して君を任せてくれた侯爵のためにも、俺は君を無事家まで送り届ける義務がある。俺の身の安全のためにも万全を期して護衛にあたらせてくれないか?」
アレンは外の世界に怖気付いたイリーナを元気付けようとしていた。今度こそ、イリーナは握られた手に力を込めてゆっくりと歩き出す。一人でないとわかれば一歩も踏み出しやすかった。
「俺たちは周囲からどう見えているだろうね」
「兄妹だと思います」
少なくとも友人や恋人には見えない。だからこれはデートではないと、イリーナは繰り返しこの場にはいない主人公に向け念じていた。
~☆~★~☆~★~☆~
ところがイリーナは古物バザーの会場に着くなり不安を忘れて目を輝かせる。この世界は魔法のある世界。侯爵邸ではあまり意識することはないが、外に出れば町は不思議にあふれていた。
ひらひらとどこからともなく現れた蝶がイリーナの周囲を飛び回る。けれど髪飾りのように止まると煙のように姿を消してしまう。
小鳥を形どる雲は空のキャンパスに漂い、子どもたちの注目を集めている。猫の鳴き声に耳を傾けると人形が店番を手伝っていた。
店主たちはそうして客の注目を集めている。イリーナもその一人となって演出の虜になっていた。バザーは物を売り買いするだけでなく、人々を楽しませるものでもあるらしい。
そんなファンタジーな町並みを舞台に様々な店が顔を揃えている。年代物の骨董品を扱う店や、異国の香りを漂わせる店。時代を感じさせるアンティークに、イリーナが目当てとしている魔法書の店もある。
「凄い……!」
外の世界にある魅力をイリーナは今日まで忘れていた。怖いとばかり思っていた外には魔法の輝きがあふれている。
そんなイリーナの表情を見てアレンは満足そうに微笑んだ。
「お気に召したかな?」
「とても!」
そう言って離れそうになるイリーナの手を再度アレンが捕まえる。
「待て。抱き上げよう」
「はい!?」
幼女化しても元は十七歳だ。普通に恥じらいは持ち合わせている。
「その身体では台の上まで見えないだろう? 人混みを避けるのにも苦労する。転んで怪我をしてもいけない」
アレンの言うことは間違っていない。
(間違ってはいないけど!)
本当に本当に、知り合いに見つかりませんようにとイリーナは心の底から祈った。




