13、幼女のふりもらくじゃない!
一方、オリガに連れ出されたイリーナは衣装部屋で着せ替え人形と化していた。連れてこられてからというもの、ファッションショーが終わらない。それもタバサを含めたメイドが総動員されていた。
「さあイリーナちゃん。次はこれを着てみてちょうだい!」
普段よりも明るいオリガの声に、こんなにもテンションの高い母を見たのは初めてだとイリーナは圧倒されていた。
「奥様、このフリルたっぷりのピンクのドレス、着れば可愛らしいこと間違いなしですよ!」
「あら、いいわね」
「奥様、こちらもお勧めです! 青いドレスを着せることによって、幼さの中に清楚さと愛らしさが生まれます!」
「素晴らしいわ」
一人一人の勧めるドレスに熱い感想を返しては試着が行われるため終わりが見えない。クローゼットにはまだ袖を通していないドレスが見え隠れしている。
一体何着あるんだろう……遠い目をするのは渦中の幼女である。イリーナはドレスよりも貴重な薬品生成の素材にときめく体質になってしまった。
(みんな元気だなー……というかイリーナちゃんて何!?)
生まれてから、〜ちゃんなどと愛らしく呼ばれた記憶はない。
「イリーナちゃんはどれがいいかしら?」
ぐいと詰め寄られたイリーナは逃げ腰で答えた。
「私は、母様が選んでくれたものなら、どれでも……」
「まあ、嬉しいことを言ってくれるのね。けど責任重大だわ。どれにしようかしら……」
目移りするオリガにどれでもいいですと呟いてみるが届かない。
「私ね、イリーナに着てほしい服がたくさんあるのよ」
「そうなんですか?」
「貴女はこのくらいの年齢から部屋にこもるようになったでしょう。作らせたまま袖を通していない服がたくさんあるのよ。しまっておいたのだけど、まさか着てもらえる日が来るとは思わなかったわ。だから私……」
「母様?」
「こんなことを言ってはあの人には怒られるわね。イリーナには酷い母親だとがっかりさせてしまうかもしれないけれど、少しだけ……あの頃が戻ってきたようで嬉しいの。私、娘と過ごせなかった時間の大切さを貴女が大きくなってから思い知ったわ」
「母様……」
(そんなこと言われちゃうとそろそろ一時間経ちますよって言い難いんだけど……)
この騒動は二人を待ちわびたローレンとオニキスが部屋を覗きにくるまで続いた。イリーナには最後まで母を止めることが出来なかったのだ。
「母さん。あまり時間をかけてはイリーナが腹をすかせてしまうのでは?」
オニキスの提案に便乗してイリーナが切なそうな表情を向ければ効果は抜群だった。
「大変! イリーナちゃん、お腹をすかせているのね!? 食事の支度を急がせるのよ!」
「いや、母さんが着替えに時間を」
「私がなんですって?」
「あ、いや、はい……」
オニキスは思った。こんな風に母からきつい言葉を浴びせられたのは初めてかもしれない。それは傍で止めに入ろうとしていた父も同じらしく、結局もう一時間待たされることになってしまった。
~☆~★~☆~★~☆~
家族四人で食卓を囲む。そんな当たり前のことがバートリス家では考えられないことだった。
食事の支度が整う頃にはイリーナ用の子ども椅子が用意され、一人で座って食べられるようになっている。しかし母との距離は近く、きちんと食べられるか心配されていた。ひとりでフォークもナイフも使えるが、つきっきりで食べさせようとしてくるのだ。
父は食事をしながら珍しいものを見るようにこちらを眺めている。断じて見世物ではない。兄も何か言いたそうにちらちらと視線を寄越してくる。
(家族の食事ってこんなだっけ!?)
久しく触れていないだけに戸惑うイリーナであった。
「ん、んんっ! 確かイリーナはにんじんが嫌いだったな」
わざとらしく咳払いをしたオニキスが注意を引いて切り出す。
(そういえば昔、にんじんを食べられなくて喧嘩したんだよね)
イリーナはにんじんくらい食べられなくても困らないと言い、オニキスはそんな妹に呆れていた。
けれど前世の記憶をとりもどしたイリーナにとってにんじんは脅威ではなく、むしろ好きな方だ。
「もう食べられます」
「いや、無理して食べるのは良くないぞ」
(え……なんか、対応甘くない?)
以前は喧嘩腰になっていたはずだ。
「大丈夫です。食べられます」
イリーナは母に頼んで口元に運んでもらうと、普通に食べただけだというのにオニキスは笑顔でイリーナを褒めちぎった。
「イリーナは偉いな!」
この人は本当にあの兄だろうか。無表情で冷たくイリーナを見下ろしていた、あの兄だろうか。
「頑張ったな、イリーナ。褒美に私の苺をやろうか?」
(父様もそういうこと言えるんだ!?)
一応、礼は言うべきだろうか。
「ありがとうございます。父様」
「父さん! 俺がイリーナに苺を渡すつもりだったんです。感謝されるのは俺だったはずなのに、抜け駆けですか」
「何のことだ。私はただ、真に喜ぶ者が食べるべきだと思っただけだ」
「二人とも! 大人しく食事は出来ないのですか。イリーナちゃんが困っているでしょう」
オリガの一喝により不毛な睨みあいに終止符が打たれる。そしてとびきり甘い声で彼女は言った。
「イリーナちゃんには私の苺をあげますからね~」
「母さん……」
「オリガ……」
二人のため息が部屋に響き、イリーナの皿には苺の山が出来た。
~☆~★~☆~★~☆~
食事を終えたイリーナはようやく一人で部屋に戻ることを許された。オリガはもちろん、オニキスまでもがイリーナの挙動を気にしてくるので子どものふりも楽じゃない。一人で眠れるかとまで心配されたが、一人で寝かせてほしいと頼み込んだくらいだ。
「やっと自由がもらえた……」
幼女化がこんなにも疲弊するものだとは思わなかった。
ベッドに倒れ込んだイリーナは自身の手足の短さを改めて実感する。いつも使用している半分ほどしか使っていない。
「本当に小さくなったんだ」
興奮して眠れないのか目が冴えている。そんな時は新しい研究に意識を向けるのが一番だ。
「あれ? 私、研究室の明かり消したっけ?」
眠るどころか些細なことが気になりだしてしまったイリーナはベッドを抜け出し研究室へと向かった。
研究室は元倉庫なので屋敷の奥にある。両親たちはイリーナが騒ぎを起こすまで、そこが研究室に改造されていることを知らずにいたほどだ。
僅かに開いた扉から漏れる明かりは消し忘れを意味している。戻ってきて良かったとイリーナは扉を開けるが、先客がいたらしい。
「父様!?」
手元の資料から視線を上げたローレンも娘の登場に驚いていた。ローレンが手にしているのはイリーナの研究成果をまとめたもので、どうやらそれを読んでいたらしい。
「父様、それ……」
「勝手に済まない。どこかにお前が元に戻る手がかりがあるのではと思ってな」
「探してくれたんですか?」
明日も仕事があるのに夜遅くまで、それも一人で資料に目を通してくれていた。破棄した身としては申し訳ないばかりだ。
「何も得られはしなかったがな。情けない話だが、私ではお前の域には届かない。お前は……」
険しかった資料を眺める眼差しがイリーナに向けられて優しくなる。
「お前はこんなにも魔法の才を秘めていたのだな」
「父様?」
父親から褒められた。それを理解はしているが、どうも頭が現実として受け止めきれていないらしい。
「すまなかった。イリーナ」
「どうして父様が謝るんですか?」
「私はお前のことを何も知らずにいた。お前が部屋に閉じこもってから、私は落胆したんだ。随分と臆病な子に育ってしまったとな。それも私たちが過度な期待を押し付けすぎたせいだと後悔した。だから好きにさせてやろうと思ったんだ」
そんな風に、考えてくれていたのか。
「だが実際はどうだ。この部屋の存在を知らされて驚いた。お前はこんなにも素晴らしい魔女だった」
「父様、褒めすぎですよ」
「我が子の成長を褒めて何が悪い。私は誇らしい。お前という娘がな」
優しく笑うローレンを前に、イリーナは信じられないものを目にしている気分だ。
「それに……食事中も思っていたが、お前はこんなにも愛らしかったのだな。もっとあの頃のお前と向き合えていればと悔いるばかりだ。まさかこのような形で願いが叶うとは思わなかったが……。ところでお前はこんな時間にどうした?」
「明かりを消し忘れていたことを思い出しました」
「それなら私が消しておくから安心するといい。子どもは寝る時間だ。早くお休み」
「はーい……」
幼女スマイルで部屋を出ようとすると、ローレンはぎこちなく手まで振ってくる。
(何、みんなどうしちゃったの!? 何かおかしなもの食べた!?)
幼女になったその日からイリーナの生活は一変した。みんながイリーナを構うようになったのだ。
次回はアレンサイドのお話になります。
今日中に更新の予定です。またお付き合いいただけましたら幸いです。




