ざる蕎麦と天ぷら
「ーーーというわけで、今日は天ざるを作ります。まずは天ぷらの仕込みからいきましょう。」
集音マイクとカメラが置かれ、照明が照らす部屋の中で、僕はいま上半身裸にエプロンを掛け、カラーゴーグル付きのジェットヘルメットを被っている。
撮影場所はキッチン。
目の前には天ぷらの具材が並んでいた。
車エビ、とうもろこし、枝豆、玉ねぎ、南瓜、茄子、鱚。
「車エビを開いて背ワタを取る方法もありますが、今回は天ぷらなので開かず背ワタだけ取ります。まずは殻を剥いて……」
鮮度の良い車エビの殻を剥き、体の真ん中辺りに爪楊枝を差し込んで背ワタを抜き取る。
全ての個体の背ワタを抜き取った後、とうもろこしを桂剥きにした。
「枝豆は玉ねぎと一緒にかき揚げにするので、中身を全て取り出します。」
莢に入った枝豆も次々と押し出していき、次いで玉ねぎを薄切りにしていく。
玉ねぎはあらかじめ冷蔵庫で暫く冷やしておき、切った時に目に滲みないようにしていた。
水に浸けながら切る方法もあるが、天ぷらにする場合はあまり水分を含ませない方が良い為、冷やしておいたのだ。
「南瓜は薄切りに、茄子はヘタを落として半分に切り、切れ目を入れて末広ナスにします。」
最後に残ったのは今が旬の鱚。
知り合いの漁師に連絡を取り、釣ったばかりのものをすぐに送ってもらった新鮮な鱚だ。
「まずは鱗を取って頭を落とします。鱚くらいのサイズの魚なら、鱗掻きを使うより包丁で取っちゃった方が早いですね。包丁の背で刮ぎ取って……エラの下から入れて頭を落とします。」
更に腹を割って内臓を取り出していく。
「内臓を取ったら腹の中を水で綺麗に洗います。ここで骨についている血合いをしっかり落としておきましょう。」
内臓や血合いを洗い落とした鱚を、敷いたキッチンペーパーの上に置く。
「水気をよーく拭き取って……鱚を開いて骨を取り除きます。残った腹骨も取って、鱚の仕込みの完成です。」
「具材の仕込みが全てできたら、油を温めながら粉を用意しましょう。」
鍋に菜種油と胡麻油をブレンドしたものを入れて火を通す。
更に後の事を考え、もう一つの鍋に水を多めに入れてこちらにも火をつけた。
「卵と冷水で卵水を作り、これに粉をふるい入れます。そして混ぜすぎないように、菜箸でさっくりと混ぜ合わせましょう。混ぜすぎると揚げた時にサクサクにならないので、ダマがあっても気にしないで下さいねー。」
半分ほどがダマの状態で箸を止めた。
ここで大事なのは混ぜすぎない事と、卵水の水はよく冷やしておく事。
これが天ぷらの食感を良くしてくれるんだ。
「油が温まるまでに打ち粉の用意もしておきましょう。揚げてる時に衣がはがれたら悲しいですからね、プロの人でもなければ、打ち粉はした方が良いですよ。」
油が温まったところで、揚げの工程に入る。
具材に打ち粉をつけ、粉に潜らせて油に投入する。
火を通し過ぎないように、目と耳を澄ませて集中する。
「天ぷらは取り出すタイミングが重要です。泡の大きさと音が変わった瞬間をよく見極めて…あっつぅ!?」
偉そうに講釈しているところに油が跳ねて、剥き出しの上腕に飛沫がかかる。
「くぅぅ……しっかり水分は取っておいたはずなんだけど……こういう事もあるので、揚げ物の際は気をつけて下さいね。」
油のかかったところを摩りながらそう言った。
揚げたものはバットに敷いた網の上に置く。
キッチンペーパーに置く人もいるが、時間が経つとペーパーに染み込んだ油が、逆に具材に戻ってしまう事もある為、僕はいつも網で油を切るようにしている。
何だかんだで全ての具材を揚げ終えた。
「揚げ物を終えたら次は蕎麦ですが、ここはスピード勝負です。折角の天ぷらが冷えてしまう前に素早く蕎麦を茹でていきましょう。天ぷらも蕎麦も、出来立てが1番ですからね。」
水を入れた鍋の火力を上げ、グラグラ沸騰させる。
「蕎麦を茹でる時には、多量の水を沸騰させましょう。水が少ないと美味しく仕上がりません。1人分の麺でも、大きめの鍋で4リットルくらいの水を沸かして下さい。」
沸騰したところで蕎麦を入れる。
今日使うのは生麺だ。
麺を入れると一時的に温度が下がるが、高火力ですぐに沸騰させる。
「蕎麦を入れた後に再度沸騰したら、差し水のタイミングです。差し水の後にもう一度沸騰したら、麺を取り出して冷やしましょう。」
茹で上がった麺をざるに上げ、水洗いする。
最後に氷水でしめて、またざるに上げてしっかり水を切る。
簀を敷いた器に蕎麦を盛り、あらかじめ作っておいたつゆを用意したら、完成だ。
「ーーーという事で、今回の動画はここまで。また次の動画でお会いしましょう。」
締めの挨拶を終え、カメラを止めてジェットヘルメットを脱いだ。
「ふぅ……今日の天ぷらは良い出来だったなぁ。お腹いっぱいだよ。」
息を零しながらリビングのソファでぐったりとする。
1分ほど脱力した後、立ち上がってエプロンを脱いだ。
「シャワー浴びよう。その後は……寝るまでは編集作業だ。あっ、明日は先生のお弁当作らないと。何にしよっかな。」
冴木先生の笑顔を思い浮かべながら、僕は浴室へ向かった。




