貴女と出会えて
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
「1学期お疲れ様、長谷川君。」
「先生もお疲れ様でした。」
終業式の夜、僕と先生は僕の家で夕食を共にしていた。
互いに数ヶ月間の労を労って乾杯する。
カップの中はお茶なんだけどね。
「明日からようやく夏休みね。」
「ですね。先生は普通に仕事なんですか?」
「そうよ。勤務時間も通常と変わらないわ。」
「大変ですねぇ…」
「社会人ですもの。長谷川君もいずれこうなるわ。」
「うへぇ……」
働きたくないでござる。
でも某チューバーを主職業にするのも不安だしなぁ。
「そういえば、先生っていつから教師を目指してたんですか?」
「大学生の時ね。両親に内緒で教職課程を履修したのよ。」
唐突な話題にも素直に答えてくれる冴木先生。
しかしその言葉は意外なものだった。
「内緒でって……どうしてです?」
首を傾げて問うと、先生はクスッと笑った。
可愛い。
「それまで親の言いなりになっていた無知な小娘の、ささやかな反抗といったところかしら。」
自嘲するような言葉だが、先生は楽しげに笑っていた。
「言いなり…ですか。」
「私の家は古くからある名家でね……自分で言うのも何だけど、上流階級で過保護に育てられたのよ。」
「はぁ…なるほど。」
冴木先生にどことなく上品な空気があるのはそのせいか。
「私の父は国会議員で母は旧華族の生まれ。長男は父を追って議員になって、次男は医師になったわ。」
「す、凄い家庭ですね……というか、お兄さんがいらっしゃるんですか。」
「えぇ、兄が2人ね。私は3人兄妹の末っ子なの。」
意外……だと思ったけどよく考えたらわかる気もする。
人に甘えたくないという意思を感じる事もあるが、甘え上手なのも冴木先生だ。
「それで、先生もそういうエリート的な仕事に就く予定だったんですか?」
言いなり…反抗…そんな言葉からストーリーを予想したが、どうやら当たっていたらしい。
先生はコクンと頷いた。
「両親は私を法曹にしたかったようで、大学は法学部に進学させられたわ。」
法曹っていうと、裁判官とか弁護士とかか。
先生に似合いそうだ。
異議ありとか言ってほしい。
「けれど私が勝手に教職課程を履修して、この道に進んだの。」
「お、怒られなかったんですか…?」
恐る恐る問いかけると、先生は小さく微笑んだ。
「勿論怒られたわ。親とあんな喧嘩をしたのはあの1度きりね。」
「よく許してもらえましたね。」
「兄2人が味方してくれたの。それに、母も途中から私の意思を尊重してくれたし。」
「なるほど…」
最後まで反対してたのはお父さんって事か。
「最終的に、認めてくれないなら家を捨てるって言ったら、渋々だけれど父も認めてくれたわ。」
「そんな事言ったんですか…」
普段の先生からは想像つかないな。
それだけ情熱があったんだろうか。
「私自身、親に反抗するのなんて初めてで、熱くなりすぎてたのよ。実際に教師になってからは上手くいかない事ばかりで、たまに後悔する時もあるけれど。」
先生のほんのり悲しげな表情に、僕は息を飲んだ。
「…ごめんなさい、教師にならなければなんて、生徒の前で言って良い事ではなかったわ。駄目な先生ね。」
僕が目を見開いているのを見て、先生が苦笑いしながらそう言った。
その顔を見ていると、胸が締め付けられるような嫌な感じがした。
「……別に良いんじゃないですか。」
深い考えはなかった。
ただ思うままに口を開いた。
「僕は確かに先生の教え子ですけど、友達でもあります。友達に愚痴を溢すくらい、おかしな事じゃないですよ。」
「それは……そうだけれど。」
「むしろ嬉しかったですよ。こんな風に本心を打ち明けてもらえて。先生に信頼してもらえてるんだなって感じがします。」
僕の言葉に、先生が目を丸くした。
「でも、1つだけ言わせてもらっても良いですか?」
「な、何かしら…?」
「教師にならなければ…と思うのは先生の本心でしょうから、僕はそれを否定しません。でも、僕は先生が教師になってくれて良かったと思ってますよ。」
「…どう、して?」
「僕が、先生に会えたからです。」
「っ……」
先生が息を飲んで目を見開く。
「先生に会えて良かったです。先生にご飯を食べてもらえて、美味しいって言ってもらえて、先生の笑顔を見られて良かったです。先生と友達になれて…良かったです。」
「長谷川…君。」
「それから……先生は、絶対に駄目な先生なんかじゃないです。それだけは全力で否定します。きっと僕だけじゃなくて、学校の皆もそう思ってます。」
「そう…かしら。」
先生の瞳が潤む。
きっとこの人は、とことん自分に自信がないんだと思う。
自分が駄目な人間だと思っているのに、それを他人に見せるのが嫌で、冷たいフリをしてるんだ。
「間違いありませんよ。先生の真面目さも優しさも、きっと伝わってます。」
少しずつではあるかもしれない。
わかりにくいのは間違いない。
それでもきっと伝わっているはずだ。
だって本当のこの人は、こんなに可愛い人なんだから。
「……ありがとう、長谷川君。私、その………凄く、嬉しいわ。」
涙目で恥ずかしそうに笑う先生はやっぱり可愛くて、でも綺麗で。
これからもこの人と一緒にいたいと、心からそう思った。




