体育祭 中編
障害物競走のコーススタート地点。
そこには6人の2年女子が並んでいた。
1番内側で準備運動のつもりなのか、手足をプラプラさせているのが、我が蒼雲高校の小動物アイドルこと泰野さんである。
ちょっと背の高い小学生が奇妙なダンスを踊っているようにしか見えないが、その体格に似合わない一部分がユサユサ揺れて眼福でした。
あといつものショートボブをポニーテールに結んでて可愛かった。
号砲を持った教師の指示で泰野さん含む6人が並んで膝をつく。
そして青空に響く砲音と共にクラウチングスタートを切った。
「おぉ…おぉ……びゅーりほー…」
泰野さんの走る姿を見た僕は、思わずそう呟いた。
懸命に腕を振って走る泰野さんは、決して速くはないが頑張る人特有のカッコ良さがあった。
あと……揺れてる。
ポヨンポヨン揺れてる。
冴木先生ほどではないだろうが、泰野さんもやはり大したものをお待ちだ。
しかもあの身長で…まさに人体の神秘だよ。
周りの男子達の中にはやや前屈みになってる人までいる。
それを見て蔑んだ視線を向ける女子がいる事に気づいて、僕は頭を振って切り替えた。
「頑張れ、泰野さん。」
大きい声は出さないが、走る泰野さんを応援する。
彼女はいま、ネットを潜り抜けて平均台に上ったところであった。
走っていた時からわかっていた事だが、泰野さんはそれほど運動が得意ではないらしい。
それでもフラつきながら頑張って渡っていた。
「よし…よし…もうちょっと……あっ!」
泰野さんはもう少しで渡り終えるというところで、バランスを崩して落ちてしまった。
僕だけじゃなくて周りの人達も息を飲んだ。
泰野さんは泣きそうになりながらも急いで戻り、再度平均台に乗る。
その健気さと可愛さに全員がやられた。
近くにいたら抱き締めてしまいそうだ。
遠くで良かった。
「頑張れ…あと少し……よしっ!」
2度目で無事に平均台を渡り終えた泰野さんを見て、思わずガッツポーズをした。
泰野さんは走って前進し、体育委員とじゃんけんをして一発勝利した。
野口とは違う。
これが日頃の行いというやつだろうか。
「お、おぉ……これは…すばらすぃ…」
吊り下げられたパンに向かって一心不乱ジャンプを繰り返す泰野さん。
揺れてる…揺れてるぞ……
ポヨンポヨンを超えたポヨンポヨンだ。
誰だこんな競技を考えたのは。
紫綬褒章を与えるべきだ。
もはや男子の半数は内股&前屈みになっていた。
僕は理性を総動員し、冴木先生の冷たい瞳を思い浮かべて必死に耐える。
頼む、早くパンを咥えてくれ…!!
「ぐぬぬぅ……届いたっ!」
ついに泰野さんがパンを咥え、走り出した。
そのまま借り人のお題が書かれた紙のある机まで行き、その横にある箱にパンを入れる。
あのパンは走っているうちに食べるか、それができなければああして箱に入れておいて、走り終わってから受け取るシステムのようだ。
泰野さんの食べかけパン……良からぬ事を考える人が現れなければ良いけど。
まぁ委員会がしっかり管理してるから大丈夫だよね。
「さてさて、お題は…?」
泰野さんが折り畳まれた紙を取って開いた。
現在彼女は4位。
内容次第ではもう少し上も狙えるかもしれない。
「……ん?」
泰野さんの様子が変だ。
紙を開いてそこに書いているであろう文を読んだ途端、顔を真っ赤にしてアタフタし始めた。
一体何が書いてあったんだ?
「んー?……お、こっち来た。」
赤面したまま観客席をチラチラと見渡し、躊躇しつつもこちらへ走り出した泰野さん。
そしてうちのクラスの前に辿り着いた彼女は、ぎゅっと目を瞑って声を上げた。
「は…は、長谷川くん!い、いますか!……はぅぅ……」
可愛い……じゃなくて。
こんなに可愛く呼んでもらえるなんて、どこの長谷川だ。
「………んぅ?」
長谷川?……え、長谷川?
もしかして、もしかしなくても僕の事か?
周りの人達が一斉に僕を見ている。
特に男子は般若のような形相をしていた。
「えっと……」
オズオズと立ち上がると、泰野さんがこっちを見てパァッと表情を明るくさせた。
あ、やっぱり僕だったんだ。
「長谷川くんっ!あの…あの……!!」
真っ赤な顔で必死に言葉を紡ごうとする泰野さん。
これ以上言わせるのは男が廃る。
僕は空気の読める紳士なんだ。
素早く前に出て、泰野さんに手を伸ばした。
「泰野さん、行こう。」
「ぁ……うんっ!!」
彼女は嬉しそうに笑って僕の手を取った。
僕はスピードを泰野さんに合わせつつも、彼女が速く走れるようリードした。
惜しくも1位にはなれなかったが、2位でのゴールとなった。
ゴールの後。
僕は肩で息をする泰野さんに話しかけた。
「泰野さん、お疲れ様。」
「はぁ…はぁ……あっ、長谷川…くんっ……はぁ…」
えっちですねぇ…じゃないよ!
走って疲れてるにしても様子がおかしい。
さっきまで顔が赤かったのが今は青くなっているし、手足が震えているように見える。
しかもこんなに呼吸が荒いのに汗がほとんど出ていない。
「泰野さん…?大丈夫?泰野さん!?」
「ぁ…ぅ…」
俯く泰野さんの顔を覗き込んで声をかけるが、朦朧とした様子でまともな返事がない。
「おい、どうした?」
僕の声を聞いた体育教師がこちらへ近寄って問いかけた。
「この子の様子がおかしくて……あっ!」
状況を説明しようとした瞬間、泰野さんが倒れ込んできた。
慌てて抱き止める。
先生は冷静に泰野さんの顔色を見て眉を顰めた。
「むっ、これは……すぐに保険医に診せた方が良いな。医務スペースに…いや、保健室へ連れて行こう。」
「わかりました!!」
「あっ、おい……」
先生の言葉を聞いた瞬間、僕は動いていた。
無我夢中で泰野さんを抱き上げ、保健室に向けて走る。
体を鍛えておいて良かったと、心から感じた。




