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ヤンデレとユグノ村(後)

 シオンは近くの畑に向き合うと手をかざすと手から聖なる魔力を発した。酒場でジルクを吹き飛ばしたときの闇の魔力と違って神聖そうな白色できらきら輝いている。

 シオンが神聖な魔力を使っているのを見て俺は一安心する。もし復讐の神を信仰したせいで闇の魔力しか出せなくなっていたらどうしようかと思っていた。


 きらきらと輝く魔力に包まれた畑だったが、数分して魔力が消えるとどことなく清涼な空気が漂っていた。例えて言うならきれいな森の真ん中にある湖のほとりで深呼吸したときのように妙に心地いいのである。

 酒場の事件やエルダに単身挑みかかった事件などから相当の魔力の持ち主と思ってはいたが、間違ってはいなかったようだ。


「すごい……さすが聖女様、ありがとうございます」


 村娘は平身低頭の勢いでシオンに頭を下げるが、彼女は氷のような無表情である。その娘は何も悪くないのにずっとその表情なのはやめてあげて欲しい。


「これくらいは当然です。しかし全部の畑を浄化しない限りまた邪気は広がってしまうでしょう。おそらく、村の人の体調が悪いのもこの畑から採れたものを食べたことが原因かと思います」

「なるほど」


 彼女は感心するが、シオンは全く嬉しそうにしない。


「ただの危ないやつかと思っていたけど、ちゃんと聖女らしいことも出来るんだな」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです」


 一方、俺の言葉には一転して相好を崩して喜ぶ。褒めたというよりは純粋に驚いただけなんだがな。村娘もあまりの二重人格っぷりに困惑していたが恩人なのか突っ込みを入れていいものか迷っているようだった。


 困惑している俺にシオンはさらに言葉を続ける。


「あの、でしたら一つお願いがあるのですが」

「ん、何だ?」

「もしこの件を片付けたら私の頭を撫でてもらえませんか?」


 やることは殺伐としているのに、俺へのお願いは意外と子供っぽいものだった。そのギャップに俺は思わず顔をほころばせてしまう。


「分かった、いくらでも撫でてやる」

「本当ですか!? さて、そうと決まれば早く終わらせましょう」


 それから俺たちは村の周りにある畑を次々浄化して回った。シオンは褒められたのに気を良くしたのか、徐々にペースが上がっていく。




 そしてどうにか日が落ちる直前に俺たちは最後の畑に辿り着く。いつの間に話を聞きつけた村人たちが周囲に集まって来てギャラリーを形成している。


「ここなんですが、村長の畑なので特に広いです」


 そう言って案内されたのは確かに今までよりも広く、視界に収まらない畑だった。これまではかすかにしか感じなかった邪気も今度はもう少し濃く感じる。もしやここが元凶だったりするのだろうか。


「これはなかなか……とはいえこの程度なら何とかなるでしょう」


 そう言ってシオンはこれまでと同様聖なる魔力で浄化を試みる。見渡す限りの畑一面が聖なる魔力に包まれる。

 が、そのときだった。突然畑の中央から土をかき分けてむくむくと黒いものが伸びてくる。


「あれは……木?」


 村人の一人が声を上げる。言われてみればそれは真っ黒の木にも見える。木はみるみるうちに大きくなり、やがて畑の中央に大木としてそびえたった。木からは畑から感じた邪気とは比べ物にならない邪悪な気配が感じられる。


 周囲には黒色の瘴気のようなものが漂い、畑の一番近くにいた俺やシオンは禍々しい枝葉が頭上に伸びて陰に入ってしまう。


「おそらく地中に巣食っていたこいつが作物や村人の生気を吸収していたのでしょう。そして浄化されるぐらいならと姿を現したのでしょうね」


 シオンが淡々と述べるが、木はまるで樹齢数百年の大木のように屹立しており、周囲に瘴気をまき散らしている。木から振りまかれる瘴気に触れた周りの植物は次々と枯れていく。


 村人たちの方にも瘴気が飛んでいくが、いつの間にかシオンが結界を張って守っていた。冒険者をしていただけあって、対処は素早い。


「ひぇっ、あのようなものが村に潜んでいたとは……」

「もう村は終わりだ……」


 後ろから村人たちのこの世の終わりのような声が聞こえてくる。実際村人たちにとって村の終わりはこの世の終わりとそこまで変わらないのかもしれない。


「大丈夫だ。よく分からないが斬り倒せば問題ないだろう」


 そう言って俺は剣を抜く。


「〈概念憑依〉……アスカロン」


 剣にアスカロンの力が宿ると、俺の周囲が薄い膜のようなもので覆われ、瘴気から守ってくれる。この魔剣には持ち主を魔から守る力がある。


 俺は剣を構えると木に近づいていく。すると木は俺の接近を拒むように一段と濃い瘴気をこちらに吹き付けてくる。しかしそれらは全て剣の守りによって阻まれる。


「くらえっ!」


 木の元までたどり着くと俺はアスカロンを振るう。破魔の力を持った剣が触れると太い幹はまるで溶けるように切断された。


 断面から瘴気を噴き出しながら、木はゆっくりと倒れていく。

やがて、どさり、と大木が畑に横たわった。まだ瘴気は残っているものの木自体の生命活動は止んだようである。俺は木から離れると〈概念憑依〉を解除した。


「何と、このような木を一撃で倒してしまわれるとは」

「きっと名のある冒険者様に違いない! ありがとうございます!」

「こんな村を救っていただけるとは」


 俺が戻っていくと村人たちは口々に歓喜の声を上げた。まあこの村の資金で集められるような冒険者にはこれを何とかするのは難しいかもしれない。


「しかしこちらの聖女様も剣士様に負けず劣らぬ実力でしたな」

「ここまでの力をお持ちの聖女様は初めて見ました」


 一方のシオンも称賛を受けていたが、彼女はにこりともせず義務的に受け答えしている。


 が、そんな中一人の少年が何気なく口にする。


「聖女様はすごい魔法の力があって、剣士様はものすごく強いのですごくお似合いの二人ですね!」


 すると途端にシオンは表情を崩した。


「えへへ、そうでしょう。あなたはなかなか見る目がありますね」

「あ、う、うん」


 そう言った少年すら困惑する豹変っぷりで彼女は少年の頭を撫でている。母親でも自分の子供をここまで可愛がらないだろう、という可愛がりようだ。


「そう、私たちはお似合いの二人なんですよ」

「そうなんだ……」


 しばらく少年は呆気にとられたように頭を撫でられていた。

 が、やがてシオンは何かを思い出したようにこちらを向く。


「そうだ、約束通り全ての畑を浄化し終えましたよ」

「分かった分かった」


 シオンが期待に目を輝かせながらこちらを向くので、俺は彼女のきれいな銀髪に手を置く。さらさらした髪を撫でると、シオンの表情は解けるように柔らかくなっていった。


「えへへ……オーレンさんの手、心地いい」


 俺は満座の中でシオンの頭を撫でさせられて恥ずかしいんだが。


「ところで旅の冒険者様」


 そこへ腰を低くしながら一人の老人が進み出てくる。


「大変ありがたいのですがいかんせん我らの村はこのような状況で、とても報酬として出せるものはないのです。ですのでもしよろしければ好きな娘を……」

「ひぇっ」


 不意に濃密な邪気が流れてきたのでさっきの木が復活したのかと思ったら、シオンだった。さっきの木と同じレベルの邪気を発せられるのはなかなかやばいと思うんだが。

 あまりに急に豹変したものだからシオンに頭を撫でられていた少年も白目を剥いて気絶している。


「悪いがそういうことは二度と言わないでくれ」


 村長、お前何てことを言うんだ。いくら金がないからといって、言っていいことと悪いことがあるぞ。大体金がないから娘を差し出すなんて前時代的過ぎやしないか。


 が、俺の言葉に村長は少し困惑する。


「しかし報酬が……」

「そんな報酬ならもらわない方がましだ」


 俺はかなり強い口調で言った。村長からすれば魔物を倒してもらった冒険者に何も払わずに帰すというのは後ろめたい行為なのかもしれないが、絶対にやめて欲しい。

 俺の言葉にしばしの間村長は呆気にとられていたようだったが、やがて感動したように口を開く。


「冒険者様……強いだけでなく何と高潔な方なのでしょう。確かに、報酬がないからといって村の娘を差し出すという短絡的な行為、この私が間違っておりました」


 そう言って村長は感激のあまり涙を流している。確かに間違っているんだが、何か誤解されているような気がする。別に俺はそんな高潔な理由で村娘を辞退した訳ではない。


 とはいえ、これを機にそういう習慣がなくなってくれたらいいと思ったのは事実なのでそれ以上は何も言わないでおくことにした。

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