ヤンデレとケルベロスⅡ
「よし、せっかくなら試してみるか……マインド・コントロール」
「それが例の魔法ですか。そんなものに私がかかるとでも?」
モルドールの元から強い闇の魔力があふれ出し、シオンに迫っていく。これが例の、他人を意のままに操る魔法というやつだろうか。
精神的に作用する魔法はあまりないが、一般的には相手の精神力によってかかりやすさが変わると言われている。ただ、精神力というものは定義があいまいで、例えばすごく落ち込んでいる日は精神力が下がることがある。シオンは何となく精神力は高いような気がするが、どうだろうか。
シオンはあえてその魔法を防ぐことなく、手の中に攻撃用の魔力を集めながらマインド・コントロールをくらった。シオンが真っ黒い魔力に包まれる。
「ふふ、予定とは違うがこれであの女を洗脳すれば我らの仲間になったも同然。そちらの男も今からでも僕の仲間にならないかい? もっともマインド・コントロールにはかかってもらうけど」
モルドールは余裕の笑みでこちらを見る。俺の方はだんだんとケルベロスの攻撃パターンを覚え初め、簡単にかわせるようになってきたが万一シオンが洗脳されれば三対一になってしまう。そうなればさすがに勝機はない。
ちなみにシオンはと言うと、頭を抱えて歯を食いしばり、魔法に堪えている。モルドールの使う魔法はよほど強いのだろう、必死の形相だ。するとシオンは涙目になりながらこちらを見てくる。
「すみません……私、魔法にかかりそうです」
「え、本当か!? 大丈夫か!?」
俺は思わず声を上げてしまう。
「オーレンさんが愛の言葉をささやいてくれないと精神力が足りません!」
「何だと!? シオン、愛してる! だから堪えてくれ!」
俺が叫んだ時だった。突然シオンを包み込んでいたモルドールの闇魔力が消滅する。どうやらシオンの精神力がモルドールの魔力に打ち勝ったらしい。
「えへへ、『愛してる』いただきました」
「何だと……そんな茶番でこの僕の魔法を破るとは……ありえん、ありえんぞ!」
そんな光景を見てモルドールの表情が変わる。
茶番? 俺も一瞬モルドールの口から洩れた言葉が引っ掛かるがとりあえず意識を目の前のケルベロスに戻す。
「ダーク・ブラスト」
慌てたモルドールはシオンに攻撃魔法を放つが、シオンが軽く手を振るだけで霧散していく。一方、シオンの手元に蓄えられていた闇の魔力はいつの間にか膨大なものとなっていた。
それを見て俺はもはやシオンは心配ないと思い、目の前のケルベロスに向き直る。もはや今の俺は目をつぶっていても三つ首の攻撃を避けられる程度にはリズムを掴んでいた。
「〈概念憑依〉レーヴァテイン」
俺はデュランダルの力を解除してレーヴァテインの力を纏わせる。デュランダルは防御用の魔剣であったが、もはや必要ない。俺は次々と繰り出されるケルベロスの攻撃を機械的に回避する。
そして攻撃が途切れる一瞬の隙を突いて巨体の懐に飛び込む。ケルベロスは体が大きすぎて、懐に飛び込んだ俺にすぐに反撃することは出来ない。
「喰らえ!」
そして俺は三つの首の根本を立て続けに切り裂いていく。ケルベロスは圧倒的な攻撃力を持つものの、防御力は別に高くない。レーヴァテインの切れ味の前には藁人形の首を刎ねるようにたやすかった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
ケルベロスは耳をつんざくような悲鳴を上げるとどさりとその場に倒れる。そして三つの首がぽとぽとと床に転がった。
それを見てさすがのモルドールも呆然とする。
「そんな……僕が苦心して作り出したケルベロスが……こんな奴らに……」
「よそ見とはいい度胸ですね……ダーク・ブラスト!」
その隙にシオンが闇の魔力を叩きこむ。ケルベロスが倒れて動揺したからか、モルドールは防御が間に合わずに胸を貫かれて倒れた。
「ぐはっ……世界に混沌をもたらすという僕の夢が……」
そう言ってモルドールの意識が遠くなる。
それを見て俺はほっと息をつき、シオンも満足げな表情でこちらを向く。
「ついに私に愛の告白をしてくれましたね」
明らかにやばそうな教団のボスと野に放たれていたら大変なことになっていただろう魔物を倒したというのに、シオンが最初に言ったのはそんな感想だった。もっと他に言うべきことはあるのではないか。
そこで俺は先ほどのモルドールの言葉を思い出す。
「それなんだが、お前あの時別に俺の愛の言葉とかなくても堪えられただろ」
「……」
俺の言葉にシオンは分かりやすく視線をそらしながら沈黙する。なるほど、こいつは嘘がつけないタイプか。
あまりに分かりやすい反応に俺はため息をつく。俺に愛の告白を言わせたいという邪念にまみれた精神力に敗れたモルドールが少し可哀想になる。
「やっぱりな」
「すみません……つい出来心で。でもオーレンさんが悪いんです。私を愛してくれているのに言葉にしてくれないので、時々不安になってしまうんです」
「いや、別に異性として愛している訳では」
俺がそう言おうとした時だった。
突然メキメキという音とともに天井に亀裂が走り始める。戦闘の間、ケルベロスのブレスやあの二人の魔法が壁や天井に当たり、いつの間にか部屋はぼろぼろになっていたようだ。
「逃げるぞ!」
「は、はい……きゃっ」
が、そこでシオンは落ちていた瓦礫に足をとられてその場に倒れ込む。相変わらず魔力は膨大でも身体能力はそこまででもないらしい。
「大丈夫か?」
「すみません、足が……」
見ると彼女は足から血を流している。
俺は駆け寄ると彼女の体を抱え上げる。シオンの華奢な体は俺が思っていたよりもずっと軽かった。俺は俗に言うお姫様抱っこのような形で彼女を抱えるとそのまま来た道を走っていく。
「そ、そんな大胆な……でも、ありがとう……ございます」
シオンはそのまま顔を真っ赤にしてされるがままになっていた。