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ヤンデレとナダルの街 Ⅲ

 俺は今あったことを色仕掛けのくだりを省いて話す。

 聞き終えたシオンは一つ大きく頷いた。


「……なるほど、つまり女がオーレンさんの部屋にやってくる途中で闇討ちすればいい訳ですね。頑張ります」

「肝心なところを聞いてないじゃねえか!」


 シオンが俺の話す内容を全て理解した、みたいなテンションで言うので俺は期待したが、全然理解してくれていなかった。

 仕方がないので俺はもう一度説明することにする。


「一度俺が油断した振りをして話を聞き出す。それで何か悪いことをしている奴だったら合図を出すから奇襲してくれ」

「……大丈夫ですか? あの女の巨乳でたぶらかされたりしませんか?」

「しねえよ」


 色仕掛けよりも暗殺とかを警戒して欲しいんだが。


「分かりました。ですが万一、一線を越えれば私には分かりますので、その際は絶対に許しませんから」


 シオンの言葉に俺はぞくりとする。先ほども匂いだけで女のことに気づいていた。もしかしたら彼女は直感のようなもので全てを察するのかもしれない。


「ちなみに一線ってどの辺なんだ?」

「半径五メートル以内に入ることですね」

「会話すら出来ねえよ」


 そんなやりとりはあったものの、最終的にシオンは宿の前で待機し、俺が合図を出せば女が帰るところを襲撃するということになった。




 その夜、俺は酔わない程度に酒を飲んで酔った雰囲気を出しつつエレノアを待った。するともう日付も変わるというころ、部屋の戸がノックされた。俺がドアを開けるとエレノアが部屋に入ってくる。


「悪いわね、遅くなってしまって」

「一人で酒を飲んでいたから別にいい」

「あら、もう一人の娘とは仲が悪いの?」

「ただの冒険者仲間で、ビジネスライクな関係だ。飲みなおそうと誘ったが、自分の部屋で寝ちまったよ」


 俺は油断させるためにあえてそう答える。本当はここまでビジネスライクの真逆にあたる関係も珍しいだろう。

 するとエレノアは満足そうな顔になる。


「そう。さて、本題に入るけど、三日後にとある屋敷を護衛して欲しいの」


 女は怪しさの割に至極普通な依頼をしてきた。


「当然報酬次第だが、何でギルド経由ではなく俺に直接してきたんだ?」


 ギルドを通さない依頼は、依頼料の持ち逃げや踏み倒し等トラブルなどが多く、普通は嫌われている。ギルドは全国に支部があるため、契約不履行やトラブルなどを起こせば依頼主も冒険者もブラックリスト入りし、場合によってはギルドに追われることにすらなる。


 そのためギルドを通す依頼は圧倒的に安全であり、ギルドを通さずに依頼するというのはそれだけで怪しいことだと言える。俺も冒険者になってすぐは「ギルドを通さない依頼はどんなに高額であっても受けるな」とよく言われたものだ。


「三日後までに必要だから、ギルドに依頼して間に合うか分からないからよ」


 それは一理あるが、彼女が怪しいことには変わりない。


「その屋敷は何かに狙われているのか?」

「そう、そこで私たちは集会を行うの。だけどここの領主が神経質なのは知ってるでしょ? もしかしたら嫌がらせをしてくるかもしれないってこと」


 そう言ってエレノアは俺に体を押し付けてくる。色香で俺の判断力を惑わそうとしてくるのか。しかし俺は色仕掛けを受ければ受けるほど、シオンにばれないかという恐怖から理性が鋭敏になっていく。


 俺は必死に彼女の依頼内容について思考を巡らせる。

 確かにわざわざ街の周囲に城壁だけでなく兵士を配置するぐらいだからな……と思ったところでふと俺は兵士たちの言葉を思い出す。彼らは邪教徒が最近この街に跋扈していると言っていた。もしかしてこいつらがそれなのか、と思った俺はそうと悟られぬように話を合わせる。


「嫌がらせと言えば、俺たちも街に入るときに嫌がらせを受けてな。俺の連れはヘラ信仰だから兵士に因縁をつけられたんだよ。あんなふうに兵士を使って人々に嫌がらせするなんてきっとろくでもない領主なんだろうな」


 すると俺の言葉にエレノアは満足そうに笑う。


「よく分かっているじゃない」


 領主の悪口を言うとエレノアは嬉しそうにした。

 やはりか、と俺は内心警戒を強める。こいつは邪教徒か、もしくはその繋がりがある存在だろう。


「あーあ、誰か一泡吹かせてくれればいいのにな。そうだ、お前もどうだ?」


 そう言って俺は酒瓶を見せる。すると彼女は俺の反応が好意的だから大丈夫だと思ったのだろう、頷く。


「じゃあ、いただこうかしら」


 俺が酒を注いだコップを差し出すと、エレノアはそれを一息に飲み干す。こいつ大丈夫か、と思ったが酔ってくれるなら好都合だ。俺はしばらくの間、酒を注ぎながらオレゴン伯爵の悪口を言った。もっともこの街に来て初日なのでほとんどは根も葉もない悪口だが。


 とはいえ、悪口というのは大体適当な内容である。酔っていたこともありエレノアは俺と意気投合したと思ったのだろう、ぽろりとこぼした。


「そうそう、あれは法に厳しいんじゃなくて法を使って下々の者をいじめてるだけよ。あんな奴、ケイオス様のお力で倒してくれるわ」


 ケイオス。この街に最近はびこっている邪神の名だ。怪しいとは思っていたが、やはりそうだったか。一応俺は聞いていない振りをする。


「そうか、何にせよ期待しているぜ。護衛の仕事をは任せてくれ。誰が来ようと屋敷には一歩もいれない。これでも俺はSランク相当の強さがあるんだ」

「やっぱり。そうじゃないかと思っていたのよ。あなたのような冒険者と知り合えて良かったわ」

「じゃあ悪いけど、明日は仕事があるからこれくらいで」

「分かった。それじゃあ今夜は失礼するわ」


 そう言ってエレノアは立ち上がると、多少ふらついた足取りで部屋の外へ出る。酒の力もあるとはいえ、素直に吐いてくれて助かったな。


 俺はエレノアが部屋を出ると、窓のガラスをこつこつと叩く。これが決めておいたシオンへの合図だ。そして俺自身も彼女を追って宿の入り口へ向かう。


 宿を一歩出たエレノアの前に氷のような表情をしたシオンが立ちふさがる。それを見て酔っていたエレノアの表情がさっと強張る。見ただけでシオンの強さを察したらしい。


 一方のシオンはいきなり魔力を集め始める。


「オーレンさんと二人きりで一時間二十七分十二秒も話し込むなんて……許せません」


 彼女の殺気は俺の方まで伝わってくる。何で秒単位で時間を把握してるんだよ。


「ちっ、嵌められたか」


 エレノアは焦った表情で懐に手を突っ込む。危ない、やつは懐にナイフを仕込んでいる。俺が剣を抜いて彼女の後ろから迫ろうとしたときだった。


「ダーク・バインド」

「うっ」


 シオンから発された魔力がエレノアの手足を絡めとる。カラン、と音がして彼女の手から投げつけようとしていたナイフが地面に落ちた。


「大丈夫か?」


 が、俺が現れた時にはすでにエレノアは全身を闇の魔力により拘束されていた。とても聖女が使う魔法とは思えないだろうが、それはこの際いい。

 俺が歩いていくと、シオンはエレノアを魔力で拘束したままこちらを向く。


「オーレンさん……私ずっと心配してました、あの女の色香に騙されてしまわないか」


 そう言ってシオンは不安そうな面持ちでこちらへ駆け寄ってくる。

 そして何かを確認するように俺の体をぺたぺたと触る。


「ふう……大丈夫そうですね。もし何かあればあの女をこのまま地獄に送ってしまうところでした」


 シオンは心の底から安堵したように言う。それを聞いて俺も安堵した。

 エレノアはあくまで衛兵に突き出すつもりであり、殺すつもりはない。というか、今こいつを殺せば邪教徒たちは捕まらないよう逃げ去るか、決起を急ぐだろう。出来れば尋問して主だった者の逮捕に役立てて欲しい。


「だから大丈夫だって言っただろ」

「はい、すみません疑ってしまって……私面倒な女ですよね」


 そう言ってシオンはうなだれる。とはいえ、俺がこんな怪しい女と二人で話しているのが心配だという気持ちは分からなくはない。


「いや、こいつを一撃で捕らえたのはすごいと思うぞ。まあもう遅いし、今日は寝て、明日こいつを突き出しにいこう」

「はい」


 俺がフォローすると彼女は安心したように頷いた。

 レストランに行ったときは今夜ぐらいゆっくり休もうと思っていたのに、とんだ事件に巻き込まれてしまった。

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