プロローグ 氷の聖女は俺の連れ Ⅰ
冒険者ギルドの酒場は基本的にパーティーで飲みにくるやつが多い。仲間内で仕事が終わってその流れで飲みにくるやつが多いからだ。俺も少し前まではそちら側だった。実際今俺がいる酒場の中でも冒険者の荒くれ男や男勝りな女たちが、今日はいつもよりたくさんの魔物を狩れたとか、珍しい素材を見つけたとか、あそこで下手を撃たなければ今頃大金持ちだったのに……とかそんな話で盛り上がりつつ酒を飲んでいる。
そんな中、俺は一人寂しくカウンター席に腰かけていた。以前は仕事終わりに一緒に飲んでいたパーティーの仲間は今はもういない。
そのためか、時折俺の方を寂しそうなやつでも見るような目で見てくるやつがいるが、俺は気にせず一人で飲んでいた。
「おい、お前まだこの街にいたのか?」
そう言って声をかけてきたのはすでに酔っているのだろう、顔を真っ赤にした小柄な男だった。
踊り子でも買ったのか、傍らには胸が大きくて露出の多い布みたいな服装をした女性をはべらせている。女も酔っているのか、顔を赤くして男にしなだれかかっている。女をはべらせて気分をよくしているようだったが、よく見るとかつての知り合いだった。
「何だ、ジルクか」
「パーティーから追い出されて一人で飲むなんて俺には恥ずかしくて出来ねえぜ」
そう言ってジルクが下品に笑うと、女もそれに合わせて笑う。
このジルクという男は俺が少し前まで所属していたパーティーの一人である。役割は盗賊で、前から女遊びが好きでよく色んな女性を引っ張ってきては酒を飲んでいる。もっとも、うらやましいと思ったことは一度もないが。
「連れと待ち合わせしているんだが、早く来すぎてしまってな」
「はあ? お前に連れなんているのかよ。そんなすぐ分かる嘘をつきやがって」
そう言ってジルクは爆笑する。
別にそんなにくだらない嘘はついてないが、面倒なので俺はそれ以上反論もしない。おそらくジルクは酔っているのだろう、その後も「俺には一人飲みなんて恥ずかしくて出来ない」「頭を下げて頼めば俺の女と一緒に飲ませてやるぜ」などと言ってきてうっとうしいことこの上ない。
そんなウザ絡みが十分ほど続いた後だった。突然、酒場の入り口の方がざわつく。耳を澄ませると、
「おい、あれは“氷の聖女”じゃないか?」
「突如現れて圧倒的な魔力を持っているけど誰ともパーティーを組まないって噂の!?」
「強いだけじゃなく、絶世の美女らしい」
「何でも、Sランク冒険者が勧誘してもその場で拒否したらしいぜ」
「お高くとまりやがって……でも、踏まれたい」
などなど酔客たちが”彼女”に言及する声が聞こえてきた。
若干変態も混ざっているものの、酒場の冒険者たちの話題は一気に“氷の聖女”に持っていかれる。”氷の聖女”は噂でささやかれている通り最近彗星のように現れた冒険者で、圧倒的な魔力を持つもののどこのパーティーにも属していないという。
「今度うちのリーダーも“氷の聖女”を誘ってみるって言ってたな。ちょうど誰かが抜けてパーティーに一人空きがあるからな」
そう言ってジルクはニタニタと笑う。まるでお前が抜けてくれて良かったとでも言いたげだ。
いい加減俺に絡むのやめろよ……と思ったが、そこでふと俺は嫌な予感を覚える。
「やめといた方がいいぞ」
「は? 何をだ?」
俺の問いにジルクは意味が分からなかったのだろう、呆けたような表情になる。
「“氷の聖女”を勧誘するのも、俺を笑い者にして楽しむのも、両方だ」
確かにこいつはクズみたいな性格ではあるが、今まで一緒だったよしみもあるので俺は一応忠告してやる。
が、彼は俺のせっかくの忠告を煽っているのと勘違いしたのか眉を吊り上げる。
「は? お前にそんなことを言われる筋合いなんてねえんだよ。一人で飲んでる癖に何でそんなに偉そうなんだ? それとも俺のことを嫉んでいるのか?」
「だから連れを待ってるって言ってるだろ。とにかくそういうのはやめといた方が身のためだからな」
「ふん、俺のことをひがんで突っかかるなんて哀れなやつだ」
「忠告はしたからな」
「何恰好つけてんだ? おいみんな、こいつパーティーを追い出されて一人で飲んでいるんだぜ」
ジルクはさげすんでいたはずの俺に言い返されたのが気に食わなかったのか、必死に俺を指さして周囲の笑いをとろうとしている。
これは非常にまずい展開だ……主にこいつが。別にこいつがどうなろうと知ったことではないが、酒場で問題が起こるのは嫌なんだよな。
そこへ噂の“氷の聖女”がこちらへ歩いてくる。
彼女の名はシオン。きれいな銀色の長髪に人形のように整っている端整な顔、見る者全てを見抜くような鋭い瞳。しかしその顔は氷のような冷たさを併せ持ち、それもある意味人形のようだった。そして“聖女”の呼称にふさわしく酒場だというのにきっちり黒を基調とした修道服を纏っている。
基本的に良くも悪くも粗暴であけっぴろげな者が多いギルドの酒場の中で彼女の姿は異彩を放っていた。
噂の”氷の聖女”を見ようと客たちの視線は一斉に彼女に集中する。
羨望、嫉妬、憧憬、好意、劣情……視線の種類は様々だったが、誰もが彼女に釘付けだった。声をかけようとする者もいたが、彼女から発される人を近づけない雰囲気にあてられたのか、結局は言葉を飲み込んでしまう。
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