46どこまでも良い子。
「痛くない?」
千鶴が火照る顔でいう。
イヴもイヴでまんざらでもなく、身体を少しビクつかせながらも千鶴に身体を任せた。
「大丈夫だから……もっと奥に入れていいよ」
「分かった。痛かったらいってね」
棒がイヴの奥へと入る。
棒が中をかき回せばゾクゾクッとした感覚が背筋を流れていく。
千鶴に膝枕をされ、イヴは耳かきをしてもらっていた。
「ありがとね」
「いえ、こちらこそ」
むしろありがとうと言いたいのは千鶴のほうだった。
浴槽で泣いた千鶴を、イヴは落ち着くまで抱き寄せてくれた。
落ち着くまでなでなでしてくれた。
お風呂からあがって落ち着いたあとも、イヴは笑いながらやさしくしてくれていた。
パジャマ姿であるイヴに対し、千鶴のその服装は私服姿である。
てっきり泊っていくものだと思っていたイヴだったが、千鶴は立ち上がるとバッグを肩にかける。
「本当に帰るの?」
「うん、明日も学校あるし。また明日来るから」
「なんだーせっかくお泊まり出来ると思ったのに」
本心でいえば、千鶴も泊まりたい。
でも、明日学校がある。両親に許しをもらっていない。そして何より。
(きっとこのままいたら、ずっと居たくなっちゃうから)
悲し気に微笑む。
「別にうちは構わないのに」
「でも、ご両親がいない間に勝手に忍び込むなんて、申し訳ないし。あとでご両親にもちゃんと挨拶させて」
「別にうちの親そんなん気にしねーよ」
「私がそうしたいの」
「んー、そっか」
ちょっぴり、イヴはつまらない顔をする。
ここ最近千鶴とも仲が良くなっている気がしたし、もっと千鶴のことが知りたいと思えた。
綾香や凛のように、もっと仲良く楽しく過ごせる気がしていた。
それに。
「じゃぁ、行くね」
部屋から出ようとする千鶴の手を取る。
「……」
「……」
「今日は楽しかった。夕食もありがとな」
「こちらこそ。お邪魔しました」
「なぁ、ちーちゃん」
心残りがひとつある。
「なに、イヴ」
「あのさ……さっきのだけど……」
さっきのといわれ、千鶴はドキリとしてしまう。
思い出されるのは、あの事故。
「うん」
「俺とチューしたの……嫌だった?」
そんなこと、あるわけが。
もう帰らなきゃいけない時間。
先ほど、千鶴は親から連絡を受けていた。
もう近くに来ているから、10分後にバス停付近で待っていると。
今日はもう、バイバイ。
そして、千鶴の頭にはまたしてもいけない考えが浮かんでしまう。
爪痕を残したい。
今なら。綾香と凛がお風呂に入っている今なら、何をしても見られない。
イヴと二人だけの思い出を残すことが出来る。
だから、千鶴は胸の鼓動を殺して、理性を押さえつけて、少しだけ――背伸びをした。
ちゅ。
「嫌なわけ……ないよ。だって、女の子同士のちゅーはただのじゃれあいでしょう」
笑う顔は照れそうな表情を必死に殺している。
張り裂けそうな心臓を、必死に抑えている。
「そうだよな、そうだよな! 良かった」
また唇を奪われたイヴも、どうしてか心臓が高鳴ってしまう。
ただのじゃれあい、というのが如何にも言い訳がましく、キスをする理由にしていた気がするから。
「じゃぁ、行くね」
「うん」
玄関まで送り届け、バイバイする。
「あのさ明日も来るんだよな?」
「うん、明日も来る。来てもいい?」
明日は綾香と凛はいない。
本当に、イヴと千鶴の二人きり。
「おう。待ってるから。気を付けて帰れよ」
「ありがとう、また明日ね」
小さく手をふって、千鶴が帰る。
なんだか後ろ髪を引かれるような、心に釣り針でも引っかかったような心地がする。
この胸のときめきをどう表せばいいのだろう。
スマホを開く。
親から連絡がきているが、それよりも先にギャラリーを選ぶ。
中には夕食を囲む三人の姿が映っている。
イヴ、綾香、凛。
明日は、この夕食のシーンから二人が消える。
(明日二人きりになったら、どうなるのかな?)
どうなるのかな、なんて心に言いながらも期待して唇に手を這わす。
『ただのじゃれあい』
ただのじゃれあいだったらだから、キスしてもいい。
それは免罪符。
心がそこにあったとしても、それはただのじゃれあいだから。
言い訳を作る自分が卑怯に思えた。
言い訳を理由に同じことをしようとしている自分が卑怯に思えた。
卑怯だと思いながらも、きっと明日もチャンスだと思ってしまう自分が――。
バス停に泊っていた車に乗り込む。
「おかえり、千鶴。楽しかった?」
「うん……楽しかった」
「全然楽しかったように聞こえないけど」
「お母さん、明日もお呼ばれしたんだけど、泊ってきてもいいかな?」
「またお呼ばれしたの? あっちの方はいいって?」
「うん」
「なら良いけど。粗相のないようにしなさいね」
「分かった」
明日は千鶴だけ。
明日はお泊まり。
窓から見える夜の光たちが、やけに煌めいて映っている。
◇ ◇ ◇
ピロン。
複数件のラインが入っていた。
一件は千鶴、もう一軒は母からだ。
最初に母からのラインを開く。
『イヴちゃん独りで寂しい?』
『気楽』
『パパとママは寂しいよ』
『あっそ。お袋どうよ?』
ガッツポーズの母の写真が送られてくる。
後ろでは全ての髪の毛を失った祖父が腰の曲がった祖母と一緒にピースをしている。
『元気そうだね』
『おじいちゃんとおばあちゃんがイヴに会いたがってたよ』
『そいやしばらく会ってないしね』
『もしかしたらおじいちゃんそっち行くかもって』
『マジか』
そんなやりとりをしていると画面が着信画面に切り替わる。
「もしもし」
「イヴか!!!!! じーちゃんじゃ!!!!!!」
「おう、じーさん。まだ生きてんのか」
「バリバリ生きとるわ!!!!! あんなぁ!!!! じーちゃん、今度そっち行くから!!!!」
「マジ。一人でくんの? ばーちゃんは?」
「じーちゃんだけで行っから! ばさまは世話してっから家さ残ると!」
「じゃぁ、じーちゃんもいればいいじゃん」
「ばさまが“おめはどっか行け”って邪魔もんさするだ!!! だからじーちゃん、そっちさ行くだ!!!」
「まぁ別にいいけど」
「小遣いもやっからさ!!! な!!!」
後ろからは祖母の怒鳴り声が聞こえてくる。
『孫さ頼ってねぇでよ!』
なんて祖母の声。
「いいでねぇか!!! イヴもじーちゃんさ逢いたいって言ってんだ、ばさまは口挟むでねぇよ!!!」
『怒鳴るでねぇよ!!! はげ!!!』
「じーさんもばーちゃんも元気そうだな」
「あー元気元気!!! だぁら、近々そっちさ行っから!」
「んー、了解」
『じさま、おらにもかわれ!!!』
通話口が祖父から祖母へと変わる。
「あんらぁ、イヴ! 元気さしてっか!!!」
「おう、元気元気。ばーちゃんたちには負けるけど」
「あんなぁ! じさま家さいでも邪魔だからよ! そっぢいっがら!」
「んー、分かった」
「適当にほっとけばいいがんな! 餌もなんもやらんでおげばいいから!」
『餌くらいくわせろ、ババア!!!!』
後ろから祖父の怒鳴り声。
「今おらが喋ってんだから口挟むでねぇよ!!! このはげ!!!!」
「元気だなー」
「な! 今度イヴもこっちゃきて顔さ見せろ、な! ばーちゃんメシつくってまっでっがら!」
「んー。じゃ、今度の休みでもいこうかな」
「んだんだ!」
『ばさま代われ!』
「おめばだまってろ!!! んだなら、イヴ!!! まっでっがらな!」
「んー。またね、ばーちゃん」
『まぁだ切るでねぇよ! おらさ……』
通話終了。
相変わらず元気そうな祖母たちに、イヴはちょっぴり笑えてしまう。
祖父と会うのは久方ぶりのことである。
「イーちゃん誰と話してたの? あれ、ちーちゃんは?」
パジャマ姿の凛が姿を現す。
その手には倒れた綾香を引きずっている。
「ばーちゃんたちと電話したてた。ちーちゃんは帰ったよ」
「千鶴が帰っただと!?!?!?!!?!??」
死んでいた綾香がバッと起き上がる。
「綾香なんで引きずられてたの?」
「あはは……ちょっとね……」
「A♡」
一撃必殺。
綾香は死んだ。
「綾香また死んでんじゃん」
「大丈夫♡ すぐ生き返るから♡ それにしてもちーちゃん帰っちゃったんだね」
「うん、でもまた明日来るから」
「そっか。じゃぁ三人でお泊まりだね♡」
「三人で……おと、ま……り」
ゾンビとなった綾香が目を覚ます。
「だな。残念だけどしかたねー」
イヴの言葉に、二人は顔を険しくする。
((残念だと……???????))
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけイヴは寂しそうな顔。
もうすでに正統派美少女による攻撃は行われている。
それを感じた二人にはただただ危機感が心を埋めていた。
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