41宴のはじまり
それは突然の出来事であった。
同時刻、同瞬間。
綾香、凛、千鶴に入った一件のライン。
目の当たりにした三人はその文字たちを見ると、それぞれが心のうちに電撃が走っていた。
『しばらくお袋と親父がいないから、いつでもうち遊びこいよ』
スマホを持った手が震えていた。
小林宅、綾香の部屋。
ベッドでイヴとのラインを見返していた綾香は、その送られてきた文字が信じられず、何度も読み返した。
「おや……フフ、どうやら私は夢を見ているようだ……フフ、綾香ちゃんも落ちたものだ」
そういって綾香は自分が夢の中にいると思うと洗面台へと赴いた。
水で顔を洗う。冷たい。
濡れた顔を拭い、今度は妹ユリカの部屋へ。
「ユリカ」
「なにお姉ちゃん。ノックくらいしろよ」
「悪いんだけど、お姉ちゃんのこと一発殴ってくれる?」
パァン。
頬を叩く。痛い。
「ありがとうユリカ」
「いいけど……」
出ていく姉の顔は素晴らしく清々しくて、ユリカはむしろ気持ち悪く感じる。
「フフ……夢ではないな。さて、もう一度ラインを見てみるか」
ベッドに横たわり、もう一度確認する。
『しばらくお袋と親父がいないから、いつでもうち遊びこいよ』
夢じゃない。夢だけど、夢じゃなかった。
夢だけど!!!! 夢じゃなかった!!!!!!!
お袋さんと親父さんがいない。
理由はわからないが、いない。
ということは。
ものすごく邪な考えが浮かんでしまう。
だが、きっとイヴならそういった意味合いも含んでいるのだろうと考察する。
誰もいない家。
これがカップルだったらどう捉える?
例えば、カップルが帰り道で彼女がこんなことをいう。
「今日、うち親いないんだ……」
もし彼氏がそんなことを言われたらどうするだろう。
いや、考えることもなくおうちにいくことだろう。
お泊まりしちゃうことだろう。
つまり。
お泊りし放題。
だが、それはあくまで綾香の欲求である。
綾香は拝みながらスマホ向かって読経する。
だが、経典などわからないので、適当にそれっぽいことを口にする。
拝み終わり、綾香はラインに返事を打つ。
『遊びいっていいの?』
『お泊まりも可?』
下心全開、綾香全壊。
なんの躊躇いもなく、お泊りについて聞いてみる。
ピロン。
『泊ってってもいいよ』
「フゥ……どうやら、フフ……これは……フフ」
脳内に広がる妄想。
おはようからおやすみまでイヴと一緒。
『ただいま綾香』
『おかえり、イヴ♪ 一緒にご飯食べて、一緒にお風呂入って、一緒に寝よう♪』
『もう、綾香は甘えん坊新妻なんだから』
妄想が止まらない。
しかし、心の中にわずかに残った理性が綾香に声をかける。
もしかしたら、このラインは綾香だけではなく、他の人にも送っているのでは、と。
例えば――凛。
「わ♡」
凛はそのラインがきたとき、お風呂に入っていた。
ピロンという通知音に、すぐラインを開いてみれば、それはイヴからのライン。
しかも内容はいつでも遊びにきていいという旨。
『お邪魔していいの?』
『またイーちゃんちお泊りしたい♡♡♡』
『いいよ』
『いつでも泊まんな』
これは――チャンス。絶好すぎるチャンスである。
以前お泊りしたときは綾香がいた。
しかし、一対一でのお泊まりならばライバルたちを出し抜ける絶好のチャンス。
泊まったときのことを思い出す。
告白したときのことを思い出す。
泣いてる姿を後ろから抱きしめてくれたことを思い出す。
「イーちゃん……」
もし、あれが二人きりだったなら。
あのときのような状況で、綾香がいなかったなら。
二人で一つのベッドに抱きしめられたなら。
えっちコンロ爆発不可避。
ちゃぷん。
ピンク色の妄想が広がる。
きっと、二人きりで抱きしめられたりなんかしたら。
あの時みたいにキスなんてしちゃったら。
絶対に止めることなんて出来やしない。
キスだけで終わることなんてない。
きっと、きっと、きっと。
書いている夢小説みたいな展開に、自らしてしまう。
「はぁ……はぁ♡ イーちゃん……ぁ……」
きゅっと足を閉じる。
だが、綾香よりも優れた凛はすぐに状況を予想する。
きっとイヴなら凛だけでなく、綾香にも千鶴にも同じ内容のラインを入れているはず。
なによりイヴは楽しむことを優先しているのを、凛は知っている。
それに、イヴならば少なくとも仲のいい綾香は必ず呼ぶ。
そして、最近知り合った千鶴のことも仲良くなりたいとか抜かして呼ぶだろう。
「うぅん、どうしたらいいかな……」
考えはじめる凛。
どうすれば、どうすれば他の二人の邪魔が入らずに二人きりになることが出来るのか。
二人きりになれば、あとは既成事実をつくるのみ。
問題はどうやって邪魔者を排除するか。
「うーん……どうしよっかなぁ」
ぶくぶく。
『しばらくいないって、イヴ一人きりになるってこと?』
千鶴がラインを返す。
『そだよ』
『ご飯とか大丈夫? 私何か作ろうか?』
『それくらい作れる』
『でも、ちーちゃんのメシ食ってみたいな』
『分かった。材料とか買って今度うかがうね』
『ありがとー』
『綾香さんや凛さんもこのこと知ってるの?』
『知ってるよ』
『さっきラインした』
『そうなんだ。じゃぁ四人で集まれるかもしれないね』
『材料多めに買っとくね』
『さんきゅー』
スマホを閉じる。
千鶴はベランダに出ると夜空を見上げた。
雲一つない空には三日月が浮かんでいて、その周りには小さな星たちが煌めいている。
『何も感じなかったんだね♡ それが答えだよ♡』
カフェに集まったとき、凛に言われた言葉を思い出す。
何も感じなかった、それが、答え。
凛に『可愛い』と言われ、千鶴は何も感じなかった。
でも、イヴに『可愛い』と言われると、胸と心が反応してしまう。
イヴに言われた『可愛い』は思い出しただけでもドキドキが蘇る。
「これが答えなんだ……」
どきどき。
両手で胸を抑える。
この確かな鼓動は、胸の高鳴りは、顔が熱を帯びるのは。この病状は。
もう隠さない。もうはっきりと言える。もう確かに感じている。
「私、恋、してるんだ……」
口にすると余計にどきどきする。
でも、不思議と以前のようなモヤモヤはない。
むしろ認められてスッキリと澄み渡る気がする。
空に浮かぶ黄金色の月。
黄金色というだけで、イヴのことを連想してしまう自分がいる。
黄金色の髪した君よ。
凛も綾香も、二人ははっきりとイヴのことを好きだといった。
恋愛対象として好きだといっていた。
いきおい余った綾香など、花嫁になって二人でウェディングドレスを着たいとまで言い切っていた。
「あの二人にもちゃんと伝えないと。でも、そしたらライバルがたくさんいることになっちゃうな」
いきなりライバルが二人もいるという状況に、何故だか笑ってしまう。
あれだけ美しく可愛らしいイヴのことだ。それくらいはモテるだろう。
「あの二人だけじゃなくて、いつかちゃんと伝えたいな。好きだって。あなたのことが好きになっちゃったって」
見上げる夜空に流れ星ひとつ。
流れ星に願えば叶うなんて、信じないけれど。
それでも願いが届けばいいなと思う。
もうこの気持ちを否定しない。
この気持ちを嘘で包まない。
「よし! 頑張ろう!」
両手を握って気合をいれる千鶴。
とりあえずイヴの好物がなんなのかを聞くため、千鶴は再びラインを開いた。
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