27泣き顔スーサイド
イヴの初めての泣き顔。
もし。
もし、次イヴにそんなことをさせてしまったのなら。
死。
深く、とてつもなく深く。
綾香と凛の胸には重たすぎる十字架が刺さった。
いつもは男勝りで、些細なことなど気にしないイヴが。
いつもは何かあっても流してくれる心優しきイヴが。
ちょっとえっちなことしたり、ちょっかい出しても気にしていないように見えたイヴが。
「ご、ごめんな! 涙なんか見せちゃって! ち、ちょっとトイレ!」
赤くなった目をこすりながら、イヴが出ていく。
綾香と凛は顔を見合わせると、申し訳なさと自分の罪深さを共有した。
「イーちゃん、泣いてたね。……あたしもおバカだった」
「私も……イヴの気持ち考えないで……張り合ってた」
スッと綾香が立ち上がる。
「ねぇ、凛さん。立って」
「? うん」
凛のことを立たせると綾香は拳を握った。
「凛さん、私のことを殴って。グーで」
「うん」
ドゴォ!!!
容赦のない一撃が綾香の頬を抉る。
殴ってといった瞬間には放たれた一発。
加減は一切ない。
綾香は後ろに倒れると頬を摩る。
拳の形が頬を赤く染めていた。
(この痛みは……殴られた痛みじゃない)
そう、これは断罪の痛み。
自分がしたことの重さを認識するための痛みだ。
「綾香ちゃん」
「分かってる」
今度は凛が断罪を受ける番。
グシャぁ!!!
その一撃は――
最高にリラックスされた状態のスイングから――瞬時――最高の力みを加える。
解放のカタルシス。
綾香の拳は、凛の頬に突き刺さる。
当然、立っていられるはずもなく――。
「ぐふぅ!」
血を流しながら倒れる。
綾香に殴られても、そこに怒りはない。
何故ならば、それは凛にとっても殴られた痛みではないからだ。
それは断罪の痛み。
イヴを泣かせたことへの罪の痛み。
しかし、二人は感じていた。
イヴを泣かせた罪は。
あんなにも優しきイヴを泣かせた代償が。
この程度の痛みでいいわけがないッッッ!!!!
愚かさを、罪深さを、欲深さを。
砕くための拳が一発で終わるはずがない!!!!!!
立ち上がる凛。
それはさながら血交じりの唾を吐いて立ち上がるボクサーのように。
レフェリーはいない、タオルを投げるトレーナーもいない。
ミシ――ミシ――ミシ――……!!!
言うまでもない。
立ち上がり、向かい合った二人は拳をこれ以上ないほどに、手のひらが壊れるくらいに力強く握る。
「綾香ちゃん、理解ってるね……」
「もちろん…………この程度で、こんな程度でいいはずがないッッッ!!!!」
拳が――
その拳は――
鋼鉄よりも固く熱く――
拳は――
弾丸のように速く。
交差する。
ドグシャァァアァァッッッ!!!
「ごめん、戻ったよー」
イヴが目撃したそれは。
互いの顔を殴り合う綾香と凛の姿。
殴り合うボクサーのような二人。
血と、汗と、涙を流しながら拳を交える姿。
(な、なにしてんだッッッこいつ等ッッッ!?!?!?!)
トイレから戻ったと思ったら二人が殴り合っていた。
何をいってるがわからねーと思うが、以下略。
混乱した表情をするしかなかった。
「な、何してんのお前ら……?」
「あぁ、イヴ……ちょっと、ね」
殴られ、よろけた綾香が言った。
凛も殴られた頬を拭うと、目が覚めたような表情でイヴに向き合う。
腰に手をあて、背を伸ばし、もう自分には一切の煩悩などないというような清々しい表情で。
「イーちゃん、あたしたちは今罪を清めたの。もう、イーちゃんを泣かせたりしないッッ」
「お、おう……」
そうして、出来るならば。
「イヴ」
「イーちゃん」
二人の声が重なる。
「な、なに?」
イヴのその前世はヤクザである。
だからこそ分かる――、この二人は真剣である。
一切の情欲を捨てた二つの顔がにじり寄る。
「私を」
「あたしを」
二人がイヴを壁際に追い込む。
「「殴って」」
「や、やだよ! 親友を殴れるわけないだろ!」
「親友だからこそ――殴るんだよ!」
「イーちゃんに殴ってもらわないと気が済まないの!」
「えええええええええ、お前らちょっと落ち着けよ」
だが、イヴもまた理解っていた。
二人はイヴが承諾しなければ、終わらない。終われない。
ごくり唾を呑み込む。
拳は。
普段からトレーニングをしているイヴの腕は、脂肪に隠されたその向こうには確かな筋肉が育っている。
故、その威力は二人の比ではない。
「イヴ!」
「イーちゃん!」
(どうして、どうしてこうなった……!!!)
拒否れない。
イヴが、腹を括る。
◇ ◇ ◇
穏やかな、実に穏やかな時間が流れた。
三人一緒にお昼を食べて。一緒にたくさんお話をして。
夕方には出かけていた六道家の両親も交えてみんなで夕飯を囲んで。
そこに、小競り合いや張り合いはなかった。
純粋な楽しさと笑顔が、そこにはあった。
はず。
時刻PM10時23分。
きっかけは些細な。ほんの些細な一言である。
「お風呂はいろっか」
イヴの発した一言。
たった一言で、二人には電撃が走る。
お風呂。
それは一糸まとわぬ姿でする湯あみ。
お泊まりでは欠かすことの出来ないタイトルマッチ。
綾香の視線が、凛の視線が、絡み合う。
これは逃すことの出来ないイベント。
これを逃せば次いつ来るのか分からないイベント。
(おかっぱァ)
(ロリビッチィ)
目の奥に、闘志が蘇る。
「あ、でも私お腹いたい日だから……二人で一緒に入ってこいよ。私あとで入るからさ」
(!?)
(!!!)
「二人で裸の付き合いしてこいよ。いい機会だしさ!」
(ロリビッチと風呂だと!?)
(おかっぱとお風呂!?)
笑顔すぎるイヴの言葉、午前中の事件からもこの笑顔を拒否るなんて出来はしない。
二人の額に汗が流れた。
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