22ケーキが無ければ私を食べればいいじゃない
カラオケが終わっても解散なんてことはなかった。
終わるはずもない。
これは女子高生のきゃっきゃうふふする放課後。
そしてこれは戦争、どちらがよりイヴとイチャイチャ出来るかの戦争である。
カフェに入ると三人がケーキをつつきながら黄色い声をあげる。
「やっぱり三人だと楽しいね!」
「イーちゃんと一緒だとすごく楽しいよ♡(おかっぱがいなけりゃもっと楽しいのにね♡)」
「イヴ“と”いれると楽しいね!(メス豚がいなきゃもっとイチャイチャできるはずなのにね!)」
楽し気にケーキを食む三人。
凛と綾香の笑顔の奥、そこにあるのはいかに相手をこき下ろすかの怨念が渦を巻いている。
ピン!
凛の頭の上で電球が光る。
何かを思いついた顔をしている。
(そうだ)
凛はわざとケーキのクリームを口の端に残すように食べる。
そして、わざとイヴの方へと声をかける。
「イーちゃんも食べてみて。あーん」
「あーん。これも美味いな。ってか口元クリームついてるぞ」
「本当? とって♡」
イヴの指先がクリームを拭う。
そしてその指先を凛が舐める。
「ありがとう♡」
「凛は子供みてぇだな」
「イーちゃんの前だからだよ♡」
ウフフフ笑うと二人の間には花が舞うようだ。
ドゴグシャァアン!
一瞬、『えっ』と二人の顔が真顔になる。
何があったのかと綾香のほうを見れば、その顔を自分のケーキに叩きつけている。
顔はクリーム塗れ、頬にはフルーツソースが垂れる。
そしてケーキまみれの顔が、最高の顔で笑っている。
「やだ、ケーキついちゃった。イヴとって♪」
(こいつイカれてやがる!!!!)
クレイジーすぎる綾香の行動に、凛もドン引きである。
まさかここまでする奴だとは思ってもいなかった。
何のためらいもなく、周囲に人がいるというのに、綾香はただ凛と張り合うために顔をケーキにダイブさせたのだ。
だが、ここまでクレイジーな事態を目の当たりにして、これにはイヴも引いているのではと顔を見る。
イヴは驚きはしたようだが、バッグからタオルを取り出すと綾香の顔を拭った。
「全く、何してんだよ綾香は。バカなの?」
「バカだもんっ」
『もんっ』の部分がぶりっこらしく気に障る。
それでもイヴはやれやれといった様子でひたすらに綾香の顔を拭う。
「あーダメだ、取り切れないわ。ちょっとトイレで顔洗ってこい」
よし、このまま一人でトイレに消えてしまえ。凛がそう思った瞬間、綾香は追撃をかける。
顔についたクリームを拭うと、そのままなぜか自分の髪をいじりはじめたのだ。
ヌルベチョグロォ……
(何やってんだコイツ!? ガチイカレなの!?)
「あ、やだ、髪にもついちゃった。イヴー、ちょっと一緒にトイレきて取ってー」
(このアマぁ!?)
トイレの鏡で顔の正面を見ることは可能だろう。
しかし、後頭部についたクリームまでは自分で確認することはできない。
後頭部まで確認するには第三者の介入が必要――。
「全く綾香何してんの? 本当にバカなの?」
「バカなんです♪ さ、イヴ一緒きて」
(ヤロオオオオオオ)
イヴの手を掴むとトイレへと消えていく二人。
イカレすぎた行動ではあるが、結果的に考えれば二人きりという状況が出来上がっている。
悔しさのあまり、凛は持っていたフォークを折り曲げるとぐにゃぐにゃに変形させる。
「イカレおかっぱがぁ……! 張り合うためだけにケーキに顔突っ込むか普通!?」
常識的な考えが通用しない。
凛は綾香のイカれた行動にゾクリ寒気を覚えてしまう。
ライバルは――とんでもないモンスターである。
深呼吸をして考える。
あのイカレおかっぱに勝るにはどうしたらいいのか。
あのようなぶっ飛んだ奴に勝つには、こちらも常識的な行動をしていては勝てない。
(考えろ……考えろ……凛!!! あのイカレおかっぱに勝つ方法を!!!)
トイレへと駆け込んだ二人は鏡の前で顔や髪についたクリームを取り払った。
「なんでケーキに顔突っ込んだの?」
「だって、目の前でイチャつかれてムカついたから」
「イチャついてって……何、嫉妬?」
「嫉妬です!」
「ふーん。そういうのもあるんだな」
そういえばと、イヴは昔ネットで見た記事を思い出していた。
女子高生同士で一見は仲良く見えても、その裏には憎悪や嫉妬が渦巻いているという記事。
自分と仲良くしてほしいのに、相手は他の人ばかり優先する。
それは恋心にも似たもので、儚い友情劇にも見えたのを覚えている。
記事を見たときは『そんなこともあるんだぁ』くらいの気持ちであったが、実際にそのような状況に出くわすと真剣に悩んでしまう。
確かに思い返せば、凛はやたらと甘えてきていた気がする。
それも綾香に見せつけるように。
綾香はそれに嫉妬して、このような行動をとってしまったのだろう。
「ごめんな、綾香。お前の気持ちも考えないで」
真剣な目でそんな風にいうものだから、綾香はドキリとしてしまう。
「う、うん……いいよ」
「俺本当に仲いいの綾香と凛くらいしかいないからよ。二人と仲良くしたいんだ」
「うん……」
複雑な気持ちである。
「どっちが上とか下とかない。二人とも平等に俺の親友だ。な?」
「はい……」
出来ればそれ以上を願う綾香であったが、真剣な表情で語るイヴに反論なんて出来ない。
「だから、バカなことなんてしなくていいからさ。仲良くしよう」
なでなで。
そしておデコにキス。
それは眠り姫を起こす王子のようなキス。
綾香は何か春風でも吹いたような心地よさを覚えると、胸がキュンキュンしてしまう。
「さ、戻ろうぜ」
「はい……イヴ」
手を引かれ、元の席へと戻る。
二人を待っていた凛は静かに本を読んでいたが、二人が戻ると本を閉じた。
「大丈夫だった?」
と凛。
「おう、別にクリームついただけだし。な、綾香?」
「うん」
「そう、もう大丈夫だね綾香ちゃん」
(おや?)
凛の笑顔に、綾香はもやっとしたものを覚える。
何かしら視線で訴えてきたり、嫌味な視線を突き刺されるかと思ったのに、凛は清々しい目をしている。
逆にそれが、怖い。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
「そうするか」
「う、うん……」
帰る様に促す凛に、綾香はやはり胸がざわつく。
まるでこのカフェの――いや、カフェを出てもそこら中に地雷でもしかけられているような心地がしていた。
張り巡らされた罠。一歩踏み出せば簡単にはじけ飛ぶ気がしてしまう。
罠を警戒しながら、それぞれが別のルートで帰っていく。
イヴはバスの列に並び、綾香は違うバスのほうへ、凛は電車へ。
一人になったイヴは今日も楽しかったと、ツイッターにつぶやいた。
ここ数日充実した日を送れている。
ちょっとしたいざこざは水面下であるかもしれないが、今のところ楽しめている。
それに元はヤクザである。ちょっとしたいざこざなど幾らでも経験してきた。
命を奪われたりする心配もないイヴは、それならばとトラブルでさえ楽しむ所存だ。
ピロン。
ラインに通知が入る。
『イーちゃん♡』
『後ろ♡』
後ろのほうを振り向く。
凛が、いる。
「イーちゃん、もうちょっと遊んでいかない?」
「まだいたのか。いいよ、綾香も呼び戻す?」
「うぅん、二人っきりがいいなぁ♡ 二人っきりでねぇ、ゆっくり出来るとこ行こぉ♡」
凛の目に、ハートが宿っていた。




