196今はだめ!
前世のときに好きだった映画を見ていた。
改めてみるとやはり面白い。シリーズものだったので、イヴは時間を気にせず映画に没頭してしまった。
時刻を確認すればもう深夜の2時を回っている。
そういえばまだ風呂にも入っていないことに気づき、イヴはどうしようか悩んだ。
これから風呂に入れば睡眠時間が削れてしまう。
かといって入らなければ、朝の貴重な時間を失ってしまう。
「うぅん、明日の朝シャワーあびればいっか……」
◇
学校へと歩いていた凛が、前方を歩くイヴに気付いた。
愛しき後ろ姿はやたらと髪を手櫛で整え、普段よりも芳醇な香り(凛ちゃん比較)を発している。
毎朝のことではあるが、凛は愛しき人の姿に自然と足が速くなる。
「イーちゃん♡ おはろ♡」
「お、おぅ、おはよ」
近づいてきた凛から距離をとるイヴ。
何故距離をとられたのかと凛は一歩イヴに近づく。そうするとイヴはまた少し離れる。
一歩近づけば、一歩離れる。
二歩近づけば、二歩離れる。
(えっ、凛嫌われた……???)
軽くショックを受けていると、イヴはそのままそそくさと学校内へと消えてしまった。
「おはよ、イヴ」
「お、おう、綾香。おはよ」
教室にイヴが入ると凛と同じように綾香もイヴのほうへと近づいてくる。
しかしながら、イヴは綾香に対しても同じように距離を取った。
(え、避けられた?)
「はは……」
綾香が一歩前へ出る。
イヴが一歩後ろへ下がる。
綾香再び前へ。
イヴ再び後ろへ。
(はっ! これはもしや……昨日の水玉加工で致したことがバレて避けられているのか!?)
イヴは乾いた笑い声をあげると自分の席に腰をおろし、なにやらバッグをごそごそ。
(そ、そんな……さすがに自分をオカズにされて、ついに私の事を嫌いになってしまったの!?!?)
(あー、ちくしょう。寝坊してシャワーも浴びれなかった。おまけに制汗剤も忘れてやがる……)
イヴは大きなため息をつくと、そのままバッグに顔を埋めてしまう。
(ため息はいて顔を隠した!?!?!? 本格的に私を嫌いになってしまったの!?)
はわわわと涙が流れる綾香。
全くの見当違いではあるが、昨夜風呂に入らなかったなんて説明はされず綾香はただ心が砕けた。
(あああ、どうしよう、謝らないと! いや、でも、あれでアレしちゃったのは事実だし、ど、どうすれば……)
(風呂入ってねーし、制汗剤もねーし最悪だ。絶対今の俺臭いわ。オワッタ)
涙を流す綾香。ショックにため息の漏れるイヴ。
誤解は解けないまま、始業のチャイムが虚しく響き渡った。
◇
休み時間綾香は凛の元を訪ねた。
これまでの経緯を涙ながらに説明する綾香に、凛は腕組をして話を聞いていた。
「ということがありまして。どうやって詫びればいいのか……」
「これはもう、指を詰めて誠意を見せるしかないよ綾香ちゃん♡」
「ゆ、ゆびを!? 中指を差し出せと……! で、でも、それでイヴと仲直りできるのなら……」
もしそんなことをしたら、もう二度と自分で自分を慰めることはできなくなるだろう。
しかし、ここで誠意を見せずにそのままやりすごし、イヴに嫌われたままの人生を送るなどまっぴらごめんである。
綾香は涙を拭うと覚悟を決めて中指を机に乗せる。
ポケットからボールペンを取り出すと中指目掛けて振り上げる。
「ぐっばい、中指……!!!」
「嘘だよ♡」
ドスンと音がして、机に穴が空いた。
寸前のところで軌道を変えたボールペンは凛の机に深々と突き刺さっている。
「ちょ! 凛さん!」
「あたしの机に穴あけんなおかっぱ♡ それにそんなんでイーちゃんが喜ぶわけねーだろ♡
考えろ雑魚♡」
「ほ、本当に指を差し出さなくてもいいの? よ、よかった」
「そりゃそうだろ♡ 明日からもその中指を存分に使うがいいよ♡」
「うん!」
「で、イーちゃんの件だけど、実は凛も朝拒否られたの」
「え、凛さんも?」
「うん、挨拶しただけだったんだけど、妙にイーちゃんは距離をとっていた」
「それはつまり……」
凛の脳内で様々なシミュレーションが行われる。
今までのイヴは抱き着かれたりしても拒否などすることがなかった。
今まで散々イッチャイチャしてきたが、それを拒んだり距離をとることはなかった。
つまり、イヴに何かが起きている。
凛や綾香と距離をとらなきゃいけない何かが――。
「そういえば……」
今朝のイヴはやたらと髪を手櫛で整えていた。
今日はそこまで風の強い日ではない。それにイヴはサラサラストレートなので髪型が崩れるというのはそこまでない。
そして、イヴの香り。
日頃イヴの香りは存分に肺へと吸収しているが、その香りが普段よりも芳醇に感じた。
それはまるで――一日お風呂に入っていないような。
「ふっふっふ、謎はとけたよ綾香ちゃん」
「名探偵りんさん!」
「真実はいつもひとつ♡!」
◇
二人してイヴの元を訪れた。
イヴは教室の自席で手鏡を見ると櫛で髪を梳かしている。
サラサラストレートであっても、一日お風呂に入らずセットもオイルもつけていないと髪型が気になる。
イヴはあーでもないこーでもないと櫛を通し続けた。
「イーちゃん!!!!!♡」
凛ちゃんダイブ。
凛は勢いよくイヴへと抱き着くと胸元に顔を埋め、おもいっきり深呼吸した。
「ひいいいいいい!!! 凛!!!! まじでやめろ!!!!」
「イヴー!!!」
続いて綾香も発射。
背後からイヴのことを抱きしめると頭部に顔を埋め、おもいっきり深呼吸。
「ばかばかばか!!! 二人ともマジでやめろ!!!」
「うへぇ~♡ イーちゃんの匂いたまらねー♡」
「クンカクンカ!!! スーハー、スーハー、あぁ、肺も脳もイヴの香りで満たされりゅぅ……」
「やめろおまえら!!!」
なんとか二人を引きはがすと、イヴは距離を取る。
「まじで今日はだめ!!! 昨日風呂入り忘れたから絶対臭いから!!!」
「イヴ、私はそんなこと気にしないから」
「イーちゃんの匂いは香水にも負けない香りよ♡ 臭いなんてないんだから!♡」
「そんなことあるわ! 風呂入り忘れて、制汗剤も忘れて、今日はお前ら近づくな!」
「イヴううううううううううううううう!!!!」
「イーちゃあああああああああああああああああ♡♡♡♡」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ」
イヴのことを追いかけまわす二人。
必死に逃げ回るイヴ。
乙女心が二人を拒絶するが、乙女心が二人を突き動かす。
今日は寄り道せずに帰ろう。
帰ったらすぐに風呂に入って、そのあとに制汗剤をすぐバッグに入れておこう。
追いかけられながら、イヴはそう思った。
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