191正妻たれ
正妻とはいかなるものだろうか。
正妻;(法律で認められた)正式の妻。また、一夫多妻制で一番おもだった妻。
スマホで調べたところ、上記の内容が出てくる。
綾香の自分こそが正妻であるという訴えに、凛は正面からNOを突き付けた。
そもそも正妻とはどういうことか。
分からないならば、教えてやるしかない。
すでに準備は整っていた。
イヴに言われた通りのスポーツ飲料は購入済み。
+アルファとして道中のスーパーで食料品を買い込んだ。
さらに必殺の装備をバッグには用意していある。
正妻とは、なにか。
正妻ならば、どうするべきか。
(ふっふっふーん♡)
ルンルン気分で六道家のインターホンを押す。
しばらくすると玄関にイヴが顔を見せた。
「おー悪いな」
「いえいえ♡」
「あがって」
「あーい♡」
六道家へとお邪魔する凛。
どうやら風邪でも患ったようで、イヴはマスクをして頭には冷えピタを張っている。
「大丈夫そ?」
「うーん、こりゃ数日休むかも。午前中に病院いって薬もらってきたけど、身体がだるくてしかたねー」
「食欲は」
「食べれないことはないけど、作るのもめんどくせーから食べてない」
ふっふっふ……、理想の展開だよと凛はバッグからエプロンを取り出す。
「何かつくってあげるよ♡」
「まじ。ありがてぇ」
「イーちゃんお台所借りるね♡ あ、できるまで寝てていいよ」
「助かる。ありがとな」
「どういたしまして♡」
本当に調子が悪いのだろう、イヴはさっさと二階にあがると自室のベッドに横になる。
その間凛は台所にあるものを確認すると、鍋で湯をわかしはじめた。
さすがに米を炊くところからはせず、用意していたレンチンごはんを温める。
湯にごはんをぶちこみ、出汁のもと、たまご、細かく刻んだネギを加える。
(人が困っているとき、弱っているとき、なにかあったとき支えるのが正妻なのよ♡)
ちゃっちゃと玉子がゆを作り終えると、今度は別のものを仕込み始める。
また湯をわかし、コンソメを加えて、千切りした生姜、一センチ角に刻んだ野菜とかにかまを加えて少し煮込む。
簡易生姜スープのできあがりだ。
玉子がゆ、生姜スープ、買ってきたスポーツ飲料、さらにちょっとだけお値段のはる梅干し並べる。
「凛ちゃん特製療養セット完成♡」
お盆の乗せてイヴの部屋まで運ぶ。
ベッドに横になったイヴは凛がやってくると身体を起こして少しだけせき込む。
「おー、ありがとう」
「えへへ♡ はじめて(大嘘)作ったからうまくできてるかなぁ♡」
さっそく頂く。
「うん。うまいよ。凛料理うまいんだな」
「そぉ?♡ 将来いいお嫁さんになりたいからな♡」
「なれるだろ。本当にうまいよ」
「やったぜ♡」
残さずたいらげると、イヴは再び横になる。
まだ若干熱もあることだし、明日からまたバリバリ動くのは難しそうだ。
「お皿片付けたら帰るね♡」
「メシ作ってもらって悪いな。長居してもらいてーけど、凛に移しても悪いしな。本当にありがとな」
「いえいえ♡」
平らげた皿たちを持って再び台所へ。
皿洗いをして、残った玉子がゆをタッパ―に入れて冷蔵庫へ。
さらに数本のスポーツ飲料なんかも置いていく。イヴがいつでも飲食できるようにとの配慮だ。
「じゃぁ、イーちゃんかえるねー♡」
「おー、ありがとー」
まだイヴは二階にいたが、凛はさっさと帰る。
本当ならば二人きりの空間である。存分にイチャイチャちゅっちゅしたいが――今はそうも言ってられない。
(ふふ、これでいいの♡ これで♡)
これで、イヴの中で凛は料理ができるという付加価値がついた。
洗い物も完璧にこなしたし、冷蔵庫には明日のぶんの食事も置いてある。
(そう――あの日から)
イヴと夢について語りあった日。
イヴはいつか結婚したい、ウエディングドレスを着てみたい、なんて話をした。
過去の『男とは付き合えない』という発言、前世が男である=男の感覚のまま、ということから見ても、
結婚対象は女性だろう。
つまり、結婚はしたい。だがそのポジション的には夫的な位置なのだろうというのが凛の解釈である。
ならば、いいでしょう。
イヴが望むならそうしよう。
イヴが望むなら結婚しましょう。
イヴが望むならウエディングドレスを着せましょう。
イヴが望むなら完璧な花嫁になりましょう。
イヴが望むなら最高の妻になりましょう。
(あたしは完璧な花嫁も目標のひとつになったんだよ♡)
もうすでに一般的な家庭料理はマスターしている。
あとは個人的な好みなどを考慮し、イヴ好みの味つけにしていくだけだ。
(これでイーちゃんの中で凛はお料理もできるキャラになったはず♡
つまり、ちょっとえっちで可愛くておっぱいが大きいだけじゃない、お料理もできるお嫁ちゃんキャラにも後々なれるのだ♡)
少しずつ。
少しずつ自分自身に付加価値をつけていくことで、イヴのイメージを変える。
少なくとも長い目でみたときに『こいつ料理できないからなぁ』というマイナスのイメージはなくなる。
さらに、追撃。
『冷蔵庫に残った玉子がゆとスポーツ飲料いれてあるからね』
『ありがとー』
『あ、金渡すの忘れてた』
『また今度渡す』
『気にしないで♡』
『明日もまたつくりに行こうか?』
『明日も?』
『毎日は気が引けるしいいよ』
まぁイヴならばそういうだろうと既に予想済みである。
断られるのは前提に、明日凛は勝手に押し掛けるつもりだった。
今の関係値から考えても拒否したり、関係が悪くなることはないだろう。
イヴならば『悪いな、今日もきてくれたのか』なんていうと凛は予想する。
「明日はなにをつくろうかなぁ?♡ あ、明日は蜂蜜も買ってこ♡」
そして、凛が綾香と違うのはこれらのことを決して話さないことである。
綾香のように『こんなことがあった!』『あんなことがあった!』なんていちいち自慢する気はない。
きっとそのうちイヴから『あのときはありがとな』なんて言うはず。
そして、綾香ならばきっと『え、私の知らないうちに何があった?』なんて考えとともにまた暴走するのだろう。
「ふふふ♡ ふふふ♡」
すでに、脳内にはそう遠くない未来が描かれていた。
小説家として働く凛、その傍にイヴ。
毎日大変なこともあるし、喧嘩することもある。
それでも毎日凛がつくった料理を食べて、たまにイヴが料理を出して二人で食べる。
きっと家事なんかはイヴがこなして、執筆中にコーヒーを持ってきてくれたりする。
『執筆ばっかしてないでかまえよー』
『ん-、もうちょっと、もうちょっとだけ』
『あー? じゃぁ書いてる間ぎゅーしてるわ』
『もうイーちゃんたら甘えん坊』
『いいだろ別に』
『いいけど』
最初はぎゅーとしてるだけだけど、あまりに構ってくれない凛にイヴはむっとして。
次第にその手は凛の身体に触れだして。
「ぷっ……♡ ふふふ♡ ふふふ♡」
あくまで妄想。しかし、叶えられない妄想ではない。
「さ、正妻としてこれから頑張らねば♡」
二話更新した俺を褒めて