186ほうかごの
アルバイトは毎日あるわけではない。
イヴの現在の目的はあくまでもJKライフを謳歌することだ。
アルバイトはそのJKライフを送るために必要な資金集めにすぎなかった。
ただ、そこで思いがけずあいすという先輩と出会い、イヴは少なからずあいすの影響を受けていた。
放課後、綾香と凛と数日ぶりに町ブラしようと三人は最寄りの駅近くを並んで歩いていた。
いつもの三人が集まったはずなのに、イヴの意識は二人にはいっていない。
「イヴ、どこいく?」
「ん? あぁ……行きたいところはあるんだけど」
「えっイキたい? 私も」
「綾香ちゃん文字ちげーだろ♡」
イヴの視線は町に溢れる居酒屋やバーへと吸い寄せられている。
「俺らもさ、成人したら一杯やりたいな」
「いっぱいヤリたいだと!!!!!!!!! イヴったら!!!!! イヴったら!!!
そんなに積極的になっていたのね!!!! 成人なぞせずとも今すぐにでもヤリましょう!!!
さ、イヴ行くとこは決まった!!!! 一緒にイってヤリまくろう!!!!」
ぐいとイヴの腕を引っぱる綾香に、凛は笑いながらスクールバッグをフルスイングで綾香の頭に叩きつけた。
「落ち着けおかっぱ♡ いっとくけど、あたしはおかっぱのツッコミ役でもお世話係でもねーんだぞ♡」
「いや、今のはイヴが悪いでしょ!」
「いやぁー、一杯やりてぇー。吸いてえー」
イヴの視線の先にはバーがある。
ガラス越しに見えるバーカウンターでは酔っぱらった男たちが笑いながら酒を飲み、タバコの煙があがっているのが見える。
あいすと接し、久しぶりに酒やタバコのことを思い出してしまった。
今のイヴはまるで禁煙禁酒でもしているときのメンタルに近い。
一度もやったことがないならばこんなことにはならなかっただろう。
しかし、イヴは前世で経験してしまっている。
あのアルコールを、喉腰を、楽しさを。
あのタバコの感覚を、リラックスを、快感を。
体験として脳が覚えてしまっていた。久方ぶりに思いだされた感覚は強烈で、ついつい視界に入るそれらを追ってしまう。
「いっぱいヤリたいし、吸いたいって言ってますよ、ロリビッチ」
「そうだけども♡ イーちゃん今日はどったの♡」
「いやさ、バイト先の先輩がタバコ吸うんだよね。で、成人したら呑み行こうなんて言うもんだから。
むかーし、そういうこともあったなって思いだしちゃった」
「そうだたの♡」
「イヴ、綾香ちゃんはいつでも準備オッケーだからね」
「何が? あと数年しねーと呑めないし、吸えないだろ」
「今からでもヤレるし、吸えますよ。吸ってもらって構わないし、綾香ちゃんも吸うよ」
「何を?」
「やだイヴったら、そんなの言わなくたってわかるでしょ……」
妙にもじもじしながら顔を赤らめる綾香。
酒とタバコトークなのに何を言っているのかと疑問符を浮かべるイヴ。
そろそろツッコミに疲れたしほっとこうと思う凛。
「とりまカフェ入ろ。ビールは無理だけど、少なくとも炭酸は……炭酸は呑みたい」
「じゃ、どっか入ろ♡」
暑い日や仕事終わりのビールは最高だった。
あの感覚を味わうまでまだ数年あると思うと、それだけは残念に思える。
しかたなくカフェへと足を運ぶと、イヴは悲しみのジンジャーエールを注文していた。
ドリンクを飲みながらいつもの放課後を送った。
といってもおもに綾香が暴れ、凛が突っ込み、イヴが疑問符を浮かべたりする展開が続いている。
(酒を飲めるまであと数年)
目の前では綾香がまた凛に頭を引っぱたかれている。
(JK生活ももうそんなにはないんだよな)
高校生活は三年しかない。
長いようで、短すぎる期間。
経過してしまえばそれは過去となって振り返ることはできるが、戻ることはできない。
「なぁ。二人とも」
「ん?」
「なーに♡」
「二人の夢ってなに?」
「そりゃー決まってるでしょ」
立ち上がり、ない胸を張ると綾香の後ろにはドンッ!という効果音が現れる。
「イヴと結婚して二人で幸せになること!!!!」
どどんっ!
「そっかー。凛は?」
「え、反応冷たくない……綾香ちゃん本気だよ、イヴ……」
わなわなと自信をなくしてすがるようにイヴに寄り添う綾香。
イヴに問われた凛は人差し指を眉間に当てて考える素振りをし、少しだけ笑ったあとにまっすぐイヴを見た。
「凛ちゃんはねぇ♡ 小説家さんになってヒット作を何本も生み出すよ♡
それで生活していけるようになったら、好きな人ともっと真剣に正面からぶつかりたい♡
ちゃんと告白して、ちゃんと答えをもらって♡
あとはその結果次第かな♡」
「そっか」
「凛さんも私と同じじゃん」
「ちげーよ♡ 凛ちゃんはちゃんと人生プランがあるから♡」
「私だってあるもん!」
「じゃぁ、三年後どうなってたいか言ってみろよ♡」
「結婚♡」
「だめだ、こいつ話し通じねー♡」
「ぐへへへへ。そうだ、イヴは夢あるの?」
「あるよ」
「なになに?」
綾香も凛も興味津々にイヴのことを覗き込む。
てへへと笑いながら、イヴも恥ずかしそうに口を開いた。
「二人と似てんだけどさ、俺も――いつかは結婚してみてーなって。
ほら、女に生まれたろ? だから、せっかくだから、ウエディングドレス着てみたい、なんて……」
その時の照れたイヴの顔は。
最高に乙女で。
最高に天使で。
最高に可愛くて。
最高に尊くて。
最高に最高で。
最高&最高オブザBESTで。
束の間――
イヴは本当に女の子になっていて、綾香も凛も言葉を発するのを忘れてしまっていた。
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