168ロード
国道に出て、長い道のりを走っていた。
隣に座るイヴは何を思っているのか、窓の向こうをただ眺めていて何を口にしようともしない。
タバコを咥えながら横目に見る。
そこにいるのは金髪の美少女。つい先日はじめて顔を合わせたばかりの女子高生。
だが、そこにいるのは舞依の前世の恋人。
見た目はまるで違うのに、醸し出される雰囲気は前世と何も変わっちゃいない。
(隣にいるのは、竜司)
深く煙を吸い込んで窓の外へと流す。
ホテルへ行こうと言いだした舞依は、すでにホテル街を通り抜けてどこか遠くを目指していた。
どれだけこの人に逢いたいと思っただろう。
どれだけこの人の顔を見たいと思っただろう。
どれだけこの人を抱きしめたいと思っただろう。
どれだけこの人のことを想い涙を流しただろう。
どれだけ。どれだけ。
「竜司」
「今はイヴだ」
呼んでみた名。
返ってきたのはあの頃の声ではない。
帰宅時間を回った国道は道が混む。舞依が運転する車もやがて渋滞に捕まると、その足取りを遅くした。
ハンドルに顎を乗せて道の先を見つめる。
この先には何があるのだろうかと考えてみるが、答えはまだない。
「とりえあずさ」
口を開いたのはイヴだ。
「うん?」
「ホテル行くんだろ。シャワー浴びたい。汗だくだから」
「あぁ、そうだよね」
「着替えも欲しいんだけど」
「ドンキ寄ろ。てきとーに買ってくるわ」
「頼むわ」
◇
お城のような見た目をしたホテルにたどり着いたのは、それから1時間程度あとのことだった。
部屋に入るなり、イヴは風呂場へと消えた。
一瞬浴びているところを襲ってやろうかとも思った舞依だったが、今舞依の心はそんな状態にはなれなかった。
愛しすぎる人が戻ってきたはずなのに。
心が追い付いていない。
イヴが恋人であると分かった瞬間、舞依はこれまで溜まっていたものを全てぶつけた。
しかし、その後湧き上がってきたのは消化しきれない感情だ。
(嬉しいケド――)
あの頃の姿じゃない。
ただ姿が違うだけじゃなく、性別すら違う。
「はぁ」
悩む数だけ、タバコの本数が増えていく。
来たばかりのホテルの灰皿には3本目のタバコが押しつぶされた。
「おい」
シャワーからあがったイヴが怪訝な顔をしながら舞依に詰め寄る。
身体にはバスタオル一枚巻いて、手には用意した着替えを持っている。
そんな姿を見て、見事なプロポーションだなぁと舞依は惚れ惚れする。
女性でも憧れるような美貌と若さが、そこにある。
その顔は怒ったようにムスッとしているが、とても可愛らしい。
「なに?」
「なんだこの服はテメェ」
広げて見せたのはドンキで買った安物のロリータ服である。
てらてらの素材、わかりやすく安物っぽいミニスカ、開かれすぎたデコルテ。
「なんだって着替えだけど?」
当たり前でしょう、とでも言いたげな舞依の顔にイヴは余計に眉間に皺を寄らせた。
「こんなもん着られるか! 舐めてんのかテメー!」
怒鳴られているのに、舞依の心はほっとしてしまう。
だって、声は違うけれど、その気迫も怒り方も昔のままだから。
「いいじゃん。今なら似合うでしょ」
「似合う似合わないの問題じゃねー! 普通スウェットとかだろ!」
「せっかく女に生まれ変わったんだから、女物着ろよ」
「女物だって、他にも選択肢あんだろーが!」
「うるせーなぁ! いいからさっさと着ろよ!」
立ちあがると持っていたロリータ服を奪う。
巻いていたバスタオルをはぎ取ると、そこには美事すぎるボディが曝け出される。
「ちょ!」
「はぁ、本当にいい身体になっちまって。ほら、着替えさせてやるよ」
「だー! やめろ! 触んな! ひとの話聞けテメェ!」
「いいじゃん、いいじゃん、ほらほら!」
「だー、もう、こんなん着られるか!」
嫌がるイヴ。無理やり着せようとする舞依。
だが、そのやりとりは昔のことを想いださせる。
そう、昔イヴがまだ男だったとき。任侠だったときのこと。
『任侠の俺がこんな可愛いもの着られるか!』
『いいじゃん、いいじゃん。私といるときくらい。ほら、着せてやるよ』
『触るんじゃねぇテメェ! ひとの話聞けテメェ!』
『いいじゃん、いいじゃん! ほらほら!』
あの頃。
目を潤ませながら、舞依は笑う。
例え目の前にいるのが、見た目が違うあの人であっても。
それでも。