167ランナーズハイ
イヴは走っていた。
帰宅してから即ランニングウェアに着替えたイヴは長い髪をポニーテールにまとめると、普段よりも長く走っていた。
やがて川が見えてきて、川沿いの土手を走る。
ふと、周りの景色を見れば空がとても大きく感じる。
周りに高い建物がないために、土手からは普段はみれない大きな空が見える。
入道雲がいくつもあるせいで、余計に壮大に感じられた。
「ハァ……ハァ……」
この景色には、見覚えがある。
もうこの町には16年住んでいるために、見覚えがあるのは当たり前のことであるが、今はそれが新鮮に感じられる。
見覚えがあるけれど、見覚えがない景色だから。
今は六道イヴ。
前世は違う名前。
これからは六道イヴとして、今を時めくJKとして生きようとした矢先に前世の恋人と繋がりをもってしまった。
「はぁ……ハァ……」
舞依は16年間、どのような思いでいたのだろうか。
ただ、自分が自分であるとバレたときのあの表情。そしてその後をのことを考えれば、少なからず心の中に前世の姿があったのだろう。
少し老けていた。
年でいえばもうアラフォーも近いだろう歳に舞依はなっている。
それでも体つきは以前にもまして美しくなっているし、体形が崩れることなどなかった。
顔つきも昔から幼かったせいか、当時と変わらない――それどころか夢を叶えたせいか、以前よりも輝いてみえた。
「……」
何故、自分は前世の記憶など持っているのだろうと考える。
前世の記憶が戻ったのには何か意味があるのか。それともただの神様の悪戯なのだろうか。
前世の記憶なんかあるせいで、前世の繋がりの人と関係を持ってしまった。
それもイビツな形で。
(舞依のヤロウ……)
女性同士にも関わらず舞依はイヴのことを一糸まとわぬ姿に剥いた。
そして女同士なのに、舞依はなんのためらいもなくイヴのことを弄んだ。
思いだしただけで顔が熱くなる。
男のときにはなかった感覚が、今はある。
それがどのようなものなのか、舞依のテクニックによって存分に味わわされた。
土手を折り返し、来た道を戻る。
空はいつの間にか薄っすらと暗くなり始めて、一番星が輝いているのが見える。
入道雲、薄暗い空、橙がまだ残る西側、一番星。
長い髪は汗に濡れ、ランニングウェアから見える谷間にはびっしょりと玉の汗がある。
この景色も今は見慣れてしまったが、見慣れない景色だ。
谷間にかく汗も、汗に濡れる長い金髪も、前世にはなかったもの。
イヴの横を、部活帰りらしい男子高生の群れが通り過ぎていく。
女になって分かったものがもう一つある。
それは視線である。
男子たちのあからさまに谷間や太もも、女性のパーツを見る視線に気づくことが多くなった。
というよりも、分かりやすく男子たちの視線はよく動いている。
今通り過ぎて行った男子たちも、イヴの谷間に釘付けであった。
シャワーでも浴びたかのような汗を掻きながら、やっと自宅へと着く。
もう全身びっしょりで、足跡の代わりに汗の跡を残しているようだ。
「おかえり、イヴ」
膝に手をついて息を整えていたイヴへ、声とタオルが投げられる。
「お、ありがと……って、テメェなんでいんだよ」
玄関先で待っていたのは舞依だった。
「いちゃ悪い? 今日はもうお店閉めてきたんだ」
「何しに来たんだよ」
受け取ったタオルで汗を拭いながら、イヴは睨む。
「何って通い妻しにきたんだよ。何、文句あんの?」
「……ある」
「そう。なら続きはホテルで聞いてあげるから。いくよ」
汗ばむイヴの手を掴むと、舞依は強引にイヴを車へと連れ込んだ。