164天国への招待
「はぁ、はぁ、はぁ……」
何回も『やめて』って言ったのに、何回も『もうダメ』といったのに、舞依はイヴの言うことなど聞いてくれなかった。
奥にあった座敷で、イヴは身体を横たえると肩で息をしている。
口周りは涎でぐちゃぐちゃになっているし、身体はこれ以上なく熱くて痛くて、何度も天国へと昇華させられたせいで感覚が狂っている。
「すっかり女になっちゃって。何そのスケベな顔は?」
一仕事終えた舞依は傍らの椅子に腰かけるとタバコを吸う。
ブラジャーとパンティーだけの姿の舞依。プロポーション完璧な彼女であるが、今は完全に男役となっている。
「はぁ……はぁ……」
答えられず、イヴはぼんやりとした目で舞依を見る。
男のときはなかった感覚。
舞依といたときは――前世ではこんなことなかったのに。
女同士だからだろうか、舞依は女のツボを押さえており、的確にイヴを責めると何度も何度も天国へと強制的に連れて行った。
乱れ髪になった茶髪を手櫛で整えながら、舞依はイヴを見る。
見下したような視線。いじめっこがいじめられっこを見るような冷たく白い視線。
「何見てんのよ」
「み、見てるのは……はぁ……そ、そっちだろ……」
「口の利き方がなってない。また私を怒らせたいわけ?」
「ち、ちが……」
もう勘弁してくれ。これ以上されたら壊れる。
そう言いたいのに、イヴはろれつが回らずすがるような視線で舞依を見やる。
だが、蕩けた瞳に火照った顔色、顔面涎でぐちゃぐちゃになった顔を向けられれば、舞依は再び燃えてしまう。
「ったく、何その顔。前の格好いい顔はどこにいったの?
そんな発情したメスの顔して。もっとして欲しいの?」
「ちが……、ま、まじ、もう……」
エチチチチチチチチチチチチ。
勃。
「あーあー、昔は格好良かったのになぁ。
今じゃ可愛い女の子になっちゃったね。ほら、可愛がってあげる」
「ま、まって、もう死ぬ。本当に死ぬ」
「一回死んでるでしょ。ほら、もう一回天国イクんだよ」
「ぁ……あ……」
イヴの瞳に映る舞依の顔。
天使のような顔をしているのに、イヴには悪魔にしか見えなかった。
♡
やっとまともに立てるようになったのは、夜になってからである。
昼前に着いたはずなのに、いつの間にか外は暗くなっている。
悔しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、申し訳ない気持ちとか。
もう色んな感情がぐっちゃぐちゃになっている。
「大丈夫? ちゃんと歩ける?」
「……歩ける」
「泊っていってもいいんだよ?」
昔と変わらないタバコを吸いながら、舞依が言った。
「……泊まらない」
「なんで?」
「……今の俺には家があるから」
ニヤリと笑い背後から抱きしめる舞依。
「嘘。そうじゃないでしょ?
もし泊まったら……戻れなくなっちゃうからでしょ。
私昔からテクはあるから。それに――女同士ならいいところだけ責められるしね」
かぷりと耳を食まれ、鳥肌が立つ。
「……もうここには来ない」
「いいよ。私が勝手にそっちに行くから」
もうこれで終わりだと思ったのに。
生まれ変わってもまた繋がりが出来てしまった。
いや、これは自分の責任であるとイヴは嘆くと乱れた服を直してバッグを手にした。
さすがにもう帰らなければ本当に遅い時間になってしまう。
それこそ終電など逃せば――。本当に戻れなくなってしまう。
「りゅ……イヴも吸う?」
差し出されたタバコ。イヴは受け取らない。
「今未成年だから」
「えらーい。じゃぁ酒もやらないんだ?」
「未成年だからな」
「ふーん。ま、いいけど。生まれ変わってまともになっちゃったんだね。
見た目はあの頃とはまるで違うし。感じるところも違うしね」
「うるせー。もうお前には逢わねぇ」
「いいよ。私が勝手に逢いに行くから。
もうイヴが誰だか分かったし、勝手に死んだ責任取ってもらうから。
生まれ変わったからって終わりだと思わないでね」
「……」
「そもそも――別れようなんて言われてない。
だから」
「……竜司はもういない」
「いるじゃん。目の前に」
いつか呼ばれた名を、イヴは口にする。
もう存在しない名前。でも、存在する名前。
「今日はもう帰る」
「分かった。気をつけてね。家まで送ろうか?」
「お前車も買ったの?」
「うん。中古だけどね」
「じゃ、頼むわ」
そこから舞依の運転する車でイヴは地元へと戻った。
途中人気のない田舎道に入り、イヴはまた天国へと強制的に連れ去られたのもあり、家に帰宅するころにはすっかり疲れ切っていた。
「ここが今のおうちかー。じゃ、またねイヴ」
「う、ぅん……」
「ほら、頑張って立ちな」
「た、立てなくしたの誰だよ……」
「弱いなぁイヴは。
あ、私土日は忙しいから逢えないから。
平日どっか休めるとき連絡するわ」
「も、もう逢いたくない……」
もう家の前についているのに、イヴは扉を開ける力すら残っていなかった。
「拒否権とかないから。
あ、そーだ。せっかく女同士になったんだから色々しよーよ。学生なら金ないでしょ。
援助してやるよ」
「い、いらない」
「あ、そ。じゃ、とりあえずまた休めるとき連絡するから。
家も覚えたし逃げられると思わないでね」
「クソが……」
「ほら、お別れのチューは?」
「したくない……」
「するんだよ」
力の抜けきったイヴの後頭部を掴むと、舞依は無理やりに唇を合わせる。
舌が何度も何度も絡み着いて口がべちゃべちゃになってしまう。
「ぷは、じゃーおやすみ」
「お、おやすみ……」