161いい日旅立ち
きゅっと両手を胸に握る。
燃え盛る欲情を感じながら、美里は目を閉じるとくちびるを差し向けた。
鳴りやまぬ鼓動だけがそこにある。
永遠とも思える沈黙、期待したくちびる。
くちびるの代わりに、イヴは人差し指を美里のくちびるに当てた。
「冗談だよ」
「ぇ……ぇえ~~!?」
「そういうことは付き合ってからするもんだろう?
ダメだぞ、することはちゃんと筋を通してからだ」
「うぅー、べ、別に……期待してないもん」
口ではそういうものの、美里のおなかはキュンキュンしていますなう。
「期待してたから、してないなんていうんだろう?」
「してないもん! バカ! キライ!」
シャーと猫のごとく威嚇する美里の爪がイヴの乳を引っかく。
爪が当たるたびにバインバイン弾けるものだから、美里は余計に気分がむらついてしまう。
「俺は好きだぞー」
「友達の好きでしょ! バカ!」
「友達以上の好きがいいの?」
悪戯に笑う顔に、美里は顔を赤らめながら歯をくいしばる。
まるで自分の心が弄ばれている心地だが、そんな今が嫌でもない。
だって、もしナニかしてしまえば。
もう今までの関係には戻れない気がしたから。
◇
結局美里の家に泊まることとなり、暗い部屋で美里はすでに寝息を立てていた。
ベッドには美里が、ゲスト用の布団にはイヴが横になっている。
一瞬二人でベッドで寝ようとも言ったが、美里は顔を真っ赤にすると再び怒りはじめたので、寝床は別々となった。
(なんだか――)
暗い中、イヴは現在を想う。
(女に生まれ変わったのに、女に好かれんなぁ)
綾香、凛、千鶴、桃子、そして美里。
なんとなーくではあるが、それぞれが友達以上の好意を向けているのを、イヴは自覚していた。
前世、恋愛経験がなかったわけではない。だからこそ――向けられる眼差しが、気持ちが、友達以上だと確信が持てた。
暗い天井を見上げ、物思いにふける。
今のこの状態が嫌なわけではないが、この先どうなるのだろうかとは思う。
(まぁ、高校生だし……この先どうなるかなんてわかんねーか)
きっと。
高校を卒業したら全員が同じ大学にいったりすることはないだろう。
違う大学にいって、もしくは専門にいって、はたまた就職することだってありえないことではない。
そうやって少しずつそれぞれの歩幅がずれていって、それぞれのゴール地点が枝分かれしていって。
いつまでもこのイツメンで永遠にいられるわけではない。
だからこそ、今を全力で楽しみたいとも思うのだけれど。
(そういえば――)
イヴは過去に思いを馳せる。
昔――自身がヤクザだったとき、自分が男だったときのことである。
イヴには恋人がいた。その当時の彼女とは別れもいえないままに、関係が自然と終わってしまった。
死という逃れられない断絶。
あの頃の恋人は、今何をしているのだろう。
(舞依は今何してんだろな)
舞依。前世の恋人の名。
もうすでに昔の恋人に気持ちはない。
だが、後悔がないわけではない。
言いたいことはいくらでもあった、しかし、言うことも出来ずに前世の人生は終了してしまった。
(舞依、店オープン出来たんかなぁ?)
舞依は自分で料理店を出したいなんていっていた。
あの当時いっていた夢は今、叶っているのだろうか。
毛布にもぐりこむと、スマホをいじる。
前世で住んでいた場所を検索する。
(料理屋……料理屋……お?)
一件の料理屋がヒットする。
まだオープンしてからそんなに年数の経っていない中華料理屋である。
ヒットした料理屋のことをさらに検索する。
SNSで料理屋のことを調べれば、運のいいことにその料理屋のオーナー兼店主のアカウントを見つけることが出来た。
そこに映っていたのは、笑顔の店長の写真。
(へぇ)
頭にはちまきを巻いた女性。長い茶髪を束ねた元気そうな女性が笑顔でいる。
(……行ってみようかな)
会ったら――。
何を言おうか考える。
何て言えばいいか考える。
眠れぬ夜を過ごしながら。