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127夜

 スマホの電源をオフにした。

せっかく普段は居ることの出来ない場所にいるのだ。イヴはこの状況だけを楽しもうと電源の切れたスマホをバッグにしまった。


 壁にかかった時計は21時を回っている。

まだ寝るには早いが、何かをはじめるには微妙な時間である。

周囲には何もない。ベランダから見渡す景色にあるのは海と波よって削られた岩場ばかりである。


「お散歩いくひとー?」


 声をかければその場にいた全員の手があがる。

 サンダルをひっかけると懐中電灯片手にイヴは夜の海辺へと繰り出した。


 砂浜沿いの道にぽつぽつとある街灯が夜道を照らす。

街灯の灯りには蛾だとか羽虫が集まると夜の世界になっていると告げている。


「カブトムシいねーかな」


 街灯の元を見やる。

虫はいるが夏の王様であるカブトムシの姿はない。

かわりにダンゴムシだとか小さなコガネムシが光向かって足を運ぶのみだ。


「イーちゃんのそういう少年ぽいところも好きよ♡」


 腕に絡まってくる凛。

ぱっくりと開けられたデコルテと覗く谷間。

谷間は大きく口を開くとイヴの腕を飲み込んでしまっている。


「だって、夏といったらカブトムシだろ。ガキんときはよく捕まえたもんだ」


「やん♡ ワイルド♡」


「知ってる? カブトムシってさたまに目の色が違う奴がいるんだよ。

白い目のホワイトアイ、ワインレッド色したレッドアイとかさ。結構高く売れたりすんだよ」


「へー♡ そうなんだ♡」


「どっかにいねーかな、カブトムシ」


「いるといいね♡」


 夜道には人の気配はない。

建物も少なく、あるのは砂を被った道と街頭、そして伸び放題の草ばかり。


 なんでもない夜、でも、二度とは戻れない夜。


「あ、ねぇ、イヴ、あれカブトムシじゃない」


 千鶴が指を指すとそこには街頭に一匹の大きな虫。

ブンブンと羽音を立てるそれは他の我やコガネムシよりも大きく見える。

近づいてみてみれば立派な二本角を生やしたカブトムシである。


「ほんとだ。落ちてこねーかな」


 飛び回るカブトムシは街灯の灯りにひたすらタックルを続け、落ちてくる気配がない。

ジャンプしようにもつかめない距離にいるそれは、まるで届かない目標のようにも見える。


「ちょっと失礼」


 少し後ろに下がって千鶴がカブトムシに狙いを定める。

軽く腰を落とすと、滑らかな動作で地面を蹴る。


 タンッ。


 飛び上がった千鶴は街灯の折れ曲がった首に捕まると、片手で振り子のように揺れる。

飛んでいたカブトムシをキャッチすると、そのまま地面へと着地する。


「はい」


「はい、ってすげぇジャンプ力だな」


「色々部活やってるから」


「部活やってて出来るジャンプ力じゃねーよ」


「そうかな?」


 受け取ったカブトムシがイヴの手の中でわちゃわちゃと動く。

目の色は普通の茶色をしている。


「イーちゃんもちーちゃんもよく素手で掴めるね……♡ 凛虫にがて……」


「俺もゴキブリとかは苦手だけど、カブトムシくらいなら」


「私も別に大丈夫かな。よく祖父の家とか行くと網戸に飛んできた虫とったりしてたよ」


「へー、ちーちゃんもそんなことしてたんだ」


「同じ年のいとこがいるから、小さいときにはよく捕まえてたよ。もう何年も前だけど」


「ワイルドちーちゃんじゃん」


「イヴだってそうじゃない」


 まるでコサージュでもつけるような感覚でカブトムシを胸元につける。

カブトムシもイヴの巨乳を掴めることが嬉しいのか、そのまま飛び立とうとはしない。


「むーしーはーいーなーいーかーなー」


 先頭を切って歩くイヴはまだ捕獲したりないようで、街灯の元へ着くたびに何かいないかと探している。

見た目は金髪美少女であるが、その姿は幼い少年のようである。


「なーつがすーぎー、かぜあざみー」


「随分古い歌だね♡」


「そう、名曲だろ?」


「名曲だね♡」


 途中あった自販機でジュースを買うと、古くなったベンチに腰掛けて夜空を見る。

都会では見れないであろう輝かしい星が空に。


「流れ星でも見れねーかな」


「今は時期的に無理じゃない?」


「見れるといいね♡」


 ぼんやりと空を見る。


 いつもなら――スマホを見たり、勉強をしたり、なにかしらしなければならないことをして、時間はあっという間に過ぎる。

でも、今はとても穏やかでのんびりとして、ゆっくりとした時間が過ぎている気がした。


「あ……」


 胸にしがみついていたカブトムシが飛び立っていく。


「捕まえる?」


「いや、いいよ。奴らもひと夏の命だ。自由がいいに決まってる」


「イヴは時々センチメンタルみたいな、悟ったようなことをいうよね」


 千鶴の瞳に映るイヴは、少女であって少女でない。


「そうか?」


「まるで一回人生やりきったみたい」


「そうだな……輪廻転生ってあると思う?」


「どうかな。でも、もし次生まれ変われるとしたら――」


「したら?」


「またこうやって女の子したいかな。だって、楽しいし」


「そっか」


「イヴと凛さんは?」


「俺は――そうだなぁ、わかんねーや」


 真顔で空を見るイヴ。

凛はすでにイヴが前世男であったことを知っている。

だから、そんな風に答えるイヴがなんだか切ないような。


「凛は生まれ変わるときの希望はないなぁ♡ ただ、こうやってまたイーちゃんやちーちゃん、

綾香ちゃんともみーちゃんとも、ももちゃん先輩も、ユリカちゃんとも一緒だったらいいな♡」


「そうだね」


「はは、確かにな」


「凛もたのしーもん♡ それにきっとこれからも楽しいと思う♡

だからずっと一緒にいたい♡」


「凛はときどき可愛いこというよな」


「もっと凛を可愛がって♡ もっと凛を好きになって♡」


 飲み干した空き缶をゴミ箱にシュートして立ち上がる。


「そろそろ帰るか」


 来た道を引き返していく。

また何でもないいつもの会話をしながら夜道を行く。


 次生まれ変わりがあるなら、何がいいだろうか考える。


 前世は男で、今は女の子で、次は何になるのだろう。

生まれ変わったとき、また今回のように前世の記憶が戻ることはあるのだろうか。


 立ち止まり空を見る。


(もし次生まれ変わったら――また次があるなら――)


 潮風が長い髪を撫でる。


(また、こいつらと居たいな)


 目の前を歩く少女たちを見る。

背後に流れた流星の行方を、イヴは知らない。


レビューほしいんご☆

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかいいっすなぁこういうの こういう感じのって中学高校の大人になりかけの時になるのがめちゃセンチメンタルな感じになるからもうそういうのは自分には来ないんだなあって考えると寂しいなぁ! 大学…
[一言] 仮に、輪廻転生というものがあったとしても、人間に転生出来るとは限らないんだよな~…。
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