102シンデレラになるために
香り高き紅茶の匂いが室内に広がっていた。
ふんわりとした優しい香り。香ばしく、その中に少しの甘みが鼻に残る。
「鈴木さん」
「はい」
出された紅茶に口を付けないまま、千鶴は生徒会長である桃子を見る。
その顔は穏やかすぎて、かえってそんな桃子に不安を覚えてしまう。
「シンデレラコンテストがいよいよ開催されますわ」
「掲示板に貼られていましたね」
「えぇ。今のところ10名ほどの方が応募されるそうよ。といっても、どうせわたくしと六道の勝負になるでしょうけれどね」
紅茶に口をつけ、その香りの良さにため息をつく桃子。
緊張から喉の渇きを覚えた千鶴もやっと一口紅茶に口をつける。
「あなたはどちらが勝つとお思い?」
問われ千鶴は答えに迷う。
どちらが勝つか――というのは、はっきり言ってわからない。
生徒会長として桃子はすでにアドバンテージがある存在である。
それに対し、イヴはなんのアドバンテージもない、ただのクラスのマドンナ的存在である。
当日写真が張り出されると、生徒たちによって投票されシンデレラが決まる。
イヴに勝って欲しいという想いはあるが、イヴが勝てるという自信はない。
「その様子だと――六道が勝てるという見込みはないようね」
「はい……ですが」
「?」
「私はイヴに勝ってほしいな、と思います」
本心を告げる。
途端に桃子は顔色をムッと変えるが、紅茶を一口飲むと勝利を確信しているように笑った。
「フフ、構いませんわ鈴木さん。ですが、六道はわたくしには勝てませんことよ? 絶対にね」
「何故そこまで言い切れるんですか?」
「だって、もう策を打っていますもの」
笑う桃子。隣にいるメイドも勝利を確信したように笑う。
まるで子供が悪戯を企んでいるかのような――、純粋な、純粋な悪の心が透けて見えるようだ。
「もう戦いは始まっていますのよ。鈴木さん」
「……!」
「きっと六道は悔しがることでしょうねぇ」
「何を企んでいるんですか……何故そこまでイヴに勝ちたいんですか」
「企みの仔細は敵側のあなたに言えるはずがありませんわ。でも、勝ちたい理由ならば教えましょう」
鋭く光る視線が千鶴を向く。
でも、どうしてだろう――まるで恐怖も何も感じない。
綾香や凛の争いに見慣れてしまっているからだろうか。
時にバーサーカーと化す綾香の姿を見ているせいか。ユリカという強大な存在を見てしまったせいだろうか。
綾香も、凛も、ユリカも、いずれもその気迫は本物の殺気と言えるほどのものだった。
(南沢先輩からものすごく――)
権力を翳す姿、わがまま全開のお嬢様な姿、富を振りかざしている姿。
そして。
千鶴はちらり天井を見る。
そこにはイヴが振り返る写真が拡大コピーして張られている。
きっと桃子は時折生徒会長室で腰を掛けると天井のイヴを見てニヤニヤしているのだろうなと思える。
全てが、桃子の全てが――
(凄く小物っぽいッッッ!!!)
「わたくしが六道に勝ちたい理由。それはあの女がわたくしの顔に泥を塗ったからよ!!!
あの女のことを考えると夜も眠れないわ!!!! あの笑顔!!!! あの態度!!! あの容姿!!!
わたくしがあんなにたくさんラインをしても全然返してくれないし!!!
わたくしが頭を悩ませてたくさんの言葉を紡いだのに、あの女は『そっすね』だけで返したりするのよ!!!!
なんなのもう!!!! わたくしがどれだけあの人のことを考えて胸を痛めていることか!!!!
電話をかけても中々でないし、わたくしのことを怒りもしましたのよ!!!!
話せば話すほどわたくしの心を乱し、逢えば逢うほど素敵に見えてしまうのよ!!!!!
いったいどうしてくれるの!!!!! わたくしがパンツをお借りするときどれだけ恥ずかしかったことか!!!!!
それに履けるわけなんてないでしょう!!! あんな水色のぱんつ!!!!!
あんな使用済みぱんつなんてすぐにジップロックに5重にして保存してやりましたわ!!!!!」
「え、ぱんつ?」
「今のは聞かなかったことになさい!!!」
「は、はぁ……」
「それにぱんつならば、あなたにも責任があってよ!!!!
わたくしあれから毎日黒地に水玉を履いてますのよ!!!! せっかくお揃いだと思っても確認なんて出来やしない!!!
ただ妄想に浸って、今日はお揃いなのかな、明日はお揃いなのかな、なんて考える毎日よ!?!?!?!?
毎日おなじ柄のぱんつを履くわたくしの気持ちに気付いてくださる!?!?!?!?」
「えぇ……南沢先輩……イヴのこと……」
「なぁにがイヴよ!!! 六道イヴなんて珍しい名前して!!!
輪廻転生してアダムとイヴになるつもりなの!?!?!? ならアダムはわたくし以外いないでしょう!!!!
六道と同じ金髪であるわたくしがアダムになるべきなのよ!!!!」
(ちょっと何言ってるかわかんない)
暴走をしはじめた桃子の止め方など、千鶴に分かるはずがなかった。
なんとか止めてくれないかなとメイドのほうを見るが、メイドは尻を桃子に寄せるばかりで何をするつもりもない。
(どうしよう……な、なんて言えばいいんだろう)
「あなたたちは良いわよね!!!! いつも六道と一緒にいられるから!!!!
わたくしなんて学年も違うし、生徒会の仕事もあるしで、放課後一緒にきゃっきゃうふふなんて出来ませんのよ!!!
いい加減にして!!!」
「お嬢様、でしたらわたくしとキャッキャうふふしましょう!!!!」
「うるさい!!! あなたに発言権はないって言ったでしょう!!!!」
スパパパパパパパパパパァンッッッ!!!
怒りや恨みつらみ妬みが込められた桃子の強烈な往復10連撃がメイドの尻に炸裂する。
「あぁ!!! こんなにたくさんご褒美を!!!! し、幸せです!!!」
(このメイドさんもヤバい人だな……)
「あんたみたいな豚の尻引っぱたいたってわたくしの手が痛いだけですわ!!!!!
この役立たず!!! 給料泥棒!!!! 雌豚!!!」
「もっと! もっと!!!」
「だらしない口を開かないで!!!! だらしないおしりをこちらに向けないで!!!」
もう止まらなくなった桃子はメイドの口をテープで覆うと、その身体を紐でグルグル巻きに固めている。
全身縛られて身動きを取れなくなっているのに、メイドの表情といったらそれはもう幸せそうな顔をしている。
楽しそうだなぁと思いながら、千鶴はこっそりと席を立つと逃げるように生徒会長室をあとにする。
「んんんんん!♡」
「あ、あら! 鈴木さんがいないじゃない!!! あなたのせいでお話が出来なくなったでしょ!」
「んー♡ んー♡」
「このおばか!!!」
メイドの尻を蹴り上げる。
恍惚としたメイドは身体を支配する痛みに歓喜のうなり声をあげた。
◇ ◇ ◇
「というわけなのよ」
廊下で千鶴はこれまでの経緯をイヴに説明した。
といっても、パンツの件などは省き、シンデレラコンテストで桃子が何か企んでいるということのみを話した。
「ふーん。桃子パイセン金持ちそうだしね。なにするんだろ?
買収とか強請り、脅しとか?」
「うーん。南沢先輩はそういうことする人には見えないけれど……」
「あー確かに」
桃子ならば多分そういったヤクザなことはしないだろう。
抜けきれない前世な考え方に、イヴは窓から遠くの空に目を細める。
「南沢先輩なら、たぶんあのメイドさんとかに何かさせるような気がする」
「何かって?」
「ほら投票っていうと選挙みたいなものだから……街宣とか?」
「あーパイセンならやりそう」
「でしょう。校内で投票を集めるように宣伝とかはするんじゃないかな」
「そっかー。どうせなら勝ちてーけど、そういうのされたら勝てるきしないな」
チラリ千鶴の視線はイヴのスカートへ行く。
桃子は毎日を黒地に水玉のパンツで過ごしているといった。
別に制服を着ていればいつでもお揃いなのにと思うが、桃子はそれだけでは満足しないのだろう。
桃子と接していたせいで、今イヴがどんな柄のパンツなのか千鶴もちょっとだけ気になってしまう。
「あのさイヴ」
「おん?」
「今何色のパンツ履いてる?」
「え?」
「あ」
「どうした急に」
「え、あ、いや、なんでもないの……た、ただちょっと黒地に水玉履いてるかなぁって思って」
「見る?」
「エッッッ」
「嘘だよ」
「あぁ……うん、だよね」
急に赤くなって俯く千鶴。恥ずかしそうな表情でありながら、残念そうな面もしている。
凛や綾香なら聞いてきそうなワードではあるが、まさか千鶴までこのような聞くとは思わなかった。
しかし、一緒にいる時間が長い分、千鶴も少し染まってきてしまったのかなぁとも思える。
「今日はピンクだった気がする」
「そ、そうなんだ! ぴ、ピンクか……わ、私も」
「お揃いだね」
「そうだね……(ち、ちょっと嬉しいかも……)」
ちょっとだけ、桃子の気持ちが分かったきがする。
千鶴はただ同じ色の下着をつけているというだけなのに、見えないところでお揃いを楽しめているような気がして顔が微笑んでしまう。
「そろそろ教室戻るわ。俺らも何か勝てる方法考えないとな。じゃな」
「うん。またね」
「あ、今日図書委員だから、暇だったらこいよ」
「うん、分かった。行くね」
スカート揺らしながら教室へと戻っていくイヴ。
千鶴はその揺れるスカートのことをいつまでも追いかけてしまう。
本当にピンクなのか、ピンクといってもどんなものなのか気になってしまう。
(私ったら……あー、変なことばっかり考えて。でも、ピンクかぁ……フフ♪)
ポイントおなしゃす!
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