そして異世界へ……
「やーまーだーくんっ!」
軽やかな声と同時に、徒歩で下校する俺の肩を叩く女子。振り向くと銀髪が舞っている。雪野萌だった。
「ああ、同じ方向だったっけ」
「どうしたの? なんだか今日、元気ないみたいに見えたから。ちょっと心配」
まず俺が元気よく登下校してることなんて中学以降あったか? まあ、それは雪野も同じだな。この狂った世界では陰キャも皆、陽キャに変貌している。俺だけを除いて。
「いや……初日だし。これから高校生活に馴染むのも難しそうだったし」
「そんなことないよ! 今日の山田くん、すごくカッコ良かったよ!!」
まるで話が通じない。チー牛の俺に「カッコ良かった」などという感想を言った奴は今日まで俺の母以外にいなかったぞ。
「なあ。雪野は、昔の俺を覚えてる?」
「当たり前じゃん! 昔から……ちょっとクールな第一印象だけど、やる時はバッチリ決める! って感じで」
そうか、「昔」まで改変されてるのか。
思考が暗澹としてくる。もう全てが終わっているのかもしれない。
「……こんなはずじゃなかった」
「えっ? 山田くん、本当に大丈夫?」
その少し不安げな声を聞いたとき、ふと俺は、この銀髪美少女・雪野萌に何かが「残っている」可能性を考えた。
というのも、雪野は魅香華や鬼岩鉄、馬流戸、指野見なんていう唐突に生成されたクリーチャーではない。
姿や性格は違っているけれども、こいつは昔から確かに存在した人間のはずなんだ。少なくとも名前だけは。
「雪野はさ、『ヒーロー』ってどんな人間だと思う?」
「ヒーロー? 山田くんみたいな人っ!」
「……じゃあ、カッコいい人とブサイクな人、どっちがヒーローっぽい?」
「カッコいい人!」
「努力してる人と、努力してない人ではどっち?」
「もちろん努力してる人!」
そうだよな。俺もそう思ってるよ。当たり前だけど。そして雪野、早く自身の間違いに気付いてくれ。
「もうひとつ質問。今度はちょっと違うのを。雪野は、もし『自分の鞄を開けたら自分のじゃない100万円が入っていた』としたら、どうする?」
「えー!? それはびっくりだねー!! でも、やっぱり交番に届けるよ」
「せっかくの大金なのに?」
「うん。だって『それは私のものじゃない』から」
その答えを聞いた時、俺はほんの少しだけ、雪野とわかり合えたような気がした。
「そうだよな。そして、この力も『俺のものじゃない』んだよな……」
「山田くん。その力は」
グワッシャアアアッ!!
「え?」
何だ、今の爆音。
驚いて振り返った瞬間、もう大型トラックが目前に迫っていた。
その一瞬が、とんでもなくスローになる。
交差点で車どうしが衝突、その勢いで突っ込んできたらしい。
ほとんど止まっているように見える、驚いた表情の雪野。
こいつだけでも助けなきゃ! しかし無情にもトラックは異常な速度で向かってきている!
「ギガ止まれェェェッ!!」
あ、ダメだ。どう足掻いてもタイミングが悪すぎた。
俺はせめて少しくらい緩衝作用を生むかと思い、雪野を抱きしめるようにして庇う。
ちなみに「ギガ止まれ」は、思わずトラックのエンブレムを読んでしまっただけだ。
無音で俺は撥ねられた。
体が、脳が、飛び散る感覚。
死んだな。
こんなチート能力を得ても、それさえ超える力には一瞬で殺されるみたいだ。
雪野。助けられなくてごめん。
──────
「ま……やま……山田……一郎よ。おまえは、まだ死ぬ時ではない」
衝撃で真っ赤になったまま止まっていた視界に、俺の意識が帰ってきていた。誰かの声が聞こえる。
「山田一郎、おまえは生まれ変わるのだ」
……俺の悪夢は、まだ死んでくれていなかったらしい。
まさかの唐突な転生! 狂った世界から、さらに狂った世界へ!!