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勝ち取ったのではない何か

「あぅっ、う……」


「うわぉ!?」


 畳に打ち付けられ(うめ)指野見(さしのみ)を見た俺は、思わず叫んでしまった。


 ポロリである。


 はだけた道着の下に何も着ていない指野見、その大きな乳が完全にはみ出てしまっている。普通シャツとか着るよね!?


「チョレイッ!」


 (あせ)りまくった俺は指野見に覆い被さる形で飛びかかり、(えり)を引っ張って着衣を戻そうとした。


 ギャリイィィッ。


「な!?」


「くっ、山田くんッ! 闘いは! まだ終わっていないィッ!!」


 刹那、下から俺の首に絡む指野見の両手、両脚。顔を股で挟み込むようにして首を()める「三角絞め」だ。


 ……いや、今モヒカン(ひげ)先生が一本って言ったよね?


「ガハハハァ! まだ続いておったかァッ!!」


 うるせえ! だからそれをおまえが決めるんだよ筋肉バカ!


 ちょっと待って、この体勢というか……体位……は本当に色々ヤバい。すごくいい匂いが、あの、これはいけませんね本当に。


 もう俺、このまま落ちちゃっていいかな?


 ダメに決まってんだろォ!


「指野見さん! いけないッ!!」


 俺は童貞、いや動転して、指野見に巻き付かれたまま立ち上がった。


「くっ、流石(さすが)は山田くんね! それならっ!!」


 一瞬でその巻き付きは変形し、標的が俺の首から右腕へと移行した。「腕十字固め」だ。全力で俺の腕を抱え込み、肘を伸ばしにかかる青髪美少女。


 ムニュウッ。


「結局チチが当たるじゃねえかァッ!!」


 羞恥心で頭が沸騰(フットー)した俺は、思わず乳が押し付けられた右腕を全力で振り回してしまった。


 ズォァッ──ドゴォッッ。


 水平に飛んでいき、道場の壁 (馬流戸ばるとの隣)に突き刺さった指野見。そのままピクリとも動かなくなった。


「勝負アリィィィッ!!」


「もう勘弁してください……こんな現実もう嫌だ……」


 俺は畳に(くずお)れ、授業中にも関わらず、土下座のように顔を伏せて泣いてしまった。




 ここは、俺の存在すべき世界じゃない。




「山田くん! 一緒に帰ろ!」

「山田、帰りにマック行こうぜ」

「山田くん、俺と野球部に入ろう!」


 放課後。俺は人気者の地位を確立してしまっていた。


 モヒカン(ひげ)の巨人・鬼岩鉄(きがんてつ)先生を投げた指野見茶池子(さちこ)は、15歳にして世界レベルの武道家だったらしい。


 それをあっさり倒した上、俺が畳に伏して泣いていた姿は生徒たちの中で「どんな相手にも礼儀を重んじる真の武道家」みたいに脳内変換されてしまったようだ。


 こんな事、あっていい(はず)がない。


 今までの15年間、俺はずーっと逃げてきた。しんどいことから。難しいことから。熱いことから。俺は人に言える努力なんて何ひとつしてこなかった。


 そんな俺が「勝ち取ったのではない何か」を持つなんて世界は、おかしいんだ。


「みんな、ごめん。今日はひとりで帰りたくて」


 俺はそう言って鞄を担ぎ上げ、教室を後にした。




 帰り道。高校から離れてみると、世界は少しだけ「普通」に見えてきた。


 今日の全てが夢であってほしいと思った。




 急に変わり果てた世界、手にしてしまった能力に戸惑う山田一郎! そしてここからさらなる波乱が!!

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