理不尽な能力
「レッグスキル『月下雷鳴』っ!!」
浮いたモヒカン髭の図体、そこに体を寄せた指野見が、だらしなく開いたガニ股の間にすらりとした右脚を差し入れ、跳ね上げる。巨体が上下反転する。
ダァァン。
先生は綺麗に背中から落ちた。
ふわりと虚空に靡いた彼女のポニーテールが、ゆっくりと降りてくる。
「鬼岩鉄先生、一本ですわよ?」
「グゥ……き、貴様ッ」
「皆様! これでウサギ跳びは免除だそうですよー!」
わあっと歓声が沸いた。
大騒ぎしている生徒たちの列に歩いて戻り、自身は淡々と襟を正している青髪の美少女・指野見。
なんか中二病っぽい技名を唱えてた気もするけど、あれは普通に柔道の「内股」だと思う。
「……俺様が負けたのは事実ッ! 指野見茶池子、貴様は体育の単位確定だッ」
「そうですわね。鬼岩鉄先生、それに加えて生徒に対する『貴様』呼ばわりも! 私からご指摘いたします」
「ヌゥ、承知したッ。所詮この世は弱肉強食。弱き者は従うのみ」
どういう価値観で進行してるんだよこの茶番は。しかし生徒たちはお祭り状態。
まあ、凄かったのは確かだ。リアルにこんな体格差で投げが決まるなんて有り得ないとは思うけど。
「ちょっと待ってください皆様!」
突然、指野見が大声で呼び掛ける。
「一体どうしたってんだ? 俺たちのヒーロー指野見!」
「気にくわないことがあるって言うのかい?」
「そりゃあ解決せにゃコトだ」
なんで洋画の字幕みたいな喋り方になってんだモブキャラ共。嫌な予感がする。
「山田……一郎くん?」
「は?」
変な声が出た。やっぱり、やっぱり俺なのか。
「あなただけは、私の投げに驚いた素振りを見せなかった。さっきの自己紹介といい、あなたも相当デキるんでしょうね?」
「あー……いや、それよりあの、あっちに突き刺さってる馬流戸とかいうモヒカンを助けてあげて」
「話は終わってない!! 逃がすつもりはありませんよ!?」
ちくしょう、バレたか。皆が俺に注目している。腹が痛い。もう早退させてくれ。
「グゴゴゴ……確かに貴様、いや山田からは只ならぬものを感じるぞォッ!」
負けた先生まで余計なこと言わないで。あとグゴゴゴってそれ何の音なの?
「山田くん。私と、やりましょう」
「いやどす」
「どうして京言葉なわけ?」
「すいません噛みました。俺こういう空気かなり苦手なんで。鬼岩鉄先生、お腹痛いんで保健室行っていいですか? あっ失礼しまーす」
俺は腹を抑えつつ、そろりと後退。
「ダメよ。もう逃がさないっ!」
悪夢のなかで見る悪夢。
生徒たちの輪から離れ逃げようとした俺に、指野見が走り込んでくる。速い。
一瞬で俺の襟を、腕を掴み、潜った俺の懐で高速回転を始めた指野見。
緊張で吐きそうになってた俺の顔に、美少女の髪の香りがふわっとかかる。くそっ、こういうとこは現実なんだよな。やっぱ。
「ハンドスキル『餓倫車』!」
まずい。背負い投げ的なやつだ。青髪が急に俺の視界から消え、俺の体が浮かび……
……あれ? 浮かないぞ?
「なっ!? 嘘っ、そんなはずは」
指野見は懸命に力を込めているみたいだが、俺の重心は全く動じない。
っていうか俺の右腕は後ろ向きになった指野見の巨乳にギューギュー押し付けられてるし、俺の股間は背中で小刻みにぐいぐい擦られている。
この状況は色々とダメだ。
「指野見さん、まずいですよ!」
俺は慌てて腰を引きつつ、右腕を振り払った。
キュルル。
「きゃあああっ」
なぜか彼女は俺の手の動きにつられ宙を駆け、背中を下にして畳へと落下。
タァァンッ。
「一本ッ!」
無法地帯みたいな始まり方の勝負だったのに、ちゃんと審判していたらしいモヒカン髭の怒声が響いた。
なぜか騒ぎに巻き込まれ、しかも圧勝してしまう山田一郎! なぜ世界はこんな状態にッッ!?




