神の観測範囲
「私も、私が嫌いだった。ブスだし陰キャだし胸ないし、そんな自分が生きてる価値があるとするなら、誰かに教えてほしかった」
「……覚えてるか? あの登校日、最初に俺と会話した相手が雪野だったんだ。そしてあの世界での『最期』に話したのも。なあ、トラックに撥ねられる直前、俺に何か言おうとしたよな?」
山田くん、その力は……
今思えば、あれは何かを「知っている」声だった。
「あの時さ。あんなふうに、もう髪の毛は銀色だったし、見た目は違っちゃってたけど、雪野は雪野だっていう気がしたんだよ。その可能性だけは、捨てなかった。捨てたくなかったんだ」
「『あの世界』での私は、『当たり前に』テンプレの可愛い女の子だったの。その事実に何ひとつ疑いもなかったし、あの時なら『私は生まれた時からこうなんだ』っていう確信を持っていられた」
「じゃあ……あの髪が銀色の時は、元の記憶が無かった? 雪野自身が創り出した世界なのに」
言いかけて、俺は闇の深さに気付き、留まった。
さっきまで俺が考えていたのは「元の世界に生きる雪野が(俺と同じように)持っていた劣等感のようなものが、狂った世界の妄想を生み、何故か俺はその中に巻き込まれた」というような可能性についてだった。
おそらく実際もそれに近いのだろう。ただ、その世界を「妄想」と呼ぶには、対比できる「現実」の認識がなければならない。雪野にはそれが無かった。
つまり此処は、雪野が見る夢の中じゃない。雪野が「世界ごと狂った結果」の産物なのだ。
「雪野、これからどうしたい? マイコ・ラスが出した『宇宙の理』を斬った時、この世界に存在した一応の法則性も瓦解しちまったみたいだけど」
「雪野萌が斬ったのは『イデア』なのだ。簡単に言えば、あのマイコ・ラスという人間は『理』という概念を『世界から借りて』きて魔法に込めたのだが、雪野萌という剣の暴走は『その概念ごと』斬ってしまった、ということ」
「あんまりピンとこないっすけど。それで世界が壊れたなら、俺たちは『この世界の外に出られる』はずじゃないんですか?」
「いや……ダメだ。我こそが世界の『語り部』ゆえ、我の観測範囲から出た瞬間おまえたちは『いなくなる』だろう」
「え? でもそれは『貴女が物語の続きを書けなくなる』ってだけでしょ?」
「肝心なところ物分かりの悪い奴じゃな。我が執筆担当なんやから、書けんなったら全部そこで終い。唐突に文章が途切れて未完のまま永遠にweb上を揺蕩うんじゃこの意味不明クソゴミ小説がよォ」
「口悪いの怖いんでお控えください。あとメタ発言みたいなのも」
「せめて切りのいいとこまで書かせえや」
「こんな壊れた世界の何処に、まともな終止符を打てるって言うんですか?」
「『そして二人は腐ったテンプレの世界を破壊し脱出、元の世界に無事戻って幸せに暮らしました。めでたし、めでたし』……この台詞が、二重の括弧内から外に出せた処じゃ」
おまえは何を言っているんだ。しかしそれを聞いた雪野は、焼け焦げた俺の右手の肉片と癒着しながら、その切先をすっと乳神のほうへ擡げていた。
雪野萌の意志は、どこを向いているのかッッ!!?




